贖罪の救世主

水野アヤト

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第十四話 贖罪

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「帝国を離れた私は、マストールの古くからの親友のもとへ身を寄せました。マストールの付けた護衛の者たちと共に、穏やかな時間をそこで過ごしていました」

 寂しさはあった。目に焼き付いたあの夜の悲劇も、忘れる事は出来なかった。
 穏やかな時間は、ほんの少しだけ彼女の心を癒したが、彼女の心の痛みは消える事がなかった。

「でも一年前、ジエーデル国の侵攻があって・・・・・。マストールの親友も護衛の者たちも、皆命を落としたのです・・・・・・」

 偶然にも、その年ジエーデル国は領土拡大のために、軍事的侵攻作戦を次々と発動させていた。ジエーデルの侵攻軍の戦略目標が、偶々アンジェリカたちのいた地方であり、彼女たちは戦火に巻き込まれてしまったのである。
 親友は貴族であり、彼の屋敷はジエーデル兵に目をつけられ、略奪のために襲われた。親友も護衛たちも、アンジェリカを守るために戦い、彼女は屋敷より逃がされ、命だけは助かった。
 しかし、身を寄せていた相手も、命を救ってくれた護衛の者たちも、ジエーデル兵の手によって、命を落としてしまったのである。屋敷は焼け落ち、何もかもを失い、明日の生き方さえも見えなくなったアンジェリカ。 
 
「私は何もかもを失いました。これからどう生きればいいのかさえ、見失ってしまったのです。けれども私には、姉様がいました」

 マストールから自分が王の娘であり、ユリーシアの妹であると聞かされていた彼女には、まだ愛する者も希望も残されていた。
 屋敷の焼け跡へと足を運び、その事を思い出す。アンジェリカはもう一度、最愛の姉であるユリーシアに会いたいと、そう願ったのである。
 彼女は焼け跡を探り、略奪を免れ少しだけ残っていた、屋敷の宝石や金をかき集め、それを旅の資金として、帝国へと旅立った。戻ってはならないとわかっていても、愛する姉の存在だけが、この時の彼女には必要だったのだ。

「姉様に会いたい。そう願った私は、帝国に戻ろうと決意しました。あの時の私には、駄目だとわかっていても、そうするしかなかった・・・・・」

 たった一人の、辛く厳しい道のりだった。帝国に戻ってはならないという、心の迷いと戦いながら、十三歳のその少女は、自分の足で、帰りたい場所に向かったのである。
 ぼろぼろになりながら、旅の辛さに何度涙しても、最愛の姉の顔を思い出して、気力を振り絞った。

「長い旅の末、ようやく南ローミリアへと戻る事が出来ました。でもそこで、奴隷商人に目をつけられ、帝国に辿り着く前に捕らえられてしまった。ここから先は、皆さんも知っての通りです・・・・・」

 奴隷商人に捕まり、何処かの国に連れて行かれ、売られてしまいそうになっていた時、現れたのはリックたちだ。彼はアンジェリカを助け、帝国へと導いた。その時の彼女の嬉しさは、言葉に言い表す事もできない。
 精神的にも肉体的にも限界だった彼女は、あの時感情を表に出す事が出来なかった。それでも内心では、帝国に帰れる事に喜びを感じていたのである。

「どうして、帝国へ戻る事が出来たのに陛下に会おうとしなかったんだい?宰相の事も避けていたみたいだし。きっと二人は、君に会いたがっていたはずだよ」
「・・・・・・見ていられるだけでよかった。私の存在が帝国に危険をもたらしてしまう以上、再会する事は出来ませんでした。メイドとして城の中で働き、姉様の姿を見守れるだけで・・・・・満足だったんです」

 王の隠し子と言う宿命。母親の死と、姉との別れ。その姉に会うために、この地へと再び戻る事は出来たが、最愛の姉は殺されてしまったと知る。
 アンジェリカは全てを話した。誰もが彼女の生きた、あまりにも残酷な人生に、やりきれない想いを抱いている。まだ十三歳の少女が歩むには、残酷過ぎる人生だ。

「私の話はこれで終わりです・・・・・・」

 話は終わった。
 彼女の話に納得したリリカたちは、何故今この時に、この真実を明かさなければならなかったのか、少し考え理解した。これからリックが、彼女に何をさせようとしているのかを・・・・・・。
 
「これが帝国の隠された闇だ。彼女の存在は、ヴァスティナ帝国そのものを崩壊させかねない」
「・・・・・・・」
「だが今は、状況が違う」

 帝国は支配者を失い、明日への希望は闇に閉ざされた。
 ならば、取るべき選択は一つしかない。

「俺は、反女王派の帝国貴族勢力を根こそぎ粛清する。その後は・・・・・・」

 リックの鋭い視線が、アンジェリカへと向けられる。
 迷いはない。決意に満ちた目が、彼女の目を捉えて離さない。

「アンジェリカ・・・・・、お前をヴァスティナ帝国の新たな女王に即位させる」

 アンジェリカからすれば、思いもよらない言葉。衝撃を受け、立ち尽くしてしまう。
 リックは全てを知った上で、彼女を新たなヴァスティナの支配者に据えると、そう宣言したのである。
 
「私が・・・・・、新たな女王・・・・・・!?」
「お前しかいない。この国を導ける存在はお前だけしかいないんだ、アンジェリカ」

 支配者は討たれた。ならば、新たな支配者が必要となる。
 その資格があるのは、ヴァスティナ王族最後の血を引く、彼女しかいない。

「やめてリック君っ!!」
「イヴさん・・・・・・!?」

 立ち尽くした彼女の盾になる様に、泣きながらイヴが立ちはだかる。
 アンジェリカの目の前で、彼女のために泣き叫ぶ。

「駄目だよ・・・・・こんなのってないよ!メイファちゃんはずっと辛い目にあってきたんでしょ!?だったらもう幸せになるべきだよ・・・・・・っ!!」

 イヴは正しい。何もかも正しい。
 親友を想い、涙を流し、彼女を守るために、自分が愛している男に逆らっている。

「イヴ、彼女はメイファではない。リックが話した通り、彼女はアンジェリカ・ヴァスティナなんだ」
「アンジェリカなんて知らない!メイファちゃんはメイファちゃんだよ・・・・・・っ!!僕の大切で可愛くて優しい、僕の親友だよ・・・・・・っ!」

 エミリオの言葉を否定し、彼は懐から自分の拳銃を抜き、その銃口をリックへと向ける。
 震えるその手で、涙で顔をくしゃくしゃにして、引き金に指をかけた。

「イヴ様!?お止めください!」
「銃を捨てるんだ。君はその行為は、リックを傷つける」
「!!」

 今度はエミリオが、護身用として持たされていた、懐の拳銃を取り出して、イヴに銃口を向ける。
 主であるリックの考えに、彼は賛成している。それが最善の選択であるからだ。
 彼の邪魔をしようとする者は、たとえ仲間であろうとも許すつもりはない。エミリオは覚悟を決めている。選択を誤る事は、もう許されないのだから。

「メイファちゃんは幸せにならなきゃ駄目なの!!女王なんてなっちゃいけないよ・・・・・・、ユリユリみたいに苦しんじゃう・・・・・・」
「確かに君の言う通り、これは酷な話だよ。なら君は他に、帝国の未来を救う良い手を持っているのかい?」
「あるわけないよ!僕は頭いいわけじゃないもん!!でも絶対、こんなの間違ってる。リック君だって本当は嫌なんでしょ・・・・・っ!?」

 二人の拳銃の引き金には指がかけられている。
 殺意のこもった視線をお互いに向けあう、イヴとエミリオ。

「やめないか二人とも。少し熱くなり過ぎだよ」

 二人の間に割って入り、彼らを止めようと動いたのは、やはりリリカだった。
 ウルスラもまた、二人を止めるために動く。

「邪魔しないでリリカ姉様!!僕だけは、メイファちゃんの味方でいたいの・・・・・っ!」
「リリカ宰相、彼はリックに再び銃口を向けた。それは、リックの心を傷つけ苦しめてしまう行為。到底許される事ではない」
「御二人の気持ちは理解できますが、武器を下ろしください。今は味方同士で争う時ではありません」

 二人を制止しようとするウルスラの言葉も聞かず、銃口は向けられたままだ。
 
「イヴ、エミリオ。私の言葉が聞こえなかったのかい?」
「「・・・・・!!」」

 凄まじい殺気をリリカから感じた。
 イヴとエミリオが互いに向け合うものとは、まるで違う。二人はリリカの殺気を感じて、身体が動かなくなる。
 恐怖で動けなくなったのだ。自分たちの怒りを忘れてしまうほど、彼女の殺気は恐ろしかった。
 首を絞められたかのような息苦しさと、止まらない冷汗。二人は一瞬、胸に刃物を刺されたかのような錯覚を覚えた。その錯覚の正体こそ、リリカの強大な殺気だ。
 この場を自身の放つ殺気だけで鎮めて見せる。殺気を向けられるのに慣れているイヴでも、リックのために場を鎮めようとした、彼女の殺気だけには敵わない。
 イヴもエミリオも銃を下ろし、部屋に沈黙が訪れる。

「さあ、アンジェリカ。答えなさい、君は女王になる気があるのかい?」
「リリカ様・・・・・」

 リリカは問う。帝国宰相として、リックの仲間として、一人の女性として問う。
 少女、アンジェリカ・ヴァスティナの選択を。

「君は女王に即位する資格がある。そして私は、君の姉ユリーシアにこの国託された。君が帝国の新たな支配者となる気があるならば、全力で君を助ける。その後は、ヴァスティナ帝国宰相として、私は君に忠誠を誓おう」
「どうして・・・・・・?貴女は自由を愛する旅人のはず・・・・・・」
「ユリーシアは良き友人だった。だから、私にとって良き友人の、最後の願いを叶えたいだけさ」

 いつもの妖艶な笑みはなく、真っ直ぐアンジェリカの目を見つめ、リリカは己の気持ちを告白した。
 あのリリカが、他人に忠誠を誓うとまで宣言したのである。ウルスラもイヴも、エミリオでさえ驚きを隠せない。
 アンジェリカが頷けば、帝国宰相リリカは全力を持って、彼女を女王へと即位させるだろう。邪魔する者を全て根絶やしにして、新女王アンジェリカのために、ヴァスティナ帝国に身を捧げると、本気で彼女はそう宣言したのだ。

「お願いリリカ姉様・・・・・・。僕はどうなってもいいから、メイファちゃんを助けて・・・・・・」
「イヴ、君の気持ちは痛いほど伝わる。でもこれは、彼女が自分一人で選ぶべきこと。わかっているだろう?」
「わかりたくないよ・・・・・・、こんなのあんまりだよ・・・・・・」

 泣き出すイヴを、リリカが優しく抱擁する。
 イヴのその姿が、アンジェリカの心を動かす。

(私なんかの事を・・・・・こんなにも想ってくれる・・・・・・・)

 リリカの言う通りだ。
 これはアンジェリカ自身が、何者にも左右されず選択しなければならない。

「ご主人様・・・・・・。いえ、リクトビア・フローレンス」
「はい、アンジェリカ殿下」

 前を向き、しっかりとその男を見る。
 帝国女王であった自分の姉に、絶対の忠誠を誓い戦い続けた、その男の姿を。

「どうして・・・・・・、姉様を死なせた・・・・・・」
「殿下、責められるべきは--------」
「軍師エミリオ・メンフィス、貴方には聞いていない」

 リックを守ろうとしたエミリオの言葉を、無理やり黙らせる。
 少女が放って見せた、この威圧感。そこには確かに、王族の血が流れる者の威厳があった。

「答えろ、リクトビア・フローレンス・・・・・っ!」

 初めて、皆の前で叫んだ。少女の怒りを帯びた声が、部屋に響く。
 リックは彼女の言葉に目を逸らさない。逃げるつもりはないのだ。

「俺の力が足りなかった。だから陛下は------」
「そんな言葉は聞きたくない!姉様が死んでしまったのはお前のせいだ。お前のせいで姉様が犠牲になった。その理由を答えなさい!!」

 ヴァスティナ帝国王族、アンジェリカ・ヴァスティナは命令する。リックが隠し続けている、ユリーシアとの秘密を話せと。
 その秘密があったから、ユリーシアは死んだのだと、アンジェリカは気付いている。

「言え、お前には私に話す義務がある!」

 リックは目を伏せた。
 そして、五つを数える時が経ち、瞼を開ける 

「俺は、陛下と約束しました」

 秘密の約束。
 それがリックの、進むべき道を決めた。

「この約束を叶えたい。俺の目的は、ローミリア大陸全土の武力統一です」

 この広い大陸の、数々の国家全てを、武力を行使し帝国の支配下に置く。
 南ローミリアの小国でしかない、このヴァスティナ帝国が、宿敵エステラン国とジエーデル国を蹂躙し、最大国家ゼロリアス帝国とホーリスローネ王国すら支配する。荒唐無稽としか思えないこの野望のために、彼は己の全てを懸けてきた。

「ふざけないでっ!!」

 リックの野望を聞いたアンジェリカは、殺意を込めた視線を向ける。
 約束?大陸全土の統一?そんな事のために、ユリーシアは死なねばならなかったのか。
 
「何が武力統一だっ!そんな事のために姉様を死なせたのか!」
「大陸全土の統一は、陛下も望んでいた事です」
「・・・・!?」

 彼は嘘を言っていない。それはアンジェリカにもわかる。
 だが信じられなかった。あの優しいユリーシアが、人を傷つけてでも、この世界を支配しようとしていた事実。ユリーシアの事を知っていれば、到底信じられる話ではない。
 リックとユリーシアは、今日まで大陸全土をヴァスティナ帝国の支配下に置くため、それぞれの立場で戦ってきたという事だ。その結果が、ユリーシアの死。
 
「くだらない・・・・・!どうして姉様が支配を望む!?」
「・・・・・・」

 問われたが、理由だけは話さない。全てを話すつもりはないのだ。
 その態度が、許せない。

「話しなさい、姉様が支配を望んだ理由を・・・・・!黙っているなんて、絶対に許さない!」

 リックに詰め寄り問いただす。怒りに震えるアンジェリカの姿を、リリカたちは静かに見守っている。
 イヴもまた、彼女を想い、涙を流して、何も言わずに見守っていた。

「・・・・・・言えません」
「話しなさい!この期に及んで逃げるつもり!?」
「・・・・・・」

 ここまで言われても話さない。リックの決意は固い。
 彼女の言葉では、彼の決意は揺らがない。

「やっぱり・・・・・お前は姉様を不幸にした。・・・・・・殺しておけばよかった」

 怒り、悲しみ、憎み、激しく後悔している。
 この男さえいなければ。この男の存在と行為が、最愛の姉を死へと誘った。
 思い出す、あの日の男の背中を。殺意を抱いたあの時、殺してしまう勇気さえあったなら・・・・・。特別な存在にならなければ、躊躇などしなかった・・・・!

「・・・・・・」

 怒りに震えるアンジェリカに対して、謝罪の言葉はない。一言もその言葉を口にはしない。そんな言葉に意味は無いと、よくわかっているからだ。
 謝罪してユリーシアが生き返ると言うならば、彼はいくらだって頭を下げ、許しを請うだろう。
 謝罪するつもりはない。許されたいと思わないからだ。
 この罪から逃げるつもりはない。ここで謝っても、それは自分が許されたという免罪符が欲しいだけ。自分へと向けられている、彼女の怒りと悲しさは、全て受け止める。

「俺を殺したいなら、それもいい」
「黙りなさい・・・・・・!」
「でも、陛下は貴女がその手を血で染める事を望みはしない。貴女を愛していた、優しい彼女ならばそう思うはずです」
「わかってる!わかってるの・・・・・そんな事は・・・・・・っ!」

 破ろうとする勢いで、リックの服を掴み上げるアンジェリカ。
 様々な感情が溢れ出し、涙が止めどなく流れ落ちる。

「どうして、姉様を助けられなかったの・・・・・・っ!?」
「・・・・・・」
「守るって・・・・そう言ったじゃないっ!」

 守って見せると宣言した。心配するなとも言った。
 結局、何も守る事は出来ず、この少女を悲しませた。悲しい思いをさせないため、ずっと戦い続けたというのに・・・・・。

「嘘つき・・・・・!」
「好きなだけ俺を憎んでください。その代わり、陛下の愛したこの国を、貴女の手で統べて欲しい」
「そうやって・・・・・、今度は私を利用するんでしょ・・・・・!?」
「・・・・・・」
「お前は・・・・・姉様の身代わりが欲しいだけだっ!!」

 この男は、生きる意味がなければ生きられない。
 亡きユリーシアもメシアもわかっていた。リリカだって理解している。彼女もまた、彼の傍に仕えていたからこそわかる。
 
「卑怯者!臆病者!そうやってお前は私と同じ人間を増やしていくんだ・・・・・!!」
「・・・・・・はい。俺は貴女を新たな女王に立て、陛下との約束を果たしたいだけです」

 それがリックの答えだった。
 恐らくアンジェリカは、生涯彼の事を憎み続けるだろう。そして、この憎しみを糧として、彼女は己の進まなければならない道へと、歩みを進めていく。
 本当の卑怯者は、この男ではなく自分だと、そう思っていながらも・・・・・。

「許さない・・・・・。私はお前を、絶対に許さない・・・・・っ!」

 リックへと向けられた、彼女の最後の言葉。
 生まれ出でる事を許されず、残酷な運命を歩んできた、悲しきアンジェリカの憎悪は、この場の者たちの心に深い傷跡を残す。
 これは、リックとアンジェリカが、お互いの生きる道を選んだ、運命の夜の出来事。
 二度と引き返せない、悲しみと後悔しかない道を、二人は選ぶ。
 お互いにこの選択が、どうしようもなく愚かな道だと知りながら・・・・・・。
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