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いぬぐるい編
『家族とは』
しおりを挟む「お父様、お母様! 久し振りっ……!!」
「まぁアオイ! やっと会えたわぁっ!」
「愛しの娘よ! こんなに成長してパパ嬉しいっ!」
深夜の話し合いが終わり、一旦ホテルへ戻り情報を整理する者や、単に歳のせいで疲れて休む者、自分には関係無いとまだまだパーティーを楽しむ者。色々な人がいる中でアオイもまた、特別な事情を抱え、両親との再会を喜んでいた。
それは堅苦しい挨拶が終わり、各国の王族達が舞台から降りてものの数刻のことだった。
来賓した王族達は非常に手応えを感じていた。
何故なら、薬で眠らされ理由も分からず起きたときにはラモーナ公国との繋がりが出来ていたのだから。それに向こう三年は豊作に恵まれる。しかも気候にも左右されない、祈るだけ、ただそれだけで良いのだ。
既に人間のイザコザなど気にもしていない風の精霊ウィンディは、舞台から降りながら娘の姿を探していた。
何となく、もう会えるような気がして、ホールに漂うアオイの香りを辿り、──見つけた。
直ぐ様夫であるメル·マーシャルの手を取り、一目散に駆け付ける。両親にとって長い長い娘との別れが、やっと終わりを告げたのだ。
それから色々と大変だったのはアオイだ。
まず隣に居たハモンド侯爵にはそれはもう腰を抜かすぐらい驚かれた。狼森家の皆にもキチンと紹介して、山犬辺境伯も紹介した。
(残念ながらいっぬの御姿はこんなところでは見せられません! というかお父様には絶対見せてやんないんだからっ)
そして──。蒼松国の王族とも、本当の身分で挨拶をした。
本当ならずっと隠しておきたかったが、アオイ自身、覚悟した。私も立派な姫なんだ、と。
「………お前、ラモーナの姫だったんだな」
呆れたように、困ったように、話し掛けてきたのは、第二王子のレイドだった。第一王子の陵も勿論驚いていたが、思ったよりもすんなりと受け入れてくれた。
「はい。……黙ってて、本当にごめんなさい」
「はっ、お前が謝る立場じゃないだろ。今までの態度で謝るのは、オレの方だ……」
「あはは……。やめて下さい、謝るなんて……」
気まずそうに笑うアオイに、レイドはどんな事を思っているのか分かっていた。だから、「今まで通りが、お前の望みなんだろ」と、子供みたいに笑った。
まるで、キョウダイに接するように。
つられてアオイも子供のように笑う。
「メル公から聞いたときはそりゃあ笑いが止まらなかったぜ」
「わっ、わら……!?」
「そりゃあそうだろ。何処の王侯貴族がこんなパーティーで水遊びするかよ」
「エッ、……え?? しないんですか?」
「な? そりゃ笑うだろ」
「「……ぷっ、ぷはははッ……!」」
鏡の中庭ではしゃいだときのように笑い合う二人。
けらけらと笑い合うその姿に、今度は他国の老夫婦ではなく、周りに居た『家族』が微笑んだ。
けれどやはり王女だけは、醜くく表情が歪んでいる。
判りやすく扇子で顔を隠す癖が、兄である陵や、弟のレイドの視界に入った。血が繋がっていなくても関係無いと励ましているが、あまり効果は無いようだ。あれから一切口を開かなくなり、美しいサファイアの瞳は淀んでいた。
レイドは、そんな姉に手を差し伸べる。己がしてもらったように。今度は自分が誰かに手を差し伸べる番だ。
やっと、『家族』が手を取り合える時がきたのだ。
「はーあ。本当拍子抜け、ほら、姉さんも……こっちへ来いよ」
「っ……わたくしは、…………わたくしが、言える事なんて……」
レイドに手を引かれ、陵の後ろから引っ張り出されたレイチェル。ぼそぼそと呟く彼女にアオイは首を傾げながらも、「王女様も、黙ってて、ごめんなさい」と変わらず頭を下げた。
「……やめて、あ、あの、わたくし、その……、」
震える手と声。扇子から覗く眉も瞳も、とてもあのレイチェルとは思えない。アオイはより一層首を傾げた。
「王女様……? どうされたんです……?」
「やめて、名前で、呼んで……」
「……えっと、レイチェル様?」
「敬語も、よして、下さい……」
震えは段々と大きくなり、呼吸も荒くなっていく。
どう接して良いのか困っている兄と弟の二人は、ただ、背中を優しく撫でている。
「え、あの、本当にどうしたんですか?」
こんな醜い顔を覗き込むアオイに、淀んだ瞳を少しだけ持ち上げた。何故なら、言わなければならないことがあるからだ。
「…………あ、その、今まで、侮辱した事を、お詫び申し上げます……」
「えっ?」
勿論、そんな事を言われるとは予想もしてないアオイは驚いた。堂々と強気な王女が、震えながら謝るのだから。
ラモーナの姫だからって別に取って食おうなんて思っていないし、そんな風に接されるのもアオイは望んでいない。
「どうしたんですか。もっと堂々としてたじゃないですか。それに、立場だって同じのはずでしょう?」
「ね?」と微笑むアオイは、とてもじゃないが田舎の令嬢とは思えなかった。くすんだ髪も瞳も、今や見つめることさえ出来ない。
「………わたくしは、姫でも、なんでも、ないの……。伯爵家の、ただの、私生児。王族でも、何でもない」
「え……、」
「レベッカ王妃とも、それに、レイドとも、血が繋がっていない。だから、姫じゃない」
「あ、血が繋がってなかったんですか! まぁ言われて見れば似てないものね」
「ッそうよ……。わたくしは、なんでも無い、ただの人間……」
「なんでも無いって、そんなことは無いでしょう」
涙を零さぬよう必死に堪えているレイチェルに、アオイは単純に疑問しか無かった。
誰かに言ったのと同じく、誰かさんによく似た、あっけらかんとして、アオイは言った。
「貴女はアナタだし、それに立派な王族ではないですか」
「ッだから……!! 血が繋がっていない私は! 王族でも家族でも何でも無いのッ……!」
必死に堪えていたのについに涙は空中に舞い、己でもまだ認めたくない事実を口にする。しかしアオイには全く理解出来ない。何をもってそう言っているのか訳が解らない。
「え、どうして……? 血が繋がってなくても家族は家族でしょう……?」
「なッ……!」
「夫婦だって血は繋がって無いけど家族でしょ??」
「そ、れは……!! でも、私は、伯爵と、侍女の間に出来た子供で……!」
「それが何か関係あるのですか? 家族に血の繋がりなんて関係ないでしょう? レイチェル様ったら何を仰っているんですか。頭でも打ったんですか?」
あまりにも当たり前に言うものだから、「え、え……? わ、わたくしが、おかしいのかしら……?」と、急に不安に駆られて自分を疑い始めたレイチェル。
「ぐ、……ぶ、ぶはっ、あははははは……っ!」
二人のそのやり取りがあまりにも滑稽で、堪えきれず一番に笑ってしまったのはやっぱりレイドだった。
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