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出会い
5.1つの隠し事
しおりを挟む「本日は依頼の件、引き受けて下さり、ありがとうございます。私は、制作部の上原美琴と申します。よろしくお願い致します」
彼女を最初、見た時、フリーズしてしまった。正確には、彼女に見惚れてしまっていたのだが…
彼女は、にこやかに名刺を両手で手渡しながら、お辞儀をした。
ここは、ウェイブリット社の4階会議室。
ベンチャー企業のため、建物も5階立てとこじんまりしているが、使っている機器は最新のものだろうというのが第一印象だ。まだ、詳しくは分からないが、例えば、受け付けは無人で、あらかじめ送られてきたパスワードを受け付けのタブレットに入力するだけで入館出来たのだ。他の企業にも行ったことがあるが、さすがに無人ではなかったので、このシステム導入の迅速さには驚いた。
いつまでも、彼女の名刺を受け取らない僕に気付いたのか、
「あの…?」
「あぁ…!すみません、こちらこそよろしくお願いします!上原さん」
彼女の声掛けで我に帰った僕は慌てて、名刺を受け取った。
彼女は、黒髪のセミロングで艶があった。色白で、目鼻立ちは良く、パッチリした瞳は特に印象的だった。これはいわゆる美女だ。それに、すらっとした躯体に纏ったベージュのジャケットとズボンに、白のインナー、ブラウンのピンヒール…とにかく、スーツの似合うバリバリのキャリアウーマンだと感じた。
確か、こんな女性、前にも会ったことがあるような…
いや、そんなわけないか。
だってこんな美人、一度見たら忘れるはずがない。それくらいに僕にとって、彼女は眩しかった。それと同時に、彼女を手に入れるという意志も芽生え出していた。
24になって、それなりに恋愛経験はしてきたが、会ったばかりでここまでの強い感情は初めてだった。会ったばかりで彼女のことは何も知らないはずなのに、なぜこんなにも惹かれるのか…自分でも説明がつかない。
彼女の挨拶が済むと、彼女の後ろに控えていた2人の社員が並んで名刺を手渡す。
「私は営業部の松枝弘樹です。売り込みの面でサポートさせて頂きます」
「同じく営業部の佐々木春香です。よろしくお願いします」
この2人も初対面であるはずだ。
なのに何だろう…
彼女の時とは反対に、あまり関わりたくないという感情が押し寄せる。
ダメだ、そんな感情、初対面の相手に向かって失礼だろ。それに、これは仕事なんだ。これからも関わっていく必要があるのだ。
僕は無理矢理、口角を引き上げる。
「はい、よろしくお願いします」
我ながら、淡白な返事をしてしまった気がするが、仕方ない。そんなことはつゆ知らず、2人とも声を揃えて丁寧に挨拶をする。
「「よろしくお願い致します」」
無事に顔合わせが済むと、全員、会議室の席に着いた。
「では、まず今回の広告について……」
彼女のハキハキした説明に耳を傾けながら、考えていた。彼女をどうやって口説き落とすかということだ。今回の依頼は、Web広告のため、制作部の彼女との打ち合わせが多くなる。制作期間は3ヶ月だ。この期間に出来るだけのことはして、彼女を落としたい。
僕の頭の中は、Web広告より彼女のことでいっぱいだった。
─みっちゃん、やっと会えたね─
「っは!!」
「「「えっ?!!!」」」
僕は思わず、テーブルに手を着いて立ってしまった。突然、頭に響いた言葉に驚いたが、僕の行動に他の3人の方が目を丸くしていた。特に彼女は、心配そうな目を向ける。
「あの、大丈夫ですか?」
「あはは、すみません。ちょっと虫に驚いて、コバエかな、耳元でブーンて鳴ったので。びっくりさせましたよね、ほんとすみません」
とっさに嘘をついてしまった。でも、ほんとのことを言ったところで頭おかしい奴って思われたくないしな。コバエで誤魔化したが、僕の第一印象がコバエって、それもそれでめちゃくちゃ嫌なんだけど!
「んふふふ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。コバエ、私も苦手なんです。一緒ですね!!」
彼女は、さっきの挨拶とは違って、もっと砕けた笑みだった。
「は~、なんだ~良かったよ~!俺もコバエ嫌いだわ。うっとうしいよね」
「ほんとですよね!クーラーで締め切ってるのに。仕方ない、窓開けて、換気しましょ」
松枝さんも佐々木さんも、挨拶の時より大分砕けた口調になった。
僕は人見知りで、初対面の相手には特に緊張してしまう。お陰で、仕事の打ち合わせやプレゼンは緊張しっぱなしだ。よく今まで、失敗しなかったな…
きっと彼らも、初対面の僕に対して通常の自分を出せていなかっただけなのかもしれない。こういうのって、やはりきっかけが大事なんだ。
さっきの殺伐とした空気感は一転して、一気に和やかになった。
「じゃ、概要だけさっと説明して、今日は終わりましょうか。それから、余った時間は自己紹介トークでもして。堅苦しいのはなしね!」
「良いね!楽しそうじゃん」
「賛成!私、コーヒー注いできますね」
彼女は、僕に近づいて、甘い香りを漂わせる。
「それで良いかな?本田君」
本田…
「…良いですね!ぜひ!」
声は多少、裏返ったが、彼女と話せる喜びを隠しきれない。僕の反応を見て、彼女はとても嬉しそうだった。
そして、仕事の話はそこそこに、4人で"自己紹介トーク"をして、みんな声がガラガラになるまで話し続けた挙句、会議室の予約時間を30分も過ぎて、次の予約をしていたグループにこっぴどく叱られた。
もちろん、僕も含めて、全員で平謝り…
僕たちは会議室を追い出され、会議室を出て10歩くらい歩いた廊下の先にあるエレベーター前まで来ていた。僕はこのまま帰り、他の3人は今日は残業らしい。やっぱ広告代理店って、忙しいんだな。
「めっっっちゃ、こえ~!!特に顔」
「ほら、声が大きいですってば、聞こえますよ、日高さんに」
「日高さん?」
「ほら、さっき私たちに説教してた人ですよー。マーケティング部の部長で、社内一、怒った顔が怖いで有名なんです」
「顔だけね、怒り方はうるさいだけよ」
「へ~そうなんですか」
「もう!先輩も、声抑えて下さい!ほんとに聞こえちゃいますって!」
「そうだそうだ、聞こえたら、また説教だぜ?」
「は~?あんたの方が、声バカデカいでしょ。あんたが抑えなさいよ」
この3時間、喋り倒したのは初めてだった。
会社の話から、出身、好きなもの、趣味、失敗談…とにかく時間を忘れるくらい、こんなに誰かと話したのは初めてでとても新鮮だった。この3人のやり取りが特に面白い。特に彼女は、見かけはしっかり者のイメージで、僕に対してはだいぶ気さくだが、2人を相手には割と毒を吐いている。2人は基本的にマイペースだが、たまにツッコミを入れている。上手く言えないが、彼女の素ってこれなのかな、だとすれば、この面白おかしいやり取りが彼女の素を上手く引き出し出るのかもしれない。そう思うと僕は自然に吹き出した。
「んははは、ほんと3人とも見てて面白いです」
3人が一斉に僕を見る。
やばい!彼女が1番嫌そうな顔してるじゃないか!
「それ、なんかディスってません?!」
「いやいやいや、そんなことはなくもなくもないですよ」
僕は、ゆっくり目を逸らす。
「いや、どっちなんですか!」
「本田君、可愛い顔して、結構毒舌~」
「ワンコみたいで可愛い~!うちの犬にそっくり」
ツッコミを入れる彼女に、マイペースな2人。うん、面白いな、この構図。
「あははは、褒め言葉、ありがとうございます」
「「「いや、褒めてないから!!」」」
こうして、また1時間くらい立ち話してエレベーター前で見送ってもらった。
会社を出て、通りを歩きながらスマホを見ると19:00だった。外は淡い紅に染まり、ビルの窓に反射していた。
ここに来たのは約4時間前。楽しい時間があっという間とはこのことだ。
「は~楽しかったな」
家族とは疎遠で友人も少ない僕にとっては、非日常なものに感じた。ただの錯覚かもしれないが、これまで生きてきた中で1番素を出せていた気がする。今日は、久しぶりの心地良い余韻に眠れる気がしないや。
ただ…
1つだけ、3人に隠していたことがある。
それは…僕の名前だ。
正確には、姓だけが違う。
僕の姓は、本田ではない。
杉田…
僕の本名は、杉田冬馬だ。
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