迷宮のハック&スラッシュ

雨宮タビト

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第1章 破滅のミルコ

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 列が終わり、三人は「入獄門」の中に入った。
「さて、ここが迷宮の入り口になります。お二人は初めてなので簡単に案内しますね。パーティー登録もしなくてはならないですから」
 ミルコたちは門をくぐった。
 さながら大神殿の参道のように奥に向かって道が伸びている。その両脇に立っているいくつかの建物の前でハンターたちがそれぞれの用事を済ませようとしているのが見えた。
 門を入ってすぐ、左手に大きな木のボードが掲げられていた。
 周囲をハンターたちが囲み、見上げている。
「まずは掲示板です」ミルコは大きなボードを指差した。「こちらには迷宮内のいろいろな依頼が集まります。人さがしとか物さがしとか調査依頼なんかがあるので、こちらを受領して迷宮に行くと、達成した場合には報酬がもらえるので効率よく稼げます」
 依頼を見るのは一度中に入った後にしましょう、と言ってミルコは振り返った。
「こちらが登録所です。順番としてはこちらが先ですね」
 三人は建物に入った。
 建物の中は人いきれでむっとしており、いくつかある窓口では熱心なやりとりが交わされている。
「さっき言った帰還札もこちらで貸し出しを受けています」
「ミルコじゃないか」
 窓口から声がした。
「新しいパーティー登録かい」
「はい」
 窓口の木机からミルコに声をかけたのは老婆だった。
 片目に大きな眼帯をしている。
「お久しぶりです、グルツさん」
「知り合いなのか」スラッシュが尋ねた。
 グルツという登録係の老婆は、ギルドの登録所の古参職員である。元々は王役所の書記官だったらしいが、迷宮の誕生とともにこの仕事を始めた。いわば迷宮登録所の生き字引である。
「短期間に三度もパーティーを変えれば、まあ目立ちますよね」ミルコは自嘲した。
「だからそれはお前さんが運がないだけだろうに」グルツは書類を出した。「で、どうするんだい」
「パーティー登録をしに来ました」
「三人で?」
「ええ、とりあえず」
「無茶をしなさんなよ」グルツは心配そうに言った。
「組んでもらえる相手が見つからないからと言って自棄を起こしてるんじゃないだろうね」
「そういうわけじゃないんです。お二人が迷宮初めてなので、案内に」
 グルツはまじまじと二人を見た。
「珍奇な二人連れだね。目立つだろう」
「いろいろありまして…まあ、そこそこ」ミルコは頭をかいた。
「名前をそこに書きな」
 ハックとスラッシュは書類に記入を始めた。それを横目に
「そうかい。三人でねえ。じゃあ、低階層チュートリアルレーンに行くんだね」
「あそこなら帰還札もいらないでしょうし。一階層なら」
「いや、持っていったほうがいいよ」グルツは言った。「最近のチュートリアルレーンは物騒なんだ」
「何かあったんですか」
「オルクスどもが出るんだ」
「オルクス?」ハックが口を挟んだ。「洞窟に住んでいるあれか?」
「だからあんまり油断しちゃいけないよ…新兵ルーキーとかだとやられちまうかもね」
「それは…」
 大丈夫だと思うが、と二人を見る。
「書けたかい…ハック…バック・パック?」グルツは顔を顰めた。
背嚢をぶった切るハック・バック・パック?追い剥ぎかい?完全に偽名じゃないか。大丈夫なのかい?」
「仕方ねえじゃん」ハックは済ました顔で答えた。「そういう名前なんだよ」
「で、そっちは、スラッシュ?スラッシュ、何?」
「スラッシュ。ただのスラッシュだ。他の名前はない」
「ひどいねえ」グルツは疑わしそうな目で二人を見た。
「あんた大丈夫なのかい。どう考えても怪しいよこの人たち」
「いやあ」ミルコは頭を掻いた。
「色々ありまして…」
「で、迷宮資格は?」
 ハックは資格章タグを取り出した。魔法で文字が彫られた銅の板だ。
「Cだ」
 スラッシュも同じものを出した。
「俺も、Cだ」
「Cねえ」
「迷宮に入ったことはありません」ハックが言った。
「俺も、ない」スラッシュが言った。
 妙に棒読みなのが気になる。
 グルツは眉をへの字に曲げると、二人をじろじろと無遠慮に眺めた。完全に疑いの目になっている。
「どう見ても初心者じゃないけどね。この人たち逃げてきたならず者とかじゃないだろうねえ」
「違うと思います」ミルコは小さな声で言った。
 よく知らないんです、とも言えない。

 怪しい者ではないんだよ、とあの時ギルドマスターもそう言った。

「まあ、命令というよりお願いではあるんだけどね。君に二人のハンターの世話をしてもらいたいんだよ」
 ギルドマスターは穏やかな笑みを浮かべて言った。
「世話?」
「早い話が、パーティーリーダーをやってほしいんだ。できるだろう?」
「いえ、ギルドマスター、私は」
「パーティーが全滅したことは、君の責任でもなんでもない」バッシュ・ザ・ギルドマスターは辛抱強く言い聞かせるようにミルコを宥めた。
「むしろ、君がリーダーならなんとかなったんじゃないかな。私は少なくともそう思っているよ。あのストーンフライだって、君の」バッシュは微笑んだ。「が早ければね」
「いえ、マスター」ミルコは慌てて否定した。
「私は治療士です。魔法なんて」
「いいんだいいんだ」ギルドマスターは落ち着け、というふうに手を振った。「僕はカザリスの修道院長じゃない。僕に嘘をつく必要はない」
 ミルコは黙った。
「君の実力は十二分に発揮されてはいない。これから君を尋ねてくる二人は、そういう意味では君の役に立ってくれるだろう。君の力を発揮できる頼れるメンバーになってくれるはずだ」
「ベテランなんですか?」
「いや」ギルドマスターは言った。「階級はCだね」
「C」新参者、ということか。
「素人だよ、迷宮に関しては、ね」
 ミルコは頷いた。
「やってくれるかい」
「命令、なんですよね」
「タウリス曰く」バッシュはそらんじた。「上は下の心を縛らず、下は上に心を捧げず、ってね。だからさっきはあんなことを言ったのだけれど、意に沿わなければ断っても構わない」
「いえ」
 いずれにしても、一度はもう迷宮には入らない、と決めた。だが、ギルドマスターが自らパーティー編成の斡旋をするなど、異例のことだ。
 興味がない、と言えば嘘になる。
 十六で修道院を出て迷宮に足を踏み入れたのは、ただ生きていくためではない。
 あの時、もっと堅実な道を歩くこともできた。都会の修道院に世話になることも、聖騎士の見習いになることも、或いは全く別の道を歩くことも、きっとできた。
 だが気がつけばラームシティの門を叩いていた。

 ミルコの心の中には、ミルコも知らない獅子が眠っていた。
 その獅子の名前を、冒険心、という。

「やらせてください」
 ミルコは言った。

「ミルコがBの12だから、あんたたちは六階まで行ける。ただ、三人で六階に行くのはやめたほうがいい。忠告はしておくよ」
 ミルコは我に返って慌てて答えた。
「今日は行きません、大丈夫です」
「そうかい、まあ悪いことは言わないから帰還札を持っていきな」
 何が起こるかわからないのがタリスマンだ。とすれば、保険はかけておいたほうがいい。
 ミルコは金貨を一枚出した。
 帰還札を差し出しながらグルツは言った。
「特異点にあったらすぐに逃げるんだよ」
「はい」
「あとそこの二人、前衛としてミルコを必ず守るんだよ。傷つけたらあたしがただじゃ置かないからね」
「前衛として後衛を守るのは当たり前のことです」ハックが答えた。
 …だからなんで棒読みなんだ。
「無論だ。必ず守る」スラッシュも答えた。
 無駄にいい笑顔だ。

 その時ミルコは、遅ればせながら、自分はとんでもないことに巻き込まれているのではないか、と思った。

 そしてその予感は、大概は当たっていたのだ、とミルコは後で思い知るわけになるのだけれど。

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