迷宮のハック&スラッシュ

雨宮タビト

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第1章 破滅のミルコ

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「ここから奥へは、少し坂になっているな」床を調べながらハックが言った。
「ここから先は第二階層に向かう道になっています」ミルコは応えた。
 さっき少し泣いたから頭が重い。
「今日はどうするんだ?行くか?」スラッシュが尋ねた。
「先を少しだけ覗いてみましょうか」
 ミルコは地図を確認する。この先のY字路を右に行けば階段だ。
「気をつけて、無理をせず、です。お二人の力はよくわかりましたが、何が起こるのかわからないのがここの恐ろしいところです」
 先程のインプを除けば、遭遇エンカウントは一件もない。他のハンターにも今日は会っていない。
 最初の探索であることを考えれば、すこぶる順調だ、ということができる。
 しかし、だ。
 ミルコが足を止める。
「どうした」
「いえ…」ミルコは壁を確認した。
「私の所属した最初のパーティーは、ここで全滅しました」
「ここで?」ハックが驚いて言った。
「笑っちゃいますよね。侵入して数時間でした」
「何があった?」
 ミルコは壁をなぞった。
「ここに扉が出現したんです」
「扉?」
「私たちのパーティーは油断していました。地図をよく見ていなかったので、そこに本当は扉がないことに気が付かずに、扉を開けたんです」
 第一階層の扉を開けるのに、慎重になりすぎるパーティーはいない。
「扉のノブに手をかけた戦士は、扉に
 ミルコは身震いした。
 ハックは顔を顰めた。
偽装生物ミミックか」
「はい」
「聞いた話だと、ミミックは宝箱に偽装することが多いと聞いているがな」スラッシュは言った。
「そもそもこの階層にいるものなのか」
特異点シンギュラ・ポイントだったんです。変異ミミック、力も強力でした。七階相当の魔法生物でした」
「なるほど、いるはずのないものがいたってわけか」
「ミミックに対する準備は全くできていませんでした。不意打ちを受けた私たちのパーティーは一瞬で前衛を失い、魔導士を失いました」
「どうやって助かった」
「盗賊が強制術式を使って帰還門を開けました」ミルコは言った。
「そいつは…」
「私たちは帰還門の空中に放り出されて、盗賊は首の骨を折りました。私は足の骨だけですみましたが」
 三人は黙って歩き続けた。
「なあ」ハックが言った。
「さっき、この先のY字路の右に行くと階段だ、って言ったよな」
「はい」
「厄介だな」ハックは立ち止まった。
 スラッシュもミルコも足を止めて、奥へと目を凝らした。
「三…叉路?」
 突き当たりは広くなっており、道は前回訪れたときは二股に分かれていた。
 しかし今日、二股の道の間には真っ直ぐな道が一本伸びている。
 いきなり新しい選択肢を突きつけられ、ミルコは動揺した。
「地図が変わることはよくあるのか?」スラッシュが尋ねた。
「いえ…」ミルコは首を振った。
「ただ、こういうことはないわけではないです。迷宮が広がり続けている話をしましたよね?」
「ああ」
「これがそれです。ここまで大掛かりなものにはなかなか会えないですが」
「どういうことだ?」
「レプラコーンが迷宮を大きくするんです」
「さっきの修復屋か」
「はい。この迷宮が少しずつ大きくなっているのは、時々こうやってレプラコーンが開拓を行うからです。地図を書き換えなくちゃ、ですね」
「どうする」
「この地図の先を確定させることができれば、ギルドから褒賞は出ますけど」ミルコは腕を組んだ。
「危険ですね」
「第一階層は第一階層じゃねぇのか?」
「こうやって新しく掘られた道は、まだ安定していないことが多いんですよ」ミルコは首を振った。
「こういう場所は、特異点が発生しやすいんです」
「なるほど」ハックは頷いた。
「ところでこの羽音はなんだ?」
「羽音?」
 静寂が場を支配した。
「右…ですかね」
 三叉路の右から、大きな昆虫の羽音のようなものが聞こえてくる。
 ハックは黙って矢を取り出すと、弩に足をかけた。
 そのまま弦を引き絞って矢をつがえ、通路の奥目掛けて構える。
 右の通路から、羽音の主が現れた。
 黒い胴体に赤い複眼、四枚の羽が震えながらこちらに近づいてくる。
 大きな上顎の下から、小さな炎が吹き出しているのが見て取れた。
龍蠅ドラゴンフライ!」
 ドラゴンフライは迷宮の低層階に住み着いた生物たちの中で、頂点に君臨する生き物だ。中型の犬くらいの大きさだが、強靭な羽と顎で、迷宮内の小動物から人間まで襲う。
「三匹だ」
 ドラゴンフライが顎をカチカチいわせる。
「火を吹きます!気をつけて」
 ドラゴンフライの口から火球が飛んだ。体内の可燃性の液体を顎から出る火花で燃やして吹き付ける、ドラゴンフライ最大の武器だ。
 ハックはその火球を避けると、引き絞った矢をドラゴンフライに向けて放った。
 ドラゴンフライが矢の衝撃でバランスを崩し落下する。
 ハックは弩弓を捨てると間髪入れず投げナイフを放った。投げナイフは後方のドラゴンフライの右翅を掠め、ドラゴンフライがキチキチという耳障りな声をあげて突進する。
 左から黒い影が飛んだ。スラッシュの刀がドラゴンフライの胴をないで、真っ二つになったドラゴンフライが落ちる。
 残る一匹が金属音を響かせ、顎から炎が上がった。炎はスラッシュに向かってまっすぐに飛ぶ。
 ミルコがすかさず護符を握り詠唱する。
加護プロテクション
 修道士が戦闘中に使用する数少ない術式のひとつだ。
 炎はスラッシュの体の表面で消えた。
 ハックの投げナイフが最後のドラゴンフライの顎を貫き、ドラゴンフライは落下した。
 落下したドラゴンフライにスラッシュがとどめをさす。
「やれやれ」ハックは投げナイフを回収し、弩弓を拾い上げた。
「やっぱ前衛二人だとこのクラスはきついな」
「ああ」スラッシュは振り向いた。「助かった」
「いえ」ミルコは真ん中の通路を見た。
 通路の中は薄暗い。光が届かないところを見ると、まだ照明が設置されていないようだ。正真正銘、作られたばかりの通路のようだ。
 おそらくその暗さを利用してドラゴンフライの待ち伏せに使用されていたのだろう。
 ミルコはポケットから小瓶を取り出すとドラゴンフライの顎門をナイフで切り、小さな嚢を取り出した。その中身を注意深く小瓶に移す。
「何してるんだ」
「ドラゴンフライの炎の元を取ってるんです」ミルコは小瓶に液体を移しかえると瓶をボロ布で拭った。
 そして、背嚢からランプを取り出すと、液体のついたボロ布に火をつけてランプを点した。
 ミルコはそのランプで真ん中の通路の奥を照らした。
「おかしいと思いませんか?」
 この通路には他の通路にある灯りがないだけでなく、床も壁もまだ剥き出しの土でできている。
「レプラコーンがこの通路を掘ったのだとしたら、通路を舗装しながら進むはずです」
 ミルコは言った。
「こんな剥き出しの通路にはならない」
「なるほどな」スラッシュは顎を撫でた。「と、すると?」
 ミルコは首を振った。そんなことがあるのか。
「こんなにまっすぐな道を、短時間で掘れる生き物がいたとしたら、それは」
 通路の右、階段の方から複数の悲鳴が上がった。
「行くぞ!」
 ハックは駆け出した。
 スラッシュもそれに続く。
「待ってください!」
 ミルコは慌てて二人を追った。
「危険かも」ミルコは言った。「おそらく特異点です!」
「ああ、だが、放っておくとろくなことになんねぇよ」
「斬りがいのある獲物かもしれんしな」スラッシュが済ました顔で言った。
「お前はなんでもそうだな!」ハックが笑った。
 二人とも何の躊躇いもなく、呼吸も乱れていない。
「嬢ちゃんだって逃げる気なんてねぇだろ?」
 確かに、そうだ。
「やれやれですね」ミルコは言った。
「手に負えないとわかったらすぐに撤退しますよ!」
 ハックは頷く。
 階段のある通路から、こっちに革鎧の男が二人走ってきた。
「何があった!」ハックが訊く。
 蒼白な顔の男は転げるように走って逃げていく。
「だめだ!」一人がこっちに向かって叫んだ。
「死ぬぞ!お前らも!」
 通路の終わりは階段の踊り場になっている、はずだった。
 その階段の横の壁から何かが突き出している。
 ぶよぶよと白い皮膚を持つ巨大な幼虫のような皮膚が、てらてらと光る。
 白い頭部がこちらを向き、無数の刃のようなものがガチガチ、と鳴った。
「やばいな…」ハックがつぶやいた。
 

 
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