迷宮のハック&スラッシュ

雨宮タビト

文字の大きさ
7 / 20
第1章 破滅のミルコ

しおりを挟む
「それにしても」ハックがミルコを振り返った。
「どうしてあんたはそんなに迷宮に詳しいんだ?」
「ギルドの資料室に行っているんです」ミルコは応えた。
「なるほどな」スラッシュが感心した。「妙に博識だとは思ったが、そういうことか」
「昔から本を読むのが好きなんです」ミルコは照れた。
「あと、私はパーティーが全滅して療養することが多かったですから」
 時間だけはあった。傷だらけの体を癒やし、もう一度迷宮に挑もうという気持ちが生まれてくるまで、静かに時間を過ごしたのだ。
 ミルコは護符を握りしめた。
「私のいたサンデルの修道院長先生は、私に知識を蓄えるようにずっと言っていました。それこそが力だと」
 ハックが左手を挙げた。
 ミルコははっ、と黙る。
「何か来る」
 スラッシュが右手を刀の柄にかけて、すっと低くなった。
「あれはなんだ」
 ミルコは目を細めて奥を見た。
「すいません、ここからだとまだ」
「さっきの人形くらいの大きさだ」ハックは言った。「簡単な鎧みたいなのを着ている。左手に何か持っている。ありゃ斧だな」
 ミルコは通路の奥に目を凝らした。鈍い真鍮色の光がかすかに見える。
暗鬼インプです!」ミルコは叫んだ。
 どうやら相手はこちらを見つけたらしく、素早い動きでこちらに向かってきた。三体。
「左!」ハックが鋭く言った。
 スラッシュは低くしていた身を一歩踏み出した。
 鋭い光が闇に向かって伸びる。
 斧を掴んだまま大きく振りかぶった暗鬼の腕を、刀の一閃が斧ごと切り飛ばした。
 くるりとバランスを崩した鬼の首が、返す刀で飛ぶ。
「すごい…」思わずミルコがつぶやいた。
 ハックが右に走っていく。両の手に小刀を握ったまま、踊るように回転すると、暗鬼の首の急所に刀がヒットした。勢いで回廊の石の床に叩きつけられた暗鬼の体を踏み台にして跳び上がると、そのまま後続の鬼を足蹴りにした。倒れた鬼の胸に刀が突き刺さる。
 終了だ。
 ミルコはハックの小刀を見た。
 刃が赤と青の光を放っている。
「魔法遺物…?」
 小刀の刃を血を払うように振り捌いたハックが、不思議そうに刃を見た。
「なんだこいつら?血が出ないのか」
暗鬼インプは魔法兵の一種です。血は流れていません」ミルコは刎ねられた首を見下ろした。
 小さな子供くらいの背丈だが、その顔は戯画化されたような皺だらけの老人のものだ。虚な目に黒目はなく、穴のようにも見える。不気味な顔には苦痛の様子もない。
「それほど強くはないですが、それにしても瞬殺でしたね」ミルコは鬼の体から簡易鎧を外し、体にナイフを入れる。粘土を切り裂くような感触を注意深く探ると、ナイフの切先が硬いものに当たった。そのまま体を剥くように割くと、中から親指大ほどの石が出てきた。
「なるほど、これが燃料か」ハックが覗き込んだ。
「インプの体の中には魔法晶石が必ず入っています。回収してください」
 ハックも短刀でインプの体をこじ開けた。スラッシュもそれに倣う。
 親指大の石が三つ、集まった。
「私たちの最初の戦績です」ミルコが微笑んだ。「やりましたね」
「これで金30くらいだな」ハックが値踏みした。
「そうですね」ミルコは小斧を拾い上げた。「これも持って帰りましょう。少しは足しになります」
「こんなもん売れるのか?」
「貴重な金属なので、たくさん集めて溶かせば魔剣の材料になります」ミルコは斧を背嚢に入れた。
「魔剣といえば、その刀」
「これか?」ハックが刀を見せた。
「二本とも魔法遺物なんですね」
「魔法遺物…ってなんだ?」
「…知らないんですか?」
「ああ」ハックは首を傾げた。
「私たちの力で作れないもののことです。その刀は魔力がこめられています」
「わかるのか」
 ミルコは慌てて首をふった。いけない、喋りすぎた、と思う。
「た、多分です」声が小さくなる。「多分…」
 ハックはニヤリ、と笑った。
「お前さん、ただの治療士ヒーラーじゃないな」
「いえ、私は…ただの…」
「おい、よそうぜ」呆れたように首をふる。「あんた、ギルドホールで酔っ払いと揉めた時、何かしようとしていただろ?」
 ミルコは黙って俯いた。
「治療士の術式に喧嘩で使える技はねぇよな」
「ハック」スラッシュが何か言おうとしたが、ハックはそれを手で制した。
「あのな、嬢ちゃん」ハックはじっとミルコの目を見た。赤い左目がこちらを真っ直ぐに見つめている。
「俺たちはギルドで、あんたの下につくように言われて来た。たまたまなのか何か意図があるのかは知らねぇよ、言ってみりゃあんたと俺たちはそれだけの関係だ」
 ミルコは目を伏せた。
「だけどな、嬢ちゃん」ハックは真剣な顔で言った。「俺はあんたに背中を預けるんだ。今はたまたま組んでいるだけの関係だったとしても、ここについてほとんど何も知らない俺たちにとってはあんたが頼みだ」
 ハックはすっと左手を伸ばし、ミルコの肩を優しく掴んだ。
「俺とスラッシュは傭兵だ。金で雇われて人殺しをしてきた。だが俺たちは戦場で嘘をつくことだけはしない。それが最低限の関係を守る絆だからな。だから」
 ハックの声は硬いが、優しい、とミルコは思った。
「言いたくない不利益なことだったとしても、隠し事はしたくないんだ」
「すみません…」
 ミルコは伏せていた顔を上げた。
「ミルコ、間違っていたらすまん」黙っていたスラッシュがおもむろに口を開いた。
「あんた、戦鍛治ウォーロックだな?」

 少女は工房の片隅で魔法鋼マグタイトを鍛錬する青い光を眺めていた。
 魔法鋼を鍛錬して刀にするには術式がいる。故に彼らはただの鍛治ではなく、魔法鋼と鉄や銀、銅を混ぜて鍛錬し、魔法武器と呼ばれる道具を作る一族である。
 サンデルのような山に住むドウェルグといわれる種族には、このような鍛治が多くいる。彼らは鍛治だけではなく、物質に魔力を付与したり化学式を操る力を使う。
 古来から数少ない徒弟制度でその技を守ってきた彼らは、畏怖を込めて戦鍛治ウォーロックと呼ばれている。
 少女の父は山のドウェルグに師事し、その術式を操れる数少ない術師の一人だった。
 少女の父は少女にその技を継がせるつもりで少女を鍛えた。物心ついた時から様々な技術を仕込まれ、これからというときに、少女の父は死んだ。
 少女が生きていくためには誰かの庇護が必要だった。

「私は修道院に入って、聖騎士たちの槍を作る仕事をしながらドウェルグたちに技を習いました」ミルコは言った。「でも、修道院の院長先生は私に治療士としての道を歩ませようとしました」
「なぜだ」ハックは不思議そうに言った。「その技は絶対に役立つだろう」
 ミルコは悲しそうに微笑んだ。
「私が女だから、です」
「女の鍛治は嫌がられる」スラッシュが静かに言った。「俺の刀を鍛えた戦鍛治の村にも、女はいなかった」
「山神が嫉妬するから、ドウェルグたちは仕事場に女を入れないんです」ミルコは言った。
「私が成長して子供から大人になるにつれて、私に仕事を教えるのをドウェルグたちは嫌がるようになりました」
「なんだそりゃ」ハックはため息をついた。「なら最初から教えなきゃいいじゃねぇか。あんたの親父さんもそうなるのはわかっていただろうに」

 ミルコにはわかる。
 あのときあの青い光に私が手を伸ばしたからだ。
「ミルコもこれ、やう」と片言で言ったとき、父は優しく微笑んで、
「おう、やってみるか」
と言ったのだ。
 父は私の希望を叶えたかったのだとミルコは思う。

「私はこの技を封印して修道士になりました。でも、諦めたわけではなくて、この技をマスターしたい気持ちはずっと持っていました。修道院で修行するならば魔法は禁忌です。でも」
「迷宮なら、二つの技を磨いていくことができる」ハックが応えた。
「そうなんです」
 ミルコは言った。
「戦鍛治であり治療士でもある。それが私の望みです。そしてその中途半端な希望が、私のパーティーに危機をもたらしてしまった」涙が流れる。「私が高望みせずに、治療士に専念していれば、もっと優秀な治療士になれたはずなんです。でも私はそうしなかった。私の判断に迷いが生まれるたびに、パーティーの動きは乱れました。パーティーが全滅したのは私のせいなんです」
 ミルコは顔を覆った。「最悪ですよね…私は本当はここにいるべきじゃないのかもしれません」
「ん?なんで?」
 ハックは心底不思議そうな顔で言った。
「…え?」ミルコはハックを見た。
 ハックは笑っている。
「最強じゃねぇのか?治療もできて、支援もできる。魔法遺物の知識もあるし、聖典も読んでいる。それってすげぇことじゃねぇのか?」ハックはスラッシュを見た。「なぁ?」
「これ以上は望めない人材だな」スラッシュも微笑んでいる。
「最強の後方支援じゃねぇか。俺たちは運がいい」ハックは言った。
「戦鍛治の技なら俺の刀を強くしてくれるものもいくつかあるだろう」スラッシュが言った。「面白いものが斬れそうだ」
「なあ」ハックは言った。「あの酔っ払いとの悶着のとき、あんたはウェイトレスを放っておくこともできた。だがそうしないで、魔法を使ってそれを止めようとした。俺たちはあのとき、あんたのことを面白いやつだと思ったんだぜ。それは今も変わらねえ。どころか、おもしれぇ。やりたいようにやれよ。それでいいじゃねぇか」
 ハックは赤い目を瞑って見せた。
「迷いなんて吹っ飛ぶくらい俺たちが速く動いてやるよ」


 
 

 


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

誰からも食べられずに捨てられたおからクッキーは異世界転生して肥満令嬢を幸福へ導く!

ariya
ファンタジー
誰にも食べられずゴミ箱に捨てられた「おからクッキー」は、異世界で150kgの絶望令嬢・ロザリンドと出会う。 転生チートを武器に、88kgの減量を導く! 婚約破棄され「豚令嬢」と罵られたロザリンドは、 クッキーの叱咤と分裂で空腹を乗り越え、 薔薇のように美しく咲き変わる。 舞踏会での王太子へのスカッとする一撃、 父との涙の再会、 そして最後の別れ―― 「僕を食べてくれて、ありがとう」 捨てられた一枚が紡いだ、奇跡のダイエット革命! ※カクヨム・小説家になろうでも同時掲載中 ※表紙イラストはAIに作成していただきました。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...