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第十四話 贖罪
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「アンジェリカ陛下」
何も無い部屋。窓から外を眺める、黒髪の少女がいる。
少女の名を呼んだのは、帝国メイド長のウルスラ。かつては、帝国女王ユリーシア・ヴァスティナに忠誠を誓った、一人の元女兵士である。
ウルスラは今、新たな主君にその身を捧げ、忠誠を誓っている。その主君の名は、アンジェリカ。
「時間か」
「はい。皆が陛下の御言葉を待っております」
少女アンジェリカは、その身を黒きドレスに包んでいる。ユリーシアの純白のドレスとは正反対の、漆黒のドレス。ユリーシアを光と表すならば、アンジェリカは闇の存在。
彼女が抱えた大きな闇を表す、この漆黒のドレスは、彼女自身が選んだものだ。
自分はユリーシアとは違う。彼女のようには生きられない。その想いが、このドレスを着る理由である。
「ウルスラ」
「はい」
窓から外を眺めていたアンジェリカが、ウルスラの方を向く。
「これまでよく、我が姉に忠義を尽くしてくれた。礼を言う」
「私の身には勿体無き御言葉です・・・・・」
「我が姉ユリーシアの死に責任を感じる必要はない。お前は十分忠義を尽くした」
ユリーシアを死なせてしまったという思い。責任を感じ続けているウルスラに、アンジェリカの言葉は続く。
「苦しいか」
「・・・・・・」
「無理に私に仕える事はない。真に忠誠を誓った主君がもういない以上、お前は自由だ。好きなように生きるといい」
あの夜、アンジェリカが己の亡き主君ユリーシアの妹であると知り、ウルスラは心に決めた。
「自由など不要です。私はアンジェリカ陛下に忠誠を誓います。この命尽きるまで、貴女を守り続けたい」
粛清が行なわれていた時、ウルスラはアンジェリカの護衛を頼まれていた。それ故に、粛清には参加しなかったのである。
いや、頼まれなくとも護衛したはずだ。
何故なら彼女は、ユリーシアにとって大切な存在。絶対に守らなければならない、忠誠を誓った主の妹。
「ユリーシア陛下が生きていたならば、必ず私に命じたはずです。アンジェリカ陛下、貴女を守れと」
「だから忠誠を誓うのか?お前も、あの男と同じように、姉様だけが生きる理由なのだな」
「御言葉ですが、ユリーシア陛下と出会ったばかりの頃とは、もう違います」
脳裏に映し出される、今日までの日々。
兵士として戦いに明け暮れ、この地に流れ着いて出会った、少女の微笑み。平和な国の中で、城のメイド長として働き、忙しく過ごした日々。自分と同じように、生きる意味を失った者たちを集め、忠誠を誓った女王の傍で共に仕えた。
穏やかで、充実した日々だった。それは決して失いたくない、彼女にとって初めての、幸福な時間。
あの時間は永遠に失われた。この先の未来に、ユリーシアという光はない。
だが今の彼女には、大切な仲間たちがいる。同じくユリーシアに救われた、闇を抱えるメイドたち。今のウルスラは一人ではない。光が失われても、仲間たちがついている。
「守りたい者たちがいます。部下たちのためにも、私は生き続けなければならない。そして、貴女は私の部下でもありました」
メイファと言う名前を与え、参謀長専属メイドになれるよう、メイド仕事を彼女に教えたのはウルスラ本人である。短い時間ではあったが、アンジェリカはウルスラの言う部下でもあった。
「陛下の妹だからという理由もありますが、貴女は大切な元部下です。私にとって部下とは家族同然の存在。家族を守りたいと思うのは当然の事です」
「私を、家族の一人と思ってくれているのか?」
「無論です。だから私は、貴女の傍に仕えたいと、心からそう願っています」
寡黙で真剣な表情しか見せないウルスラが、優しく微笑んで見せる。
その微笑みに返すように、アンジェリカも少しだけ微笑む。
「ありがとう・・・・・」
自分でも理解できないほどに、どうしようもなく嬉しくて、これ以上言葉が出て来ない。
この世に、家族と呼べる者が誰一人いなくなった、未だ子供のアンジェリカ。しかし子供であろうとも、目の前の運命から逃げ出す事は許されない。最後の家族を失った傷も癒えぬまま、少女は涙を堪えて前を向く。
そんなアンジェリカに、ウルスラの想いは温もりを感じさせた。
忘れかけていた、亡き母親の愛と似ている。ウルスラの姿が、ミリアと重なって見えた。
「ウルスラ、お前には苦労をかけると思う。未熟な私では、姉様のように国を治める事は出来ないだろう。こんな私でも、お前は仕えてくれるのか?」
「はい。私を含め、メイド一同、アンジェリカ・ヴァスティナ陛下の御傍に仕えさせて頂きます」
今後彼女は、命の全てをアンジェリカへと捧げ、どんなに苦しい時も、アンジェリカの支えとなり続けるだろう。頼もしく心強い、母親と同じく、メイドとして生きる大人の女性。
愛おしい母親の姿と重なるウルスラ。彼女が傍に居てくれると言うだけで、不安な心が和らいでいく。
「当てにしているぞ」
「はい」
「話は終わりだ。皆を待たすわけにはいかない」
彼女の言葉を受け、部屋の扉を開くウルスラ。
部屋を後にしようと、歩みを進めたアンジェリカ。しかし彼女の歩みは、部屋を出る一歩手前で止まる。
振り返った彼女は、一瞬だけ、部屋の中に今は亡き、愛しき者たちの姿を見た。
(姉様・・・・・・)
何もないこの部屋。皆に忘れ去られたこの部屋は、アンジェリカの思い出が詰まった場所。
ここは、アンジェリカとユリーシアの遊び部屋だった。キメルネス王やエアリーゼ王妃、侍従長ミリアと宰相マストールも、この部屋では二人の遊び相手。
優しさと笑いの絶えなかった部屋。
だからなのか、悲しい事や不安な事があると、昔からこの部屋に来てしまう。
(愛しています、姉様)
これは思い出が見せる幻覚。亡き愛おしい姉が、アンジェリカに微笑みかける。
「行ってきます、姉様・・・・・・」
そう言って、アンジェリカは部屋を出る。閉められた扉。もう振り返る事はない。
思い出は心の底にしまい込み、彼女は目指す。
帝国の未来を担うべく、王となるために。
何も無い部屋。窓から外を眺める、黒髪の少女がいる。
少女の名を呼んだのは、帝国メイド長のウルスラ。かつては、帝国女王ユリーシア・ヴァスティナに忠誠を誓った、一人の元女兵士である。
ウルスラは今、新たな主君にその身を捧げ、忠誠を誓っている。その主君の名は、アンジェリカ。
「時間か」
「はい。皆が陛下の御言葉を待っております」
少女アンジェリカは、その身を黒きドレスに包んでいる。ユリーシアの純白のドレスとは正反対の、漆黒のドレス。ユリーシアを光と表すならば、アンジェリカは闇の存在。
彼女が抱えた大きな闇を表す、この漆黒のドレスは、彼女自身が選んだものだ。
自分はユリーシアとは違う。彼女のようには生きられない。その想いが、このドレスを着る理由である。
「ウルスラ」
「はい」
窓から外を眺めていたアンジェリカが、ウルスラの方を向く。
「これまでよく、我が姉に忠義を尽くしてくれた。礼を言う」
「私の身には勿体無き御言葉です・・・・・」
「我が姉ユリーシアの死に責任を感じる必要はない。お前は十分忠義を尽くした」
ユリーシアを死なせてしまったという思い。責任を感じ続けているウルスラに、アンジェリカの言葉は続く。
「苦しいか」
「・・・・・・」
「無理に私に仕える事はない。真に忠誠を誓った主君がもういない以上、お前は自由だ。好きなように生きるといい」
あの夜、アンジェリカが己の亡き主君ユリーシアの妹であると知り、ウルスラは心に決めた。
「自由など不要です。私はアンジェリカ陛下に忠誠を誓います。この命尽きるまで、貴女を守り続けたい」
粛清が行なわれていた時、ウルスラはアンジェリカの護衛を頼まれていた。それ故に、粛清には参加しなかったのである。
いや、頼まれなくとも護衛したはずだ。
何故なら彼女は、ユリーシアにとって大切な存在。絶対に守らなければならない、忠誠を誓った主の妹。
「ユリーシア陛下が生きていたならば、必ず私に命じたはずです。アンジェリカ陛下、貴女を守れと」
「だから忠誠を誓うのか?お前も、あの男と同じように、姉様だけが生きる理由なのだな」
「御言葉ですが、ユリーシア陛下と出会ったばかりの頃とは、もう違います」
脳裏に映し出される、今日までの日々。
兵士として戦いに明け暮れ、この地に流れ着いて出会った、少女の微笑み。平和な国の中で、城のメイド長として働き、忙しく過ごした日々。自分と同じように、生きる意味を失った者たちを集め、忠誠を誓った女王の傍で共に仕えた。
穏やかで、充実した日々だった。それは決して失いたくない、彼女にとって初めての、幸福な時間。
あの時間は永遠に失われた。この先の未来に、ユリーシアという光はない。
だが今の彼女には、大切な仲間たちがいる。同じくユリーシアに救われた、闇を抱えるメイドたち。今のウルスラは一人ではない。光が失われても、仲間たちがついている。
「守りたい者たちがいます。部下たちのためにも、私は生き続けなければならない。そして、貴女は私の部下でもありました」
メイファと言う名前を与え、参謀長専属メイドになれるよう、メイド仕事を彼女に教えたのはウルスラ本人である。短い時間ではあったが、アンジェリカはウルスラの言う部下でもあった。
「陛下の妹だからという理由もありますが、貴女は大切な元部下です。私にとって部下とは家族同然の存在。家族を守りたいと思うのは当然の事です」
「私を、家族の一人と思ってくれているのか?」
「無論です。だから私は、貴女の傍に仕えたいと、心からそう願っています」
寡黙で真剣な表情しか見せないウルスラが、優しく微笑んで見せる。
その微笑みに返すように、アンジェリカも少しだけ微笑む。
「ありがとう・・・・・」
自分でも理解できないほどに、どうしようもなく嬉しくて、これ以上言葉が出て来ない。
この世に、家族と呼べる者が誰一人いなくなった、未だ子供のアンジェリカ。しかし子供であろうとも、目の前の運命から逃げ出す事は許されない。最後の家族を失った傷も癒えぬまま、少女は涙を堪えて前を向く。
そんなアンジェリカに、ウルスラの想いは温もりを感じさせた。
忘れかけていた、亡き母親の愛と似ている。ウルスラの姿が、ミリアと重なって見えた。
「ウルスラ、お前には苦労をかけると思う。未熟な私では、姉様のように国を治める事は出来ないだろう。こんな私でも、お前は仕えてくれるのか?」
「はい。私を含め、メイド一同、アンジェリカ・ヴァスティナ陛下の御傍に仕えさせて頂きます」
今後彼女は、命の全てをアンジェリカへと捧げ、どんなに苦しい時も、アンジェリカの支えとなり続けるだろう。頼もしく心強い、母親と同じく、メイドとして生きる大人の女性。
愛おしい母親の姿と重なるウルスラ。彼女が傍に居てくれると言うだけで、不安な心が和らいでいく。
「当てにしているぞ」
「はい」
「話は終わりだ。皆を待たすわけにはいかない」
彼女の言葉を受け、部屋の扉を開くウルスラ。
部屋を後にしようと、歩みを進めたアンジェリカ。しかし彼女の歩みは、部屋を出る一歩手前で止まる。
振り返った彼女は、一瞬だけ、部屋の中に今は亡き、愛しき者たちの姿を見た。
(姉様・・・・・・)
何もないこの部屋。皆に忘れ去られたこの部屋は、アンジェリカの思い出が詰まった場所。
ここは、アンジェリカとユリーシアの遊び部屋だった。キメルネス王やエアリーゼ王妃、侍従長ミリアと宰相マストールも、この部屋では二人の遊び相手。
優しさと笑いの絶えなかった部屋。
だからなのか、悲しい事や不安な事があると、昔からこの部屋に来てしまう。
(愛しています、姉様)
これは思い出が見せる幻覚。亡き愛おしい姉が、アンジェリカに微笑みかける。
「行ってきます、姉様・・・・・・」
そう言って、アンジェリカは部屋を出る。閉められた扉。もう振り返る事はない。
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