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8.憎き男
しおりを挟む『母さん…父さん…苦…しい…どこにも行かないで…』
瑠璃は何もない真っ白な世界で身体は熱く息苦しさを感じていた。地面は凍るように冷たく、空気も重々しい。まさに、虚無といった所だろうか。瑠璃はひたすら一人で何もないこの世界を歩き続けている。さっきまで、歩けていたはずなのにもう立ち上がることはできない。
『母さん…父さん…』
瑠璃はもう、身体的にも精神的にも限界だった。孤独感に溢れ、両親の名を呟くしかなかった。
『母さん…父さん…瑠璃と一緒にいて…』
すると身体がふわっと包まれる。
そして、両親の優しい声が耳元で聞こえた。
『一緒にいるよ、瑠璃』
『ずっと傍にいるから、安心していいよ』
『うん…』
すると、真っ白だった世界は薄桃色に溢れ、暖かい空気に包まれた。瑠璃は安堵して、両親の腕の中で眠りの世界に入っていく。
~~~~~~~~~~~~~~
「あったかい…」
瑠璃は、身体がぽかぽかして心地良い感触がした。
「あれ…なんで…」
寝返りを打とうとするが、上手く動かせない。おかしいと思い、ゆっくりと目を覚ますと、忘れもしない憎き男に抱かれているではないか。
「んんっっ…離しなさいっよ」
男の腕を肩から振り払おうとするも、ガッチリ抱かれており、瑠璃の筋力では全く歯が立たない。瑠璃は諦め、眠っている男を睨み付けるが、ふとあることに気付く。
「なんか…苦しそう…悪い夢でも見てるの?」
カルセドは、眉間に皺を寄せて、顔が紅潮していた。そして、息もゼエゼエと苦しそうだ。
「ゴホッゴホッゴホッ!!!」
「ねぇ、大丈夫!?もしかして…具合悪いの?」
瑠璃は、自分の純潔を奪ったこの男の罪を一旦、隅に置く。流石に、ここまで苦しそうだと、心配せずにはいられない。
そこで、ある考えが浮かんだ。
今なら逃げ出せるのでは?
だが、ここがどこだか分からない状態で脱出するのは無謀だ。しかもこの部屋は物凄く高い場所にある。例え、運良く逃げ出せたとして、ここは異世界だ。異世界といっても、アニメや漫画でよく見る異世界転生とは違い、異世界人に誘拐された、ただの凡人だ。あぁ、完全に詰んでる…
あれ、そういえば、どうやって誘拐されたんだっけ、私。確か、あの男、私の家のお風呂にいたよね??じゃあ、同じ風呂から来たってことにならない?確かあの時、湯船にお湯張ってなかったし、異世界のお風呂に繋がっていると考えた方が辻褄が合う。そう考えると、元の世界に戻れるかもしれない。ただ、どうやって戻ればいいのか分からない。下手に動いて見つかれば、元も子もない。なんせ、誘拐して女子を犯すような男だ。何をされるか分からない。もしかしたら、次は本当に殺されるかも……
「仕方ない…直接、本人に聞くしかないわね…」
そのためには、まずカルセドの信頼を得なければ。不本意だが信頼を得れば、この場所も誘拐方法もペラペラ話してくれるかもしれない。もう、瑠璃には、そこに賭けるしかなかった。しかも、今はカルセドの信頼を得るには、打ってつけの状況だ。
「まずは、この男の看病よね」
瑠璃はカルセドの額に手を当てると、熱湯かというくらいに熱かった。
「これは、酷い風邪ね…」
カルセドは、うっすら目を開けると、こう呟いた。
「ルリ…お前、すっかり元気になったな」
瑠璃は額からサッと手を離し、不機嫌な態度で口を開く。
「何よ、元気って」
「風邪だ…昨日…お前…苦しそうだったからな…」
「え…私…風邪引いたの…?ここ最近はひいてなかったのに…」
「そう…なのか…お前、丈夫なんだな…」
「んん…何それ…ていうか、そもそも私が風邪をひいたとして全部、あんたのせいよ。私は絶対、家に帰るんだから」
「ははは…そうだな…分かってる…全て俺のせいだ…だが、お前は俺の妻になる」
カルセドは息も絶え絶えに、か細く笑う。瑠璃は昨日に比べ、格段に弱ったカルセドに、いまいち自分のペースが掴めない。しかし、ここで自分の意思はしっかり示しておかなければ、後で後悔するのは自分なのだ。
「ならない、絶対帰る」
「じゃあ、なぜ俺の看病をする。今なら逃げ出せるだろう」
「それは…今は何でもいいでしょ!」
それは、瑠璃が先程、1番最初に考えていたことだ。カルセドは、瑠璃がこの場所と誘拐方法を知らない以上、何も出来ないことを分かった上で聞いているのだ。つくづく嫌な男だ。でも、仕方がない、この男に頼る他に最善の方法がないのだ。
瑠璃は強気で口を開く。
「誘拐されたのに、その犯人を看病するって言ってんの。大人しく看病されることね」
「んははは…お前は面白いな…お前に興味がますます湧くよ…分かった…よろしく頼む」
「とりあえず腕離して。これじゃ、あんたを看病出来ない」
すると、肩を抱いていた腕がゆっくり離れていく。瑠璃の身体は解放され、カルセドに背を向けて起き上がろうとした。すると突然、後ろから強く抱き込まれた。
「きゃあ!!!!何?!」
瑠璃は思わず叫んだ。
そして、カルセドは瑠璃に耳元で囁く。
「ルリ…ありがとう…」
カルセドの手はすぐに緩んだ。その直後、カルセドは、すうすうと寝息を立て始めた。
「もう…なんなのよ…」
しばらく動揺していた瑠璃は身体を起こし、この憎き男の顔をじっくり見つめた。今までカルセドの顔をしっかり見ていなかったため、気付かなかったが、よく見ると、相当な美形だ。それに加えて不覚にも色気のある低音ボイスだった。とても、自分を犯した同一人物とは思えない。
自分の姿を見ると、肌触りの良い上質なTシャツと短パンを履いていた。何より、少し厚手で温かい。枕には乾きかけているハンドタオルが転がって、ベッド棚には吸い飲みも置かれていた。
今の状況から、息苦しさが和らいだのも孤独感がなくなったのもこの男のおかげだと、今、気付く。だからこそ、瑠璃は完全にはカルセドを憎みきれないでいた。
「調子狂う…看病したら、絶対帰るから」
このモヤモヤした感情を胸に留めながら、転がっていたハンドタオルと吸い飲みを持って、ベッドを抜け出した。
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