贖罪の救世主

水野アヤト

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第十四話 贖罪

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 キメルネスとミリアは、この夜二人で王妃の寝室を訪れ、エアリーゼの許しを請おうとしたのである。
 しかし、二人の顔を見た後、少し話をしただけで、エアリーゼの怒りが頂点に達した。そこからは話し合うどころではなくなり、一方的に王妃が喚き叫ぶだけだった。
 王妃の声は城内に響き、その声が聞こえてしまった者たちは、王妃の寝室から距離を置いていた。狂った王妃の怒りの叫びが、恐ろしくて仕方なかったからである。
 そのせいで、エアリーゼの狂気の行動や、キメルネスの自殺を、マストール以外誰も気付く事が出来なかった。
 王の自殺を止める事が出来ず、王妃と侍従長の死を知ったマストールは、ただ一人生き残った、アンジェリカを守るために行動を起こす。
 三人の死を悲しみながらも、己の心を殺し、ユリーシアの妹にあたる彼女を、救わなければならなかったマストール。
 ユリーシアと同じように愛した、幼きその少女のため行動を起こした彼は、まず始めに、己が信頼できる者たちを集めた。三人の死は一度隠され、その夜の内に、この先の計画を練った。
 三人の死は隠し続ける事は出来ない。特に王と王妃は、一日でも姿が消えてしまえば、大騒動になる事は必至である。よってマストールは、キメルネス王は誤って寝室の窓より転落し、不幸な死を遂げたとして、真相を隠したのである。
 王妃は王の死に衝撃を受け、剣を胸に突き刺し、自らその命を絶ったという話を作り上げた。元々彼女は精神的病に侵されていたため、城の人間は疑いもせず、その嘘を簡単に信じた。
 侍従長ミリアについては、王妃の存在に耐えられず、娘と共に城より失踪したという、城の人間が信じ易い嘘を用意した。侍従長の受けていた、数々の仕打ちを知っている者ならば、信じるのも無理はない話を作り上げたのである。
 王に忠誠を誓っていた、宰相と数少ない同志たちは、キメルネスとエアリーゼの真相を完全に隠蔽した。もしも真相が反王族派の者たちに知れれば、隠し子アンジェリカの存在も知られる危険がある。王のたった一度の過ちが、この悲劇を引き起こしたとわかれば、反王族派はこの真相を広め、打倒ヴァスティナ王族の気運を高める可能性が高い。
 真相が国民に広まり、王族の信頼が地に堕ちれば、反王族派の貴族は間違いなく行動を起こす。帝国からヴァスティナ王族を排除し、国民の支持を集めた後に、ヴァスティナ帝国の支配権を手に入れようと、すぐさま行動を起こすのは予想できた。
 ユリーシアとアンジェリカ、そしてこの国の未来を守るためには、知られてはならない事を、闇に葬り去らなければならない。その事を一番理解し、過ちも真相も、大切なアンジェリカの存在さえも、何もかもを隠蔽するために行動したマストール。彼は全ての責任を背負った。
 アンジェリカの存在は、反王族派に帝国支配のきっかけを与えてしまう。場合によっては、彼女の身に危険が及ぶ可能性もある。彼女の存在は、帝国の分裂を引き起こしかねない。
 反王族派の貴族が彼女を利用し、帝国を分裂させ、最終的にはアンジェリカを玉座に据えた後に、彼女を傀儡として実権を握る。そういった野望を持つ者が現れた場合、彼女を得ようとする者と守ろうとする者との間で、争いが起こるのは必至である。それはアンジェリカの身に、危険が及ぶのを意味してしまう。
 マストールは全てを守るため、アンジェリカをこのヴァスティナ帝国より、永久に離れさせようと決意する。
 アンジェリカはミリアと共に失踪した事にして、誰にも気付かれる事なく、密かに彼女を帝国より旅立たせた。同志たちを彼女の護衛に付け、マストールの信頼のおける者が住む、遠い北の地方へと避難させたのである。
 それ以外に救う手立てはなかった。たとえそれが、姉妹を引き離す事になろうとも、この選択しかなかったのである。せめてもの救いは、ユリーシアは事の真相について、何も知るはずがないという事だ。アンジェリカが妹であるという事実も、彼女は知る由もない。
 ただ、ユリーシアはアンジェリカの事を、心の底から本当に愛していた。城で共に過ごした日々の思い出は、彼女の大切な宝物だ。アンジェリカが失踪したという話を聞いて、その時彼女は深い悲しみに暮れた。王族の一人として、涙こそ見せなかったが、その姿はマストールの心を締め付けた。
 全てを話してしまいそうになった。だが、アンジェリカと帝国を守るためには、闇は自分だけが背負うしかない。何よりも、王と王妃の死の真相は、ユリーシアの心を傷つけてしまう。それがわかっていたから、話す事は出来なかったのである。
 
 王の事故死の真相。王妃の死。侍従長ミリアの失踪。そして、ヴァスティナ王族最後の血を引く、アンジェリカ・ヴァスティナと言う少女。
 これが、宰相マストールがリックへと託した、ヴァスティナ帝国の闇である。
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