イケメンが好きですか? いいえ、いけわんが好きなのです。

ぱっつんぱつお

文字の大きさ
82 / 87
いぬぐるい編

新しい世界

しおりを挟む

 口元の黒子ほくろだけを信じていた──。

 成長するにつれ、気付き始める違和感。
 母である王妃の、時折見せる蔑む視線。
 母や弟と顔立ちや瞳の色が違っても、レベッカ王妃の侍女が己の事をどれほど愛しく見つめていても、王妃や、レイド第二王子と同じ位置にある、黒子。
 それだけが、『王族の一員だ』という証だった。

 けれど、長年信じていたものは、簡単に崩れ去った。
 時折見せていた蔑む視線で。たったの、一言で。
 唯一心を守っていた防御が、音を立てて崩れていった。
 権力も何も無い。
 あるのは元々の美しい顔立ち。風鈴のような透き通る声。

 レベッカ王妃が率いていた〈蒼玉の瞳〉は、誰がそう呼び始めたのかも分からないが、美しい者だけが入れる会だ。
 『王族の血に関係なく、その美しさが重要だ。美こそ他国に誇れるモノだ』
 そう謳っていたが、実際は王族の権力が欲しい者達ばかり。
 例えどれほど己が美しかったとしても、卑しい私生児に、皆はどんな視線を向けるだろう。
 時折見せるレベッカ王妃の、蔑んだ瞳が怖かった。

 これからはあの蔑む数々の瞳に耐えなければいけないのだ。
 だからレイチェルは覚悟した。
 いや、本当は心の何処かで覚悟していたのかもしれない。
 いつかどこかで、手の平を返されるような。誰も私を見てくれない、そんな恐怖を、心の奥底に抱えて、強がって生きてきた。

 レイチェル王女は元々素直な性格ではあった。
 思ったことを言い、感情は直ぐ顔に出て、褒められれば素直に嬉しかった。
 だから素直に謝ろうと思った。
 酷い事をしてしまった、一番権力がある人に。

 もう自分には権力も、美を保つ金も、何も無いから、権力を持つ人に気に入られれば、きっとこれからも皆は私を見てくれる、そう思って、謝った。

 なのに、「頭でも打ったんですか?」と、本当に不思議そうに問うラモーナの姫。
 自分がおかしいのだろうか?
 まさか本当に頭を打ったのか?
 もう訳が分からない。
 目の前の姫も『訳が分からない』というような顔をするから、余計に訳が分からない。

 分からない。
 本当に、分からない。

「家族って、なに……?」

 流れる涙が、頬のチークを落としていく。

「変な人ですね、レイチェル様って。家族なら居るじゃないですか。隣に」
「え……?」

 翌日には腫れてしまいそうな瞳を、言われるがまま隣に向けた。
 そこには腹を抱えて笑うレイドと、それを呆れた様子で、だけど優しい微笑みで見守る陵の姿だった。
 血の繋がらない弟と、兄の姿──。

「家族……?」
「家族でしょう?」

 レイドも、陵も、周りを囲む皆も、笑っているのに、何故だか流れる涙は止まらない。





「ねぇメル」
「なんだい? ウィンディ」

 娘のアオイが新たな仲間と何やら重そうな話をしている最中、風の精霊ウィンディは、そっと夫であるメルに囁いた。

「時々、本当に人間の事が分からないの。何故彼女は泣いているのかしら。彼女を縛り付けるものなんて何も無い。幸せはいつだって側にあるのに、何故、泣くのかしら」
「そうだね……。大抵の人間はね、近いものほど見えない生き物なんだよ。だから、人の目や、人の声、人の物……、他人ばかり、気にしてしまうんだ」
「それってとっても変ね。だって自分は、誰にも真似出来ない、世界で唯一人だけなのに」
「うん、そうだと思うよ。……ウィンディ、泣いている彼女には、雨雲でもプレゼントしてあげたら?」
「ふふ、それもそうね」





 ──「雨だ」

 ホールに居る誰かが言った。

「あら雨?」
「まぁ、本当ですわね」

 ポツリ、ポツリと、降り注ぐ水滴。
 雨に濡れた草や土の匂いが、生暖かい風と共に流れ込む。

「おかしいな。今日の予報は晴れだったのに」
「そうですね、先程まで夜空に星が輝いていたのに突然ですね」

 ハモンド侯爵と怜は、窓の外を眺めて言った。

「ああ。きっとお母様が雨雲を連れて来てくれたんだわ」

 丁度良かったですねとニッと笑い、アオイはレイチェルの手を引いた。

「え、な、なに、何処へ……?」
「え? 何処って、そりゃあ外に」
「な、何で……? 雨が降ってるのよ……? 濡れるじゃない! 貴女ふざけてるの……!?」

 手を振り払い、つい、いつもの口調で言ってしまった。
 相手が何も無かったように接するから、なんだか気が緩んでしまうのだ。

 しかしホールの端で聞き耳を立てている貴族達は、冷ややかな目でレイチェルを見る。アオイ達とのやり取りを、聞いてないフリをしながら、一から十まで、全部聞いている。

 誰よりも視線に敏感なレイチェルは、また感情が素直に顔に出てしまう。けれどアオイはやはりそんな事気にもしてない。あっけらかんとして、「だって泣いてるから」と言う。

 また訳が分からない。
 何故泣いていたら雨の降る外へ出なければならないのか。

「何故……?」

 訳が分からないから、そう聞いた。
 「どうせ意味無いんだろ」と、一頻り笑ったレイドが、アオイに向かって言った。

「失礼ね! 今回はちゃんと意味あるもの!」
「ホントかよ」
「ありますー、生命が育つのに雨が必要なように、心の成長にも涙が必要なんですー」
「は? それとわざわざ濡れるのと何が関係あんだよ」
「だって! 思いっ切り泣いても雨が流してくれるでしょう? それにびっしょびしょになって思いっ切り泣いてたら、その内なんだか可笑しくなってくるんですよね!」
「はァ?? 何だそれ。ほんっとお前って変な奴だな」

 「だから、ほら。ね?」と、差し伸べられた手。
 しがらみから抜け出させてくれそうな、その手。
 だけど、その手を取るのが、なんだかまだ怖い。

「っ、でも、髪だって、ドレスだって、濡れたら……」

 面倒じゃない、と、まるで自身に返ってくる言葉。だから途中で言うのを止めた。
 自分でも、顔が醜く歪んでいるのが分かる。

「あら、レイチェル様!」
「え……?」
「私って風の精霊に愛されてるのよ! 例えびっしょびしょになったって直ぐ乾いちゃうんだから!」
「ふふっ。ええ……、そうだったわね」
「ほらほら早く。雨が上がっちゃいますよ!」

 堂々と自慢げに述べるから、思わず笑った。
 差し伸べられた手を、レイチェルは力強く取ったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月華後宮伝

織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします! ◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――? ◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます! ◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...