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第一章 高等学院編 第一編 魔法化学の夜明け(一年次・秋)
EP.VII ユングヴィア高等学院
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『開拓者としての職業選択時及び就任時の注意点について』
1. 開拓者の職業は主に四系統に分類されている。
・戦士
・弓士
・魔法士
・隠密士
2. それぞれの職業系統はさらに四種類の職種に細分され、計十六種類の職種から選択することとなる。
3. 各職種には、基本職、上級職A、上級職B、最上級職という職位が設定されている。(一部職業には例外あり)
4. 基本職から上級職へ陞進する場合は、上級職A か上級職B のいずれかを選択する。
5. いずれの上級職に就いた場合でも陞進する最上級職は同一のものとなる。
6. 開拓者の職業分類は、四系統 ― 十六職種 ― 六十三職位 という構成である。
7. 各職位に就任するには規程の講義の受講、並びに適性試験に合格する必要がある。
8. 複数の職種の規程を通過した場合は、それらの職種を兼任してもよい。
9. 各職位に設定されている戦法・技能などは、先人の培ってきた知識と経験により洗練された兵法であるので、充分に尊重し、鋭意鍛錬し、悉く『昇華』せよ。
無限回廊書架 DDC. 910
――職業分類法 まえがき『開拓者の手引き 第十五版』H.E. 11100
「これがあの名門と呼ばれている学院か。ふん、大したことないな」
H.E.11108、 奉納月の朔日、この日はユングヴィア高等学院の第八百八回目の入学式である。毎年多くの開拓者を輩出するこの学院は、それだけの伝統と地位を兼ね備えた名門中の名門校であった。
オークスベルガの村を出て馬車に揺られること一週間、バルト海に面した王都スタツホルメンに隣接するこの学院には、国中から精鋭が集まってくる。全校生徒はおよそ三百人。その人数に対して敷地面積は七千エーカー近くあり、各職業に特化した専用の設備が非常に充実していることで知られている。
バルト海を囲んで多くの国が勢力の鬩ぎ合いを繰り返しており、国力で劣らないためにも各国が躍起になって鎬を削る政策の一つが開拓者の育成である。
まだ人の立ち入りを許していない手付かずの自然や、過酷な地域というのは非常に多い。そういった場所で遺跡や資源、古代の技術などを発見できれば、それが国力に繋がる。
そのための開拓者育成機関として創立八百年以上の歴史を誇るこの――
「だぁー! もう分かったから! もう学院の説明はいいよ!」
学院の門をくぐり抜けたところで、一人で偉そうにしている新入生がいた。あまりこの学院について知らないのだろうと思い、親切心で事細かく学院の歴史を説明してあげた。
「いや、これからが盛り上がるところで…」
「まだここから展開とかあるの!?」
「君が大したことないとか言うから学院の歴史と沿革を説明してあげたんじゃないか。心外だね」
「悪かったよ! ちょっと呟いてみたかっただけじゃんか! なんであんたがそこまで学院を擁護してんだよ」
「まぁまぁ、落ち着いて」
「誰のせいだよ! ったく、もっとクールなキャラで通すつもりだったのに…」
「それは諦めなよ」
辛辣に放った僕の言葉に目の前で地団駄を踏んでいるのは、入学して同じクラスになったイェスペル・ダヴィッドソンだ。どこで買ってきたのかわからないような黒のロングコートをはためかせた金髪の快活な少年だ。腰にはよくお土産屋さんで売っているような龍の模様があしらわれた模造刀、のキーホルダーがぶらさがっている。
身長は僕よりも少し高いぐらいで均整の取れた体つきをしており、体力と根性はありそうな印象を受ける。なかなか話していて楽しいやつだ。
「だいたい『オークスベルガから馬車で一週間』とか俺に関係ないよね!? 俺ヴィンメルビィ出身だし全然逆じゃん!」
「いや、そんな情報別に訊いてないし」
「俺だってそうだよ!」
いい加減、登校する生徒の行き交う正門前で騒いでいるのも潮時だった。この学院の空気は穏やかで、登校する生徒の顔は笑顔に、希望に満ちていた。
「お前のせいで笑われてるだけだよ! 美化してんじゃないよ!」
「他人のモノローグに突っ込むのはやめてくれないか」
「声に出てんだよ!」
おっと、それはいけない。昔からなかなか抜けない癖だ。
「ほら、油売ってないで早く行こうぜ」
「てめっ! いや、突っ込まないぞ、突っ込まないぞ…」
「もう突っ込んでんじゃん」
「うるせー!」
「ほら、また」
「くっ…」
学院近くに建てられている寮からの登校時間だけでもこんなに騒がしいとは、本当朝からテンションの高いやつだ。イェスペルのお陰でこれからの学院生活は退屈しなくて済みそうだ。
これから講堂で入学式が行われる。バルト海からの潮風を肌に感じながら、喧騒を後にした僕は講堂へと向かった。
「いや、だから置いていくなって!」
ℵ
この学院はクラスごとに寮が分けられるものの、授業は個人単位で好きに履修科目を選ぶことができる。職業に特化したクラスや寮にしてしまわないのは、開拓者として他の職業と連携するために、ある程度他の職業についても知識や人脈などを持っておく必要があるからだ。
つい昨日からルームメイトになったイェスペルなんかは、戦士職の騎士を目指しているそうだ。3ヶ月前に行われた入科試験は職業ごとに分かれて行われ、その後クラス分けに従って寮が決められる。彼と会ったのは昨日の夜がはじめてだ。変なやつではあるが、戦士科課程の入科試験に通っているということは、戦士職においてはそれなりに素質があるということだろう。
「コーダさん!」
講堂での入学式が終わってから、イェスペルと二人で教室に入るなり、入口近くの席に座っていた女生徒に名前を呼ばれた。
どこかで見たような…、なんて考えていると、
「あら、まさかお忘れですか?」
ひしひしと圧力の強い笑顔を放ってくる。肩口に流れる長い黒髪を見て、最近思い出すことのなかった記憶を引っ張り出した。
「い、いや、覚えてるよ、マリー」
「お久しぶりです」
「久しぶりだね、三年来かな?」
「そうですね、貴方が出発の日に私を置いていくものですから、そうなりますね」
「え、なになに? 君たちただならぬ関係ってやつ?」
話がややこしくなりそうだからイェスペルはどうか末永く黙っていて欲しい。急に目がらんらんと輝き出した彼をひっぱたいてやりたいが、マリーを放置したことについては確かに僕が悪い。
村長に、三年後に学院に通うように言われた際、マリーも入学を志願した。マリーの使う祈祷の儀式魔法は長年口伝のみで受け継がれてきたものであり、魔法として本当に効率がいいのかどうか疑わしく、あるいは受け継がれるうちに改変されてしまった部分すらあるはずで、後世に残す儀式をできるだけ性能の良いものにしたいという目的があるそうだ。
出発の日、マリーは僕が来るのを待っていたそうだ。けれども訓練に打ち込んでいた三年間、マリーのことを一切思い出さなかったばかりか、出発の日にマリーに合流することもすっかり忘れていたのだ。待ちぼうけしていたマリーに、僕が既に出立した後だという知らせが入って、慌ててあとを追いかけたらしい。
「わ、悪かったよ…。ほんとそんなつもりじゃなかったんだ」
「まぁ、別にそれほど怒っておりませんよ。一緒に班を組んでくださるなら許してあげます」
「パーティ? そんなことで済ませてもらえるなら安いもんだ」
授業では”開拓指南”という科目がある。これは授業で出された課題を班行動で達成するという、開拓者が普段ギルドから依頼を受けて取り組んでいる仕事の入門編に当たる。その授業は自分の専攻に関係なく全員の必履修科目となっている。
「お、俺も一緒でいい?」
ルームメイトがここでも出しゃばってくる。などとぞんざいな扱いをしてしまうが、これで結構まんざらでもないのだ。それに、イェスペルが戦士見習いで僕が魔法士見習いというのも相性としてはいい。
「ええ、いいですよ。そうねぇ…、バランス的に私の方のルームメイトも一緒でもいいかしら?」
「お、いいんじゃないか?」
「なんでイェスペルが勝手に話を進めているんだ…。その子の専攻は?」
「隠密士のリズベツ。はじめまして」
「おわっ! いつのまに後ろに!」
音もなくイェスペルの背後に突然現れたのは、前髪で目が隠れ気味な、少し小柄な茶髪の少女だった。首に巻いたワインレッドのスカーフで口元も隠している。前触れのない登場にさすがにイェスペルも驚きのあまり飛び上がっていた。
なるほど、確かに彼女の所作には無駄がなく、流れるような動きをしている。気配の隠し方だけでも隠密士の素質は高さが見て取れるほどだった。
「どう? 彼女が私のルームメイト、リズベツ・フェーバリさんよ。彼女は隠密士の入科試験を首席で合格したらしいわ」
「余裕。ブイ」
そう言って茶目っ気たっぷりにVサインを向けるリズベツ。その隣でようやく復活したイェスペルが苦しげにつぶやく。
「わかったから今度からいきなり背後に立つのはやめてくれよな…。ほんと心臓に悪いから…」
「善処する」
ほんと、会う人会う人に個性を引き出してもらって、こいつは天性のいじられキャラじゃなかろうか。
「ふふっ、これでこの班には、魔法士と隠密士のトップルーキーが揃ったわけね」
「え? ロースマリーさんって首席だったの!?」
「いえ、私ではなくて」
と、マリーが僕の方を向いてウィンクをしてくる。なるほど、この班結成の発案もそういう魂胆だったわけか。
パーティ構成でいうと、戦士 x 1、魔法士 x 2、隠密士 x 1 という構成だ。バランス的には悪くない。パーティによる実績が今後の授業の成績にも影響する。よいパーティを組むことは学院に入学してすぐに考えなければならないことなのだ。
「確かに、いいバランスのパーティだよね。ミドルレンジ型だけど、これなら長距離もカバーできそうだ」
「いえ、私が言いたかったのはそういうことではないのですが…はぁ…。まぁいいです」
マリーが頭を抑えながら懊悩としてため息をついた。
「ちょ、ちょっとまってくれコーダ。お前が魔法士の首席なのか?」
「ん? 入科試験のこと? まぁそうらしいけど、そんなことに大した意味はないよ」
「コーダの言うとおり。強くても死ぬときは死ぬ」
「リズっちまで…。お前ら一体どんな環境で育ってきたんだよ…」
「別に普通だよ。お前もちゃんと『開拓者の手引き』読んどけよ。入学前にもらっただろ」
入科試験の日、無事に合格したあと入学手続きの際にこれからの講義で使う教科書をもらった。僕は入学式までの期間で全部一通り目を通していたので、書いてある内容はある程度覚えている。
その中でも『開拓者の手引き』については、すべての開拓者を目指す者にとっての基本的な指南書になっている。心構えやクエスト時の注意事項、パーティ論や狩り効率など、先人の知恵がそこに集積している。そんなものを目の前にして、心が踊らないはずがなかった。
「いやー、俺っちどうも勉強苦手でさぁ…」
だのにイェスペルときたらせっかくこの学院に来たってのに、なんとも情けないことを言うものだ。
「自分には到底敵わない、自分よりも強大な力というものが、世界には必ず存在している」
「おぉ、コーダ…どうした急に…顔が怖いぞ…」
「剣技や筋力を鍛えるのは一向に構わないが、先人の知恵を軽視すると同じ轍を踏むぞ」
「だから、ほんとにお前は一体どんな育ち方してきたんだよ…」
「小さい頃から色々な本を読んでいたんだ。僕はその中で実際には経験してなくとも、知識としてたくさんの事を学んだんだ」
「まぁ、それでも俺はあまり心配してないよ。お前なら背中を預けられると思ってるからな。へへ」
「ふむ。肉の壁か。悪くないね」
「ちょっと!? 盾にする気マンマンですよねぇ!?」
「ふふっ、二人とも仲良さそうですね」
「「どこがだよっ!」」
マリーが変なことを言うものだから思わず突っ込んでしまったら、あろうことかイェスペルとセリフが被ってしまうという失態。これはショックのあまり夜も七時間ぐらい寝込んでしまいそうだ。
「それ普通に寝てるだけだから!」
「またそうやって人のモノローグに――」
「だから聞こえてんだって! むしろわざと口に出してないか…」
「ほんとに仲のいいですこと」
「ほんとネー」
ついにはリズベツまで同調し始めた。これはいよいよ勝手にペア認定されそうだ。気を付けなければ。
「はい、おはよう。はい、みなさん席についてください」
クラス担任らしき先生が入ってきてひとまずその場は逃れることができたのだった。
1. 開拓者の職業は主に四系統に分類されている。
・戦士
・弓士
・魔法士
・隠密士
2. それぞれの職業系統はさらに四種類の職種に細分され、計十六種類の職種から選択することとなる。
3. 各職種には、基本職、上級職A、上級職B、最上級職という職位が設定されている。(一部職業には例外あり)
4. 基本職から上級職へ陞進する場合は、上級職A か上級職B のいずれかを選択する。
5. いずれの上級職に就いた場合でも陞進する最上級職は同一のものとなる。
6. 開拓者の職業分類は、四系統 ― 十六職種 ― 六十三職位 という構成である。
7. 各職位に就任するには規程の講義の受講、並びに適性試験に合格する必要がある。
8. 複数の職種の規程を通過した場合は、それらの職種を兼任してもよい。
9. 各職位に設定されている戦法・技能などは、先人の培ってきた知識と経験により洗練された兵法であるので、充分に尊重し、鋭意鍛錬し、悉く『昇華』せよ。
無限回廊書架 DDC. 910
――職業分類法 まえがき『開拓者の手引き 第十五版』H.E. 11100
「これがあの名門と呼ばれている学院か。ふん、大したことないな」
H.E.11108、 奉納月の朔日、この日はユングヴィア高等学院の第八百八回目の入学式である。毎年多くの開拓者を輩出するこの学院は、それだけの伝統と地位を兼ね備えた名門中の名門校であった。
オークスベルガの村を出て馬車に揺られること一週間、バルト海に面した王都スタツホルメンに隣接するこの学院には、国中から精鋭が集まってくる。全校生徒はおよそ三百人。その人数に対して敷地面積は七千エーカー近くあり、各職業に特化した専用の設備が非常に充実していることで知られている。
バルト海を囲んで多くの国が勢力の鬩ぎ合いを繰り返しており、国力で劣らないためにも各国が躍起になって鎬を削る政策の一つが開拓者の育成である。
まだ人の立ち入りを許していない手付かずの自然や、過酷な地域というのは非常に多い。そういった場所で遺跡や資源、古代の技術などを発見できれば、それが国力に繋がる。
そのための開拓者育成機関として創立八百年以上の歴史を誇るこの――
「だぁー! もう分かったから! もう学院の説明はいいよ!」
学院の門をくぐり抜けたところで、一人で偉そうにしている新入生がいた。あまりこの学院について知らないのだろうと思い、親切心で事細かく学院の歴史を説明してあげた。
「いや、これからが盛り上がるところで…」
「まだここから展開とかあるの!?」
「君が大したことないとか言うから学院の歴史と沿革を説明してあげたんじゃないか。心外だね」
「悪かったよ! ちょっと呟いてみたかっただけじゃんか! なんであんたがそこまで学院を擁護してんだよ」
「まぁまぁ、落ち着いて」
「誰のせいだよ! ったく、もっとクールなキャラで通すつもりだったのに…」
「それは諦めなよ」
辛辣に放った僕の言葉に目の前で地団駄を踏んでいるのは、入学して同じクラスになったイェスペル・ダヴィッドソンだ。どこで買ってきたのかわからないような黒のロングコートをはためかせた金髪の快活な少年だ。腰にはよくお土産屋さんで売っているような龍の模様があしらわれた模造刀、のキーホルダーがぶらさがっている。
身長は僕よりも少し高いぐらいで均整の取れた体つきをしており、体力と根性はありそうな印象を受ける。なかなか話していて楽しいやつだ。
「だいたい『オークスベルガから馬車で一週間』とか俺に関係ないよね!? 俺ヴィンメルビィ出身だし全然逆じゃん!」
「いや、そんな情報別に訊いてないし」
「俺だってそうだよ!」
いい加減、登校する生徒の行き交う正門前で騒いでいるのも潮時だった。この学院の空気は穏やかで、登校する生徒の顔は笑顔に、希望に満ちていた。
「お前のせいで笑われてるだけだよ! 美化してんじゃないよ!」
「他人のモノローグに突っ込むのはやめてくれないか」
「声に出てんだよ!」
おっと、それはいけない。昔からなかなか抜けない癖だ。
「ほら、油売ってないで早く行こうぜ」
「てめっ! いや、突っ込まないぞ、突っ込まないぞ…」
「もう突っ込んでんじゃん」
「うるせー!」
「ほら、また」
「くっ…」
学院近くに建てられている寮からの登校時間だけでもこんなに騒がしいとは、本当朝からテンションの高いやつだ。イェスペルのお陰でこれからの学院生活は退屈しなくて済みそうだ。
これから講堂で入学式が行われる。バルト海からの潮風を肌に感じながら、喧騒を後にした僕は講堂へと向かった。
「いや、だから置いていくなって!」
ℵ
この学院はクラスごとに寮が分けられるものの、授業は個人単位で好きに履修科目を選ぶことができる。職業に特化したクラスや寮にしてしまわないのは、開拓者として他の職業と連携するために、ある程度他の職業についても知識や人脈などを持っておく必要があるからだ。
つい昨日からルームメイトになったイェスペルなんかは、戦士職の騎士を目指しているそうだ。3ヶ月前に行われた入科試験は職業ごとに分かれて行われ、その後クラス分けに従って寮が決められる。彼と会ったのは昨日の夜がはじめてだ。変なやつではあるが、戦士科課程の入科試験に通っているということは、戦士職においてはそれなりに素質があるということだろう。
「コーダさん!」
講堂での入学式が終わってから、イェスペルと二人で教室に入るなり、入口近くの席に座っていた女生徒に名前を呼ばれた。
どこかで見たような…、なんて考えていると、
「あら、まさかお忘れですか?」
ひしひしと圧力の強い笑顔を放ってくる。肩口に流れる長い黒髪を見て、最近思い出すことのなかった記憶を引っ張り出した。
「い、いや、覚えてるよ、マリー」
「お久しぶりです」
「久しぶりだね、三年来かな?」
「そうですね、貴方が出発の日に私を置いていくものですから、そうなりますね」
「え、なになに? 君たちただならぬ関係ってやつ?」
話がややこしくなりそうだからイェスペルはどうか末永く黙っていて欲しい。急に目がらんらんと輝き出した彼をひっぱたいてやりたいが、マリーを放置したことについては確かに僕が悪い。
村長に、三年後に学院に通うように言われた際、マリーも入学を志願した。マリーの使う祈祷の儀式魔法は長年口伝のみで受け継がれてきたものであり、魔法として本当に効率がいいのかどうか疑わしく、あるいは受け継がれるうちに改変されてしまった部分すらあるはずで、後世に残す儀式をできるだけ性能の良いものにしたいという目的があるそうだ。
出発の日、マリーは僕が来るのを待っていたそうだ。けれども訓練に打ち込んでいた三年間、マリーのことを一切思い出さなかったばかりか、出発の日にマリーに合流することもすっかり忘れていたのだ。待ちぼうけしていたマリーに、僕が既に出立した後だという知らせが入って、慌ててあとを追いかけたらしい。
「わ、悪かったよ…。ほんとそんなつもりじゃなかったんだ」
「まぁ、別にそれほど怒っておりませんよ。一緒に班を組んでくださるなら許してあげます」
「パーティ? そんなことで済ませてもらえるなら安いもんだ」
授業では”開拓指南”という科目がある。これは授業で出された課題を班行動で達成するという、開拓者が普段ギルドから依頼を受けて取り組んでいる仕事の入門編に当たる。その授業は自分の専攻に関係なく全員の必履修科目となっている。
「お、俺も一緒でいい?」
ルームメイトがここでも出しゃばってくる。などとぞんざいな扱いをしてしまうが、これで結構まんざらでもないのだ。それに、イェスペルが戦士見習いで僕が魔法士見習いというのも相性としてはいい。
「ええ、いいですよ。そうねぇ…、バランス的に私の方のルームメイトも一緒でもいいかしら?」
「お、いいんじゃないか?」
「なんでイェスペルが勝手に話を進めているんだ…。その子の専攻は?」
「隠密士のリズベツ。はじめまして」
「おわっ! いつのまに後ろに!」
音もなくイェスペルの背後に突然現れたのは、前髪で目が隠れ気味な、少し小柄な茶髪の少女だった。首に巻いたワインレッドのスカーフで口元も隠している。前触れのない登場にさすがにイェスペルも驚きのあまり飛び上がっていた。
なるほど、確かに彼女の所作には無駄がなく、流れるような動きをしている。気配の隠し方だけでも隠密士の素質は高さが見て取れるほどだった。
「どう? 彼女が私のルームメイト、リズベツ・フェーバリさんよ。彼女は隠密士の入科試験を首席で合格したらしいわ」
「余裕。ブイ」
そう言って茶目っ気たっぷりにVサインを向けるリズベツ。その隣でようやく復活したイェスペルが苦しげにつぶやく。
「わかったから今度からいきなり背後に立つのはやめてくれよな…。ほんと心臓に悪いから…」
「善処する」
ほんと、会う人会う人に個性を引き出してもらって、こいつは天性のいじられキャラじゃなかろうか。
「ふふっ、これでこの班には、魔法士と隠密士のトップルーキーが揃ったわけね」
「え? ロースマリーさんって首席だったの!?」
「いえ、私ではなくて」
と、マリーが僕の方を向いてウィンクをしてくる。なるほど、この班結成の発案もそういう魂胆だったわけか。
パーティ構成でいうと、戦士 x 1、魔法士 x 2、隠密士 x 1 という構成だ。バランス的には悪くない。パーティによる実績が今後の授業の成績にも影響する。よいパーティを組むことは学院に入学してすぐに考えなければならないことなのだ。
「確かに、いいバランスのパーティだよね。ミドルレンジ型だけど、これなら長距離もカバーできそうだ」
「いえ、私が言いたかったのはそういうことではないのですが…はぁ…。まぁいいです」
マリーが頭を抑えながら懊悩としてため息をついた。
「ちょ、ちょっとまってくれコーダ。お前が魔法士の首席なのか?」
「ん? 入科試験のこと? まぁそうらしいけど、そんなことに大した意味はないよ」
「コーダの言うとおり。強くても死ぬときは死ぬ」
「リズっちまで…。お前ら一体どんな環境で育ってきたんだよ…」
「別に普通だよ。お前もちゃんと『開拓者の手引き』読んどけよ。入学前にもらっただろ」
入科試験の日、無事に合格したあと入学手続きの際にこれからの講義で使う教科書をもらった。僕は入学式までの期間で全部一通り目を通していたので、書いてある内容はある程度覚えている。
その中でも『開拓者の手引き』については、すべての開拓者を目指す者にとっての基本的な指南書になっている。心構えやクエスト時の注意事項、パーティ論や狩り効率など、先人の知恵がそこに集積している。そんなものを目の前にして、心が踊らないはずがなかった。
「いやー、俺っちどうも勉強苦手でさぁ…」
だのにイェスペルときたらせっかくこの学院に来たってのに、なんとも情けないことを言うものだ。
「自分には到底敵わない、自分よりも強大な力というものが、世界には必ず存在している」
「おぉ、コーダ…どうした急に…顔が怖いぞ…」
「剣技や筋力を鍛えるのは一向に構わないが、先人の知恵を軽視すると同じ轍を踏むぞ」
「だから、ほんとにお前は一体どんな育ち方してきたんだよ…」
「小さい頃から色々な本を読んでいたんだ。僕はその中で実際には経験してなくとも、知識としてたくさんの事を学んだんだ」
「まぁ、それでも俺はあまり心配してないよ。お前なら背中を預けられると思ってるからな。へへ」
「ふむ。肉の壁か。悪くないね」
「ちょっと!? 盾にする気マンマンですよねぇ!?」
「ふふっ、二人とも仲良さそうですね」
「「どこがだよっ!」」
マリーが変なことを言うものだから思わず突っ込んでしまったら、あろうことかイェスペルとセリフが被ってしまうという失態。これはショックのあまり夜も七時間ぐらい寝込んでしまいそうだ。
「それ普通に寝てるだけだから!」
「またそうやって人のモノローグに――」
「だから聞こえてんだって! むしろわざと口に出してないか…」
「ほんとに仲のいいですこと」
「ほんとネー」
ついにはリズベツまで同調し始めた。これはいよいよ勝手にペア認定されそうだ。気を付けなければ。
「はい、おはよう。はい、みなさん席についてください」
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