セブンス・ヘブンズ・オーソリティ -SEVENTH HEAVEN'S AUTHORITY-

ヴァルヴィリヤ=B=リースフェルト

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プロローグ ワルプルギスの夜に

EP.IV 静止世界、能力覚醒

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 【実験結果報告書 No.10.1086/148307】
 新型こうかん電磁ラッパホーンリフレクタアンテナ実効じっこうてんちょうノイズ温度の測定値は、予測より約 3.5 Kケルビン 高い値を示した。この超過温度は我々の観察した限りにいて、等方性とうほうせいであり、へんきょくであり、季節変動をともなわない。観測された超過ノイズ温度について我々は充分な検証をほどこした。
 まず、大気吸収によるアンテナ温度への影響は、アンテナ温度の変動をぎょうかくで記録し、割線法セカントほうを用いて求めた所、2.3 ± 0.3 K という信頼性の高い結果が得られた。また、抵抗オーム損失ロスを計算すると 0.8 ± 0.4 K となる。地上放射へのバックローブ応答レスポンスは 0.1 K 未満と設定して問題ない。
 これらの結果より、残りの未確認アンテナ温度を計算すると 4080 Mc/s の時、3.5 ± 1.0 K となる。って、これらの周波数に於ける絶対温度の上昇限界を推測することが可能である。
 また、直近で計測された空の絶対温度について最高周波数は 404 Mc/s であり、最低温度は 16 K であった。この値を我々の結果と照らし合わせると、この周波数範囲にわた背景放射はいけいほうしゃの平均スペクトルはλラムダほど急峻きゅうしゅんではなかった。これは観測された放射線が、既知きちいずれの種類の放射源にもいんしないことを明確に示している。
 したがって 考えうる限りのノイズをはいしても測定値が上昇する原因として、等方性を持つ非偏極の未知のスペクトルが常に照射されていると断言できる。



   無限回廊書架 DDC. 523
   ――『4080 Mc/s に於けるアンテナ温度超過の測定』についての報告書 ペンジアス, A. A. & ウィルソン, R. W. - A.D. 1965 (宇宙物理学ジャーナル第142号掲載)







 突然の状況に、いまだ思考が追いつかずぜんとしていると、白いドレスの少女が口をひらいた。

「ボクの名前はフーギャ。ボクらはワタリガラスの精霊。時を渡り、次元を渡る、神様の使わしめなの」

 その言葉を引き継ぐように、今度は黒いドレスの少女が語りだす。

此方こなたの名はムーニャ。われ其方そなたを導いて、世界を救うために、この世界の裏側からやってきたのじゃ」

「い、いったい何がおこって…」

 時間が停止して色を失った白黒モノクロの空間の中で、彼女たちの金糸のような髪が、魔力を帯びているのか星のささやきのようにきらめいていた。それぞれ白と黒のシフォンドレスを纏った双子の少女は、まるでこのような鄙びた山村には到底似つかわしくない、貴族のお姫様のようだった。
 こめかみの少し上あたりでまとめられた髪がツインテールのようにも見えるが、時折ときおりはばいているそれは髪ではなく翼なのかもしれない。僕を射抜く二対の双眸そうぼうの眼力はすさまじく、下手に動けば今にもその喉元をくびり殺されるかもしれないという錯覚さえ覚え、威圧感に気圧けおされて、僕の体は硬直し、喉はカラカラに乾いていく。

「ボクらは違う世界の存在だから、この世界の生命体には本来知覚できないはずだったんだけど、なぜだかキミには感知できるようだね。だから、こうして干渉することにしたの」
「こうしてアセンションできている以上、其方そなたの方もこの世界に干渉しうるということじゃ。ならば此方こなたとしても都合が良いと、其方そなたには神様の実験に付き合ってもらうことにしたのじゃ」
「……え、アセン…? ちょ、ちょっと待って! 実験って一体僕に何をするつもりなの? しかも神様!? いや、それより違う世界の存在って…」

 彼女たちの言っている言葉に理解が追いついていない。かといって嘘を言っている風でもない。

 この世界に神様がいて、その使いが僕に接触してきたらしい。なるほど、そこまでは分かる。なぜ僕なのだろうか。彼女たちは、僕が彼女たちを視ることができるから、と言った。思い当たることで言えば、魔力の流れを目で視ることができる僕の能力と何らかの関係があるのだろう。だったら、彼女たちは魔力の塊なのだろうか。精霊とも言っていたし、肉体はなく、ほとんど魔力だけで身体が構成されているんだろうか。なるほど、そこも何となく分かる。だからそういった普段は視えない世界を裏の世界と言ったんだろうか。いや、そもそもアセン…なんとか、って言ってたのはどういう意味だろう。しかも実験をすると言っていた。それは僕が実験台にされるのだろうか。僕が何かの実験を手伝うのだろうか。最初に言っていた世界を始めるという意味もよく分からな――

「おーいっ!聞いているのか!」
「うわっ!」

 気付けばこの世のものではないほど整った顔立ちの、そこにはめ込まれた宝石のような瞳が目の前にあって、僕は思わずのけぞった。

「まったく…、此方こなたらの魔力を前にしても意識を保っているとは大したものかと思ったが、よもや思考にふけって此方こなたらの存在さえ忘れてしまうとは何たる狼藉ろうぜきか…」
「まぁまぁ、ムーたん。それだけ彼の生命オドの力が強いんじゃない? いいじゃない。おあつらえむきのうってつけだよ!」
「フー、それ意味かぶっとるからの。あとムーたんって言うな」

 他愛なく話している見た目は双子の少女だが――だからこそ異質であった。こんな子供のような彼女たちが、あり得ないほど膨大ぼうだいな魔力を持っていて、時間と空間さえ止めてしまう存在であるとは、にわかに信じがたいことだった。

「君たちはいったい…」
「ん? 言ったであろう。此方こなたらはワタリガラスの精霊であり、ここの世界とは別の次元、別の世界からやって来たのじゃ。そして、その目的も先程言ったのじゃが……其方そなたの世界を始めよう、と。簡単に言えば今回、其方はこの世界の主人公に選ばれたのじゃ」
「つまり、キミはこの世界の主人公となって、この世界を救う運命を背負うことになるの。そしてこれはもう決定事項なの。そしてボクらはその物語を観測し、観察する監督者なの」

 ……世界を救う、運命?

 そんな簡単に、唐突に、理不尽に、世界の命運なんて代物しろものを委ねられても、一体全体僕がなぜそんなことに巻き込まれなくちゃならないのだろうか。
 この世界に生を授かってから高々数年の歳月。世界からすれば瞬きの如き時間しか生きていない、こんなちっぽけな僕に何を背負わせようというのか。

「……世界を救う、ってどういうこと? この世界に何か起きるの?」
「そうおびえるでないのじゃ。其方に損などあるまいて。むしろ喜んでもらいたいぐらいなのじゃ」
「そうだね、まずはキミにこの世界の真実を少しだけ教えてあげる。今から、僕の持つ観測者の権限ロールの一部と――」

 じゅんぱくのシフォンドレスをまとった幼女がしょうしゃほほむ。そこには敵意も憐愍れんみんもありはしなかった。ただ、養鶏場の鶏に餌を与えるかのように、淡々と彼女自身の役割をこなしているだけだった。

此方こなたの持つ資源リソースの一部を共有する」

 漆黒しっこくのシフォンドレスをまとった幼女が妖艶ようえんほほむ。そこには悪意も善意もありはしなかった。ただ、カゴの中の虫を眺めるかのように、純粋に好奇の目に満ちていた。

 二人が両手を繋いで向かい合い、何かの呪文を唱え始めた。

なんじアグナーHeill skaltu, Agnarr, そのこうせきにalls þik heilan biðr
 ベラツールよりVeratýr ことのはつむぐvera;
 たったひとつの Eins drykkjar さかずきよりもþú skalt aldrigi
 やんごとなかる Betri gjöld こころはぐくむgeta.

 声の音が波となって僕の耳から脳へと伝わると、脳の普段使われずに眠っている部分を強制的に目覚めさせたかのような閃光に視界を塞がれた。鈴のように透き通る二人の声が経糸たていと緯糸よこいとのようにり重なって、あたかも異界のタペストリーがつむがれるがごとく、未知の知識と感覚が僕の中で形成されていく。

「……ぐっ、これは」

 コーダは脳を金槌かなづちで揺るがされたかのようにふらつき、網膜は焼かれたかのように光を受け止めきれず、思わず目を押さえてうずくまってしまう。

「さぁ、少年。もう一度その目で世界を見てみるがいい」

 二人の声に従って、僕はゆっくりと立ち上がって目を開けて、僕がいた世界を見た。



 ――止まっていた時間と空間は動き出していて、僕はゆらめく祭りの炎を眺めていた。けれどもその炎はさっきまで僕が見ていたものとは比べようもないぐらい、禍々まがまがしく邪悪に染まっていた。あの炎の元はそれぞれの家の外壁を飾り付けていた木の枝である。
 このお祭りは、家の周りに漂う悪い気を森から集めてきた草木に吸い取らせて、それを焼き払うことで家の浄化を行い家庭の無病息災を願う、言わば悪いマナの大掃除なのであった。
 村全体から集められた、瘴気を帯びた枝を燃やしているのだから、その炎の禍々しさも当然だった。けれども……お祭りが始まったときに見た炎は、ヨァトゥロンクラウドベリーにように綺麗なオレンジ色をしていたはずだった。

「ただいま、コーダ」

 ちょうどみそぎの卵を取りに行っていた父さんが戻ってきたところだった。父さんが手のひらに大事そうに乗せている卵は淡く黄金に輝いていて、そのやわらかな光は中天へと伸びていた。全ての卵から集まった光は夜空に浮かぶ太陽のような光の球を形づくったあと、巨大な柱となってかがりに降り注いだ。ひとしきり光が収まると、いつしか炎にたかっていた邪念の色は消え去り、元の煌々としたヨァトゥロンクラウドベリーのようなオレンジ色の炎に戻っていた。
 聖なる光に散らされて、瘴気を帯びた紫紺色の火の粉は、まるで空に吸い込まれていくかのように、天高く昇っていて、その舞い上がる先の虚空へ目を見やると、夜空が一瞬濃くなったような気がした。月がかげったのだろうかと思った。

「………」

 ――それは影だった。

 うっすらとしか見えないけれど、とてつもなく巨大な何かの影が夜空を泳いでいた。その影が、何千何万という火の粉をやすやすとひと飲みにして、悠々と泳ぎ去っていったのだった。

「コーダ?」
「………え? あ…なぁに、パパ?」

 僕は、この儀式のこの世のものとは思えない壮絶な光景に見とれて、呆然としてしまっていた。

「どうかしたのか? 空なんて眺めて」
「……さっきの光、とっても綺麗だった。それに今のも…」
「光……? そんなのどこにも……、あ、まさか……。ねぇあなた、コーダの言っている光って――」
「いや、みなまで言わなくていい、クラーラ。それに、おそらく君の考えている以上のことがコーダの身に起きている」

 けれども、父さんや母さんには――それどころか村の人達の誰にも――卵の光も、邪悪な炎も、あの巨大な魚影さえも、えてはいないようだった。

 ――そんな風に、僕にえる世界は一変してしまっていた。

「コーダ、ちょっとついてきなさい。お前に会わせたい人がいるんだ」
「う、うん…わかった」

 いつもより若干険しい表情の父さんが、僕の顔を正面に見据えてそう言った。あまり見ない(と言っては失礼だが)真剣な表情に、一体これから僕はどうなるのだろうかと少し緊張していた。



   ℵ



 祭りのうたげもまだ冷めやらぬ中で、父さんに連れられてやってきたのは、かがりの広場からすぐのところにある、僕の家よりも少し大きくて立派なたたずまいの一軒の家だった。

「じいさん、いるか!?」
 気付けば父さんは勝手に玄関を開けて中に呼びかけていた。しばらくして、杖をついた白髪のおじいさんが、いかめしい顔つきで部屋から出てきた。

……っていうか、あれ村長じゃん…。ここ、村長の家だったのか…。

「なんじゃ騒々しい! 今は休んどるものもいるというのに静かにせんか!」
「そういうじいさんの方が声がでかいんじゃ…」
「じゃあかしぃわぃっ! …あぁ、レイフの小僧か。こんな祭りの忙しい日にレイフの小僧が小僧を連れてきて、一体何の要件じゃと――」
「――この子には、エーテルの加護がある」

 と、その言葉を聞いた途端、村長の顔色がさらにげんなものになっていく。村長は驚きを隠せず僅かに目を見開いたその顔で父さんを見て、父さんもただ一度無言でうなずいただけだった。その無言のやり取りでどんな意味があったのかはわからなかったが、村長は声のトーンを落として――

「――中に入れ。わしの部屋で話そう」

 ただひとこと、そう言ったのだった。
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