セブンス・ヘブンズ・オーソリティ -SEVENTH HEAVEN'S AUTHORITY-

ヴァルヴィリヤ=B=リースフェルト

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第一章 高等学院編 第二編 学院の黒い影(一年次・冬)

EP.XXVIII 影の正体を突きとめろ (問題編)

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 青は不思議な色である。海の青は、手を沈めて水をすくったとたん青でなくなる。あの色は幻だといってもいい。しかし海は極端に色を変えたとき、幻を重い現実に変える力を持つ。海の青をおそれるのは、それを愛するのと同程度に厳しいことなのだ。
 空の青も、じつは幻である。天上の青はいったん空気中の分子につかまったあと放出された青い光の散乱にすぎないから、他の色を捨てたのではなく、それらといっしょになれなかった孤独な色でもある。その色に、私たちは背伸びをしても手を届かせることができない。
 いつも遠い。当たり前のように遠い。それが空である。飛行機で空を飛んだら、それは近すぎてもう空の属性を失っている。遠く眺めて、はじめてその乱反射の幻が生きる。空の青こそが、いちばん平凡でいちばん穏やかな表情を見せながら、はじかれつづける青の粒の運動を静止したひろがりとして示すという意味において、日常に似ているのではないか。



   無限回廊書架 DDC. 895
   ――堀江 敏幸『青空の中和のあとで』- A.D. 2014



   




 僕たちは肌を刺す冬の寒さに身を震わせながら、森を駆けていた。月がかげった森は木立の輪郭さえ闇ににじんで、僕らの不安を煽るかのように黯然あんぜんとしていた。
 合流したイェスペルとマリーにこれまでの経緯を説明しながら、ホーカンが召喚したクヤタという聖獣の魔力の痕跡を魔力視で追いかけていた。

「どんな召喚獣なんだ?」

 イェスペルが僕に並走しながらそう疑問を口にする。マリーも一緒なので全力という程の速さではないし、しかも暗闇で木の根っこを避けながら走るのは慣れていないと難しい。

「ええと、本に書かれてた通りだと…目と口と鼻と耳と足が四万個ずつあって…」
「怖ぇよ!」

 イェスペルがそう叫ぶが、マリーも明らかに引いている。青い顔に見えるのはおそらく月の光のせいだけではないだろう。

「それで目や足は人間が歩いて五百年ぐらいかかるほど離れてるって…」
「悪い、コーダ。言っている意味が分からん…」
「だよね…僕も自分で言っててそう思う…」

 ヘルゲソン邸で見つけた書物にはそう書かれていたが、もはやなんの当てにもならないだろう。人間が一日に五十km歩くとして、五百年だと地球二百周を超える。それだけ距離の離れた体のパーツが四万個ずつあるというのだから、体全体の大きさは少なくとも地球何十万個という次元だ。

「とはいえ、そんな馬鹿でかい怪物が出てきたとは思えないよな。なんか黒い煙みたいなのはいっぱい居たけどよ」
「え、何それ!?」

 イェスペルがつぶいた言葉に僕は驚いた。

「詳しく教えてくれない?」
「いや、詳しくっつわれてもよぉ…俺らもよく分からねぇんだ。なぁマリっち」
「そうですね…なんとも説明しがたいと言いますか。コーダさんとリズが屋敷の方に向かってしばらくしてから、私たちが待機していた森に黒い霧が出てきたんです。霧というか、煙の塊みたいなのがいくつも浮いているという感じでしたが」
「黒い煙の塊…」

 考えてみてもそんな見た目のモンスターに心当たりはない。僕の知る黒い霧といえば闇属性スコートスを魔力視で見た時にそんな風に見えるが、塊でいくつも浮いているという感じではない。そもそも見えるのも僕の特異体質によるものであって、イェスペルやマリーには森で漂う闇属性スコートスのマナが見えるとも思えない。

「そんで、すごい嫌な感じがしたというか、触れちゃならない感じがして、俺が剣で斬りまくってたんだ」
「コーダさんのいる屋敷の方に流れていかないようにとイェスペルさんが斬り続けていたんですが、そしたら急に森じゅうの黒い煙が消え去ったんです。それからすぐにコーダさんがやってきたんです」
「なるほど…屋敷の外ではそんなことが…」

 時間的にはちょうど僕が魔法陣の術式を解除した頃だろうか。召喚魔法の起動と連動して、邸宅の外側でも何かが起こっていた可能性がある。

「もしかするとその黒い煙は、最近魔物が増えているというのと関係があるかもしれないね…」
「あ、マリっちもそんなこと言ってたな」
「ええ、そうですね。魔物から感じる嫌な雰囲気と似てましたから…」
「うーん、でもホーカンと関係があるかどうかが分からないね」

 ホーカンの目的が分からない以上、その黒い煙の発生が自然発生的なものなのか人為的なものなのかすら判別がつかない。クヤタを呼び出した理由といい、この事件の全貌を知るにはやはりホーカンを追うしかないのだろうか。

「とにかく、リズベツが先に向かっている。急いで合流するんだ!」
「おう、わかった!」
「ええ、急ぎましょう!」

 僕にだけ見える闇属性スコートスのマナが夜半よわの森に漂っていた。それは森だけでなくおぼろげつ残影ひかりさえ飲み込んでしまいそうなほどに深い深い黒色をしていた。



   ℵ



 しばらく走っていると、突如として木々のひらけた場所に出た。今にでも雪が降りそうなほど空を雲が覆っているはずなのに、何故かその場所だけは月の光が燦然さんぜんと降り注いでいた。月明かりに照らされた広場には、大きく切り出された岩が規則的に積み上げられた、遺跡が荘厳に鎮座していた。

「なんだこれは…岩山?」
「すごい大きさですね…。でも、山ではなく人工的に造られたように見えますが…」
「いや、これは…まさか…。信じられないけど…ピラミッドと言って古代のふんだね」
「墳墓ってなんだ?」
「あぁ…つまりお墓だよ。昔の国の王様や権力者が亡くなった時、死後もなお権威が続くようにとこういう大きなお墓を建てるんだ。けど…二人とも気をつけて。この国にがあるはずがないんだ」

 文化的な年代を考えればこのピラミッドは少なくとも五百年から千年、場合によっては二千年以上も昔に建造されたものだろう。ピラミッドの文明はナイルやオルメカにはあるが、ユングヴィアランドにはそんな文化はなかったはずだ。どうしてここにピラミッドがあるのか分からないが、こんなものがここにあること自体が、既に異質だった。

「コーダさん、あそこに入り口があるようです」

 マリーの指差した先に、人一人が通れそうな幅の入り口がひっそりと口を開けていた。いくらこの場所にこの遺跡があるのが不自然といっても、真相を究明するには遺跡の中に入るしかないことは明白だった。
 遺跡の入り口と反対側には装飾の施された柱が四本建っている。それが遺跡の正面だとするならば、入り口に見える場所は遺跡の裏側にあるということになる。

「何かを隠すための墓ということかな…」
「何かって?」
「いや、それはまだ分かんないけど…クヤタほどの召喚獣を呼ぶということは、なんかの神様か…あるいは…」
「あるいは?」
「…悪魔か」
「悪魔…マジか…」
「とりあえず中に入るしかないね」

 そうして僕らは三人で狭い通路に入っていった。入り口から地下へ下って行く階段になっているようだった。慎重に歩きながらマリーが思いついた疑問をふと口にした。

「コーダさん、そんな強大な召喚獣を、ホーカン氏のような召喚士シャーマンでも、ましてや魔法士マギカですらない方が、簡単に召喚出来るものなんでしょうか?」
「実は昔は有名な召喚士シャーマンだったとか?」
「いや、イェスペル、それは無いよ。そもそも別に魔法士マギカじゃなくても魔法を行使することはできるよ。魔法陣と魔導書グリモワールと…魔力さえあればね」

 魔導書グリモワールに書かれた呪文を計算式と例えるならば、それを魔法陣という計算機にかけて、魔力を使って実行して解答を得る、という具合だ。魔法士マギカが一人で魔法を発動する場合は、このような過程を全部自前で行なっているが、戦闘中なんかに複雑な計算を行うのは難しいので、予めよく使う計算式の答えは先に暗記しておくという感じだ。それが普段の魔法の練習であり、みつな計算がほどこされ簡単に一般化された式が詠唱には込められている。

「その魔力の供給源にされていたのが、コーダさんが助けた豚人族オークの子だったんですよね?」
「そうだね。ただ…」
豚人族オークってそれほど魔力の強い種族じゃなかったよな?」
「そう、それ。イェスペルの言う通り、まさに僕もそこが分からない…。彼女から魔力が吸い出されてたのはこの目で見たから間違いないんだけど、どうしてただの豚人族オークの女の子が、クヤタほどの召喚獣を呼ぶ儀式の魔力量をまかなえたのか、それが不思議でならない…」

 あれほどの聖獣を呼ぶ儀式となれば、普通は大人の魔法士マギカが二十から三十人も集まって行うほど大規模になるはずだ。試したことはないけれど、たとえ僕の魔力量といえども、一人でできるかどうかは怪しい。豚人族オークの魔力量は普通の人間族マニファの五分の一にも満たない。ただそのせいで魔力の少ない豚人族オーク牛人族ミノタウロスは種族的に下位に見られている。
 その豚人族オークの彼女が常人の魔力量を遥かに超える魔法をどのようにして行使できたのか、それとも彼女がそれだけの魔力量をもともと備えていたのか。あるいは…。

「つまり、巻き込まれ体質のコーダがまた厄介ごとを抱えたというわけだな」
「おいっ! 縁起でもないこと言うなよ!」

 彼女がクヤタのことを指して「あの子」と言ったのも気になる。疑問点は残るが、今ここで考えたところでらちかない。

 階段を降りて行くと、その先に少し広い石室が見えてきた。その石室をのぞこうとしたところで――

「静かに」

 ――突然目の前にリズベツが現れた。驚きで声を上げそうになったが、僕はとっに口を押さえた。

「リズ、今のわざとだろ…」
「なんのことだか」

 くっ…! 人を驚かそうとしておいて、あくまで素知らぬふりをするというのか。

「よかった、リズっち無事だったんだな」
「リズ、怪我とかない? 必要なら私が治療するよ」
「うん、大丈夫。二人ともありがとう」

 リズベツのことを気遣っているが、イェスペルとマリーこそ疲労の色が濃く見える。黒い霧との戦闘をしていて、ここまでずっと緊張が絶えなかったのだろう。リズベツの無事を確認できたことで二人は心底あんしたようだが、まだ本番はここからだ。

「二人とも、大丈夫?」
「あぁ、任せろ」
「ええ、ここからが正念場ですね」

 イェスペルとマリーの力強い返事を聞いて僕は安心する。頼れる仲間がいることがこんなにも心強いと思わなかった。

「リズ、それで状況は?」

 そう、マリーの言うようにここからが正念場だ。僕はリズベツに今の状況を確認する。

「ホーカンが牛みたいな獣を使えきして、遺跡の奥に向かってる。この遺跡にまつられている何かを壊そうとしてる」
「何かって?」
「分からないけど、この遺跡自体が別の国のものを呼び寄せたものらしい」
「なんだって!? 遺跡自体を呼び寄せたなんて…まさか、あの召喚術式で召喚されたのはクヤタじゃなくて、の方だったのか!?」
「クヤタ?」
「あぁ、リズが見た牛の獣の名前だ。ホーカンの邸宅で見つけた魔導書グリモワールに載っていた」
「どんな獣?」
「え、だから牛みたいな…」
「違う。何をする獣?」
「何をする…って、そうか獣の役割か!」

 そう言えばクヤタの役割や能力について考えていなかった。なぜクヤタが召喚されたのか、その答えになるはずだ。いや、そもそもヘルゲソン邸で見た魔法陣で召喚されたのが遺跡の方だったとするなら、クヤタはいつ召喚されたのだろう。いや、それを言うなら――

「おちついて」
「あ…あぁ、ありがとう、リズ」

 そうだ、落ち着いて考えよう。パズルのピースはほとんど揃った。あとはこれを組み立てていけばいい。足りないピースといえば、ここが何をまつった遺跡なのかということぐらいだ。ホーカンの目的が推察できれば、ある程度遺跡のことも予想できるかもしれないが、一応調べる必要はあるだろう。

「リズ、ここが何をまつった遺跡なのか、さぐってくれないか?」
「わかった」

 リズベツが音もなく駆けていく。このピラミッドの最深部を、彼らに見つからないで、彼らより先回りして、きっと手がかりを掴んでくれるだろう。

「イェスペル、君は彼らを尾行して、彼らが遺跡を破壊しようとしたら食い止めてくれ」
ヤーJa。任せてくれ」
「時間を稼ぐだけでいい。相手は聖獣クヤタだ。無理するなよ」
「分かってるって」

 そう言ってイェスペルもホーカンのいる方に向かった。イェスペルならうまくホーカンたちの気を引いてリズベツの侵入を援護してくれるだろう。

「マリーは僕の周りを見張っててくれ」
「ええ、分かりました。コーダさんを守る役目を頂けて嬉しいです」
「あぁ、頼む。僕はその間にホーカンの目的を暴き出す」

 そうだ、僕は一人じゃないんだ。頼れるところはみんなに頼って、僕は僕のできる最大限を尽くそう。

 考えなければいけないことは沢山ある。

 クヤタはいつ召喚されたのか。
 なぜクヤタが召喚されたのか。
 この遺跡が何の遺跡なのか。
 なぜ遺跡ごと召喚されたのか。
 地下牢の少女の異常な魔力量の正体。
 あるいはその素性。
 なぜ病気のように苦しんでいて、
 しかも傷だらけだったのか。
 それから、邸宅の周りに出現した謎の黒い煙。

 一体ホーカンは何を企んでいるのか。
 あるいは、一体ホーカンは何に操られているのか。
 
 彼らが遺跡の破壊を始める前に、奴の企みも黒幕も全て僕が暴いてやろう。
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