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第一章 高等学院編 第一編 魔法化学の夜明け(一年次・秋)
幕間 入科試験とそれまでの顛末(てんまつ)
しおりを挟む「それではこれよりユングヴィア高等学院、第808回 魔法科入科試験をはじめます。受験者は身分証を持って一列に並んでください」
いよいよ、この日が来た。思えばこの日のために、家にあった魔法の書物を読みながら、毎日特訓に明け暮れてきたのだった。
ℵ
三年前、最初に覚えたのは水の魔法だった。
父さんは火の加護があり、母さんは空気の加護があるように、人には何らかの属性の加護が一つ付くことが多い。けれども中には無属性の人や、多属性の人、あるいは光属性や闇属性のような自然界に存在する四大元素以外の特殊な魔力の加護を受ける人もいる。
生まれ持った能力や環境によって、何が発現するかは様々であるし、親と同じ属性の加護が発現するとは限らない。
僕の加護は四つの元素全てだった。どの元素魔法についても一定の適応力が身に備わっていた。けれども僕には魔法士の先生となるものはいなかった。父さんも母さんも、魔法について知らないわけではないが、別系統の職業なので、誰かに教えられるほど体系的に学んだわけではなかったし、僕に魔力が視えるなんていう異能があるからこそ、下手に教えてその才能を潰してしまうことを恐れた。
父さんに魔法を教えてほしいとお願いした時、父さんの書斎にあったという一冊の本を渡してもらった。それが『エリヒトオの魔導書』という書物だった。九歳の僕が読むには難解過ぎる内容であったし、詠唱なんかは古代の外国の言葉だったので、理解するだけでも大変な苦労を要した。
まず分かったのは、加護があるだけでは魔法は発動しない、ということだった。加護とはその人が持っている魔力の属性を表しており、血液でいうところの血液型に近い。だから大半の人間は一属性の加護しか持っていないのだが、僕の体質は極めて特殊だった。
また、元素魔法については、加護を受けた属性のものしか使えないということだった。けれども、世の中には元素魔法以外にも魔法はある。それが強化魔法や回復魔法であり、元素魔法を扱わない職業においては、それぞれ多少の差異はあるようだが、基本的には魔力の属性に関係なく発動することができる。
次に魔法の発動方法を調べた。魔力を魔法にするには、まずは自然の理に干渉し、魔力を対価として支払うことで、自分の意思を摂理の中に介入させるというイメージを持つことが重要である。
法則を捻じ曲げるのではなく、
原理を支配するのではなく、
あくまでもこれは干渉であり、
間違ってもこれは介入でしかなく、
すなわち主導権は明け渡し、
巧妙に自分の意志を摂理に潜り込ませるのだ。
そのために、自然を思い浮かべ、自分の意思を、どのように、あるいはどの程度、自然の摂理に紛れ込ませるのかを決めなければならない。僕にとって魔力は粒子の流れに見える。だから幼いころによく川で遊んでいたという理由もあるが、魔力を形にするには水流が一番イメージしやすかった。
魔力を魔法にするためには、まずは自然の摂理を理解するところから始めなければならなかった。法則の妨害をしないように、影響しない程度に、その手法や加減を見極めて行使する必要があった。
では川とはなんだろうか。水流とはなんだろうか。
川の成分は水。では水流の成分はなんだろうか。
川は上流から下流に流れる。山間から麓あるいは湖や海岸まで流れ着く。それは坂道を流れるように、高いところから低いところへ流れ落ちていく。
――水流が、水の落下と同じ仕組みということであれば…。
村長に高等学院に行くように言われた次の日、僕は家の西側を通る川に、魔法の実践練習に来ていた。生まれつき魔力を見ることはできるが、いまだ魔法を行使したことはない。
(よし、ひとまずはあの本に書いてた通りにやってみよう…)
試しに川縁に立って、川の中に魔力を集めるようにしてみる。次にその魔力を礎に、魔力を通して、水を固定する。そのために必要な手順を詠唱えていく。
『Setjið――』
身体に張り巡らせられた経絡の中を魔力が流れるイメージを明確にする。その魔力が徐々に指先に集まり、指先が仄かに温かくなるのを感じられるよう意識する。
『Vatn fyrir þætti――』
行使する力の結果を思い浮かべる。父さんに魔法を教えてほしいとお願いした時、書斎にある『エリヒトオの魔導書』を読むといいと教えてもらった。そこには色々な魔法のための魔法陣が載っていた。魔法陣は地面に書いてもいいが、魔力の構築をイメージしやすくするためのものなので、自分で思い浮かべられるなら別に無くてもいいとのことだった。
『Byrjaðu útdrátt――』
魔法を行使することが初めてで、詠唱の発音も詠唱自体も本当にこの方法でいいのか、いまだに自信がないし、半信半疑だった。ただ、物は試しと、とりあえずは魔導書のとおりに唱えてみようと詠唱を始めたのだった。
『Gerðu straum――』
これが水魔法の基本。水流を魔力で操作する、水魔法の Lv 1「カタラクティス」と呼ばれている魔法の詠唱である。魔導書に載っていた魔法陣は寸分違わず記憶している。魔法陣の外側から中心へ向けて徐々に魔力が浸透していく様子を思い浮かべる。
『Framkvæma forritiþ』
最後の一節を唱えるとともに、魔法陣に通わせた魔力は中心へ達する。指先に集まっていた魔力の温度が一際熱くなったかと思うと、すっと消えた。
次の瞬間――
ズドーン!
轟音とともに水流が垂直に立ち上り、林の樹よりも高くまで水柱があがった。川は干上がり、行き場を失った魚が川底だった場所で跳ねているが、コーダは発動した水柱を唖然と見上げていて、それに気付かない。
やがて、魔法の切れた水は元の理に戻る。水柱はそのまま重力によって大地へと引き戻され、大規模な水飛沫を散らしながら、川の水へと戻っていく。辺りにはスプリンクラーで撒き散らしたように濡れた川辺と、元と同じ川がそこにあった。
「ま、魔法ってこんなにすごいのかよ…」
不幸なことに、コーダには『エリヒトオの魔導書』以外に師と呼べるものがいなかった。意図的にそうしたわけではなかったが、もともと一人で本を読んだりするのが好きだったコーダは、その延長で魔法の練習も自分ひとりでしていた。父さんや母さんに面倒を掛けるのも悪いと思ったし、こっそり練習して驚かせよう、なんていう企みもあった。
後に父さんと母さんに魔法を見てもらう機会があり、自分の魔法の規模が、並外れた魔力量によるものだと教えてもらうことになるが、そのときには空気魔法、水魔法、土魔法の Lv 1 までがすでに使えるようになっていた。
ℵ
火属性の魔法の習得には少し梃子摺っていた。他の三属性の魔法に比べて、魔法発動の手順が二倍ぐらい長い。詠唱の最初と最後の数節は他の属性と共通しているが、間に五節もよくわからない手順が組み込まれている。
ここでそれぞれ何が行われるのかイメージができなければうまく魔法が発動しない。発動しないだけならまだいいが、暴発なんてした日には目も当てられない。
「火の魔法の暴発なんてシャレにならないだろ…」
他の魔法ならまだしも、火魔法だけは特に慎重に扱わなければならない。風が吹いたり、水に濡れたり、土をかぶったりしても大した被害は受けないが、少しでも炎が飛んできたりすると悲惨なことになる。
「…いや、待てよ。そうだ、他の元素に比べて火だけはやたら威力が強すぎる」
そもそも他の三元素と性質が違うのではないか。そうだ。空気も水も土も、自分で作り出すことはできないが、火だけは魔法がなくても自分で熾すことができる。
火を熾す仕組みを改めて考えてみよう。まず、火を点けるための燃えやすいものが必要だ。木や布がなければ火は点けられない。それから点火の際には火打石を使っている。
では、火打石の仕組みはどうだろう。
鉄の破片にフリントという岩石を打ち付けることで火花が飛び散る。その火花を木くずや麻糸に燃え移らせて、少しずつ炎を大きくしていく。充分に炎が大きくなれば、枝や薪を焼べて暖炉の火や料理の鍋を沸かすのに使える。
さらに掘り下げて考えてみる。鉄と石でなぜ火花が発生するのか。飛び出している火花は石によるものなのか、鉄によるものなのか。火花とは何かの小さな破片が燃えながら飛んでいるものであり、火それ自体が単独で自然発生したものではない。
もっと言えば、鉄と石をゆっくり打ち付けても火花は発生しない。ある程度勢い良く、力強く打ち付ける必要がある。火を熾すためには打ち付ける力が必要であり、その力が火や熱に変わっているということだろうか。
そう言えば寒いときには腕や身体をこすれば少し暖かくなる。物と物がぶつかるとそこに熱が発生するのだろうか。けれども暖かくなるのは表面だけで、中まで暖かくなるわけではない。そう考えてみれば、火打石で火花を出す原理も、木の棒と板をこすり合わせて火を点ける方法にも説明がつく。
つまり、擦ったり打つけたりして、物体の表面の温度を上昇させて、その温度が一定以上の熱さになったときに炎が発生する、と考えられる。
火打石は硬い岩石を鉄の表面に打ち付けることで、高温になった鉄の表面部分が細かく削り取られ、小さいけれど超高温の状態になっている。それが木くずなどに触れることで発火するという寸法だろう。
「……火を熾すには、燃えやすいものと、それを超高温にするのと、両方を行う必要がある、というわけか」
これで火魔法発動のためのイメージの準備は整った。今までの三属性の魔法はそこまで難しくはなかった。魔法で扱う元素の種類をイメージし、その元素を自然の中から選び取り、形を与え、操作する。その四工程が詠唱の四節として構築されていた。
対して、火魔法に必要とされる詠唱の長さは九節。恐らく、他の属性の魔法に比べて余分に多い五節の詠唱は、燃えるための核となる物質を用意し、超高温の火花を発動させるための手順だと考えられる。
初めて水魔法を使ってから今日で 72 日目。いい加減、火魔法 Lv 1 を使えるようになりたいところだった。
『Setjið――』
まずは、燃えやすいものをイメージ。麻糸も紙も、原料は植物だ。だから、燃えやすいものにはまずは木を思い浮かべる。それも枯れ枝や薪のように乾いたものが必要だ。水を含んでいてはならない。
『Eld fyrir þætti――』
次にそれを火種として魔力で構築する。空気や水や土の魔法は、そこに存在するものをただ魔力で操作するだけだったが、火の魔法はそうはいかない。今ここにない火というものを作りださなければならない。ここからの詠唱が火魔法の正念場だ。
『Greina samsetningu――
Þykkni innihaldsefnið――
Endurtaka samsetningu――』
火種の次は火花の準備にかかる。まだあと五工程もある。ここで集中力を切らす訳にはいかない。作り出した火種を、火打石で削られた鉄のように、細かな粒へと凝縮する。
『Þétta það――
Kveikja á það――』
それで火種が超高温に達する。手の上で赤熱する塊は、もはや火の卵としてできあがっている。あとはこれを他の属性魔法と同じように、魔力で形を与えて操作する。
さぁ、最後の仕上げだ。
『Byrjaðu útdrátt――
Gerðu kúlu――
Framkvæma forritið』
コーダが手を前に突き出すのに合わせて、手のひらの上に浮かんでいた火の卵は、コーダの身長と同じぐらいの直径の球体となって、草原を焼きながら前方へと飛んでいく。小高い丘にぶつかってその火球は消えたが、あとには焦げ付いた轍が残されていた。
コーダが火魔法 Lv 1「ヴォリーダ」を習得した瞬間だった。
ℵ
だがコーダはそれでも満足しなかった。
火魔法の工程では火種を作る必要があり、そのために四節の詠唱が増えている。それなら手元に先に火種となるものを用意した状態で魔法を発動すれば、詠唱を簡略化できるのではないだろうか。そうすれば他の属性の魔法と、詠唱の長さはあまり変わらなくなる。
それに試してみたいことはもう一つある。普段火を熾すときは、火花から炎が移った後、息を吹きかけることで火の威力を強める。燃える範囲を広がらせる。
それであれば、火魔法と空気魔法を同時に使うことができれば、もっと威力の強い魔法が発動できるのではないか。二属性以上の魔法を同時に行使するなんて前例は『エリヒトオの魔導書』には載っていなかったが、試してみる価値はあると思った。
そもそも二属性以上の魔法を扱える者が少なすぎるため、そのような実験や研究も碌にされて来なかった。
けれども、コーダには多属性の同時行使ができるという根拠があった。火魔法の工程途中で作られる火種は木と同じ成分でできている。元素学者エンペドクレスによれば、木は空気と土の元素が組み合わさってできているとのことだった。魔法の工程の途中段階で、仮にもそのような物質を生み出せているということにコーダは着目した。
火魔法だからと言って、火属性の魔力しか干渉できないわけではない。自然界の法則は四つの元素が複雑に絡み合い、反応し、干渉し、影響し、循環し、そうして成り立っている。
そこに自分の定めた理をねじ込むわけだから、確かに単元素の方が簡単であることは明白だった。けれども、難しいだけでできないわけはないと思った。
ただ、そうは言っても、問題が無いわけじゃなかった。詠唱自体の意味をある程度文節ごとに掴んでいるものの、単語や文法までは理解できなかったので、省略したり組み替えたりすることはある程度できるけれども、全く新しい詠唱を生み出すことはまだまだ不可能そうだった。
高度に調整された魔法陣の、詠唱のバランスを全く新しく組み立て直すなんて芸当は、今までの魔法士ですら前人未到の領域だった。
だからコーダはひとまず、
右手と左手で、別々の魔法を使ってみることにしたのだった。
ℵ
「私はこの学院で魔法実技の授業を担当している、エレオノーラ・ヨセフィン・ランヒルド・フォーゲルストレームという」
魔法科専用棟の講堂に集められた僕達の前では、眼鏡をかけた金髪ポニーテールの女性教師が壇上に立って試験の説明を進めていく。講堂には受験生が 120 名以上集まっているが、この中から合格できるのは僅か 15 名に過ぎない。
「これから皆さんの魔力特性と魔力量を検査します。魔法は人によってはどれだけ練習しても発動しなかったり、魔力量が一定以上増えなかったりします。皆さんが魔法士として将来どの程度の力を発揮できるのか、技能、特性、潜在能力、それぞれを総合的に評価し、一定以上の基準に満たないと判断した場合は不合格と致します」
フォーゲルストレーム先生のすこし目線のきつい厳格な雰囲気は、教育について一切妥協しないという心意気が現れているようだった。
「もちろん合格者が 0 名ということもありえます。心して掛かるように」
おぉ怖い…。
実のところ、魔法の威力や詠唱の仕方など、ここ三年で工夫できるだけのことは詰め込んできたが、そういった改良や工夫ばかり考えていたせいもあって、Lv 2 の魔法はまだ習得できずにいた。
自分の魔力量が常人より桁外れに多いために、高威力の魔法が使えるとは予想しているが、それでも Lv 1 しか扱えないというのが不安だった。
他の受験生はどのような魔法を使うのだろうか。同年代の他の魔法詠唱は、ほとんど見たことがなく、自分の能力がどの位置にいるのか分からずにいた。一応過去にはヴァルボルグスの祭りでマリーの儀式魔法を見かけたことはあるが、あれは魔法の規模が村全体に及ぶものだった。
もちろん儀式魔法なので、元素魔法とは勝手が異なるとは思うが、おそらくマリーは普通よりちょっと魔力量が多いくらいなのではないかと思う。そんな彼女でも村全体に影響するような魔法を発動するとなれば、他の受験生たちは一体どんな規模の魔法を発表するのだろうか。
「次、コーダ・リンドベルグ。前に出てきなさい」
「は、はいっ!」
とうとう呼ばれてしまった…。
というか、他の人がどんな魔法を使うのか見ていなかった。
(ええいっ! こうなりゃ最善を尽くすだけさ)
「ではこの水晶に両手を置いて、経絡を開きなさい。まずあなたの魔力量を計ります」
「こ、こうですか…。それではいきます」
一度目を閉じて、深呼吸をして、
それから魔力を流し込んだ。
――パリンッ!
「ん?」
「ごご、ごめんなさい! すみません、割ってしまいました! ……先生?」
「………あ、あぁ。だ、大丈夫か?」
「あ、はい、僕は全然平気です。申し訳ありませんでした!」
「いや…いい。構わないわ。ええと…どうしようかしら…とりあえず次は魔力特性を見ましょうか」
そう言ってフォーゲルストレーム先生は、教卓に置いている虫眼鏡を手にとった。
「左手を出しなさい。この魔道具であなたの身体に流れるマナが、何属性の加護を受けているのか診ます」
「は、はい、わかりました」
なんだか気まずい雰囲気が流れていた。さっきの水晶は、ひょっとしてとてつもなく高価なものだったのではないだろうか、あとで弁償させられたりするんじゃないだろうか、なんて心配が拭えない。
「んん?」
「な、なにかまずかったでしょうか…」
「いえ…、ごめんなさい、ちょっと分からないわ」
「え、え? 僕は不合格になるんでしょうか?」
「いえ、そういう訳ではないのだけれど…どういうことかしら…」
なにかしきりに思案している。僕の身体がなにか異常があるのだろうか。僕の身体に異常なんてこれっぽっちも――
と、思ったところで、双子の天使に授けられた能力を思い出し、むしろ異常だらけだったということに思い至った。
「あ、えっと…。なにか魔法でも使ってみればいいですかね…」
もはや何をどう挽回すればいいかも分からず、とりあえず自分のできることを見てもらおうと考えたのだったが…。
「は? あなたもう魔法が使えるの?」
「え? はい、そうですけど…」
「ふむ…。そうね、それならちょっとそこの窓から外に向けて打ってみなさい」
窓の外にはグラウンドがあり、遠くには魔法の修練用か、藁案山子が何体も立てられている。あれを狙えばいいんだろうか。
「わかりました。…あの、これを使ってもいいですか?」
僕が腰巾着から取り出したのは小さな木のブロックだ。これがあると魔法の発動が簡単になる。あの距離まで届かせようと思うと、できるだけ魔法の発動手順は簡単にして、魔法操作の方に注力したい。
「木の破片? 見たところ特に魔道具というわけではなさそうね。それなら構わないわよ」
「ありがとうございます」
窓を全開にして、外を見据える。標的は十数体の藁で出来た案山子。距離は目測で約 200 メートル。純粋に火魔法だけではあの距離まで届かない。届かせようとするなら風の力が必要になる。
やることは決まった。あとは失敗しないように、全神経を集中させる。何度もやって来たことだ。きっと成功すると、そのイメージをしっかりと思い描き、詠唱を始めた。
『Setjið――』
「なっ!?」
フォーゲルストレーム先生は現実よりも自分の直感を信じた。経験則としてはそれが常識的な判断なのかもしれないが、コーダを前にしてそれはまずかった。理に似わなかった。
『アストラエアの海』と呼ばれるその水晶は、触れた者の魔力量を計る計測器として機能するが、まさかそれが魔力許容量を超えたことで壊れるなどとは予想だにしていなかったので、単純に経年劣化による破損だと認識してしまった。
『アトランティスの千里眼』と呼ばれるそのルーペは、それで覗いた者の魔力の種類や流れを見る事ができる魔道具だった。だが、ルーペで覗いた景色は真っ暗だった。コーダが虚数属性への対応を持っていたためにそのような映り方をしたのだが、彼女はそのルーペで虚数属性など覗いた経験がなく、そもそも虚数属性というものが実在するなど考えてもいなかった。だから、それもルーペの誤作動だと思ってしまった。
『Eld fyrir þætti――
Vindur fyrir þætti――』
「まさかノルド語の古代詠唱だというのか!?」
『Kveikja á það――
Þétta það――』
本来火種の凝縮に使っていた詠唱を、空気魔法に適用する。この圧縮空気で火の球を打ち出すことで、通常よりも炎が燃え盛るだけでなく、火種となる木片ごと炎の塊を吹き飛ばすことができる。
また、空気魔法に一節増やしたことで、火魔法と空気魔法の発動のタイミングを同じにできるのもメリットだった。
『Byrjaðu útdrátt――』
「しかも左手と右手で別々の魔法…、二重魔法だと!?」
けれどもそのコントロールは神経を使う。風で火の威力は強まるが、風が強すぎると火が消えてしまう。その分水嶺を見極めて、できるだけ強い風をまとわせることが必要だった。
出力の調整に神経を使う分、他の部分はできるだけ省力化したかった。だから、魔法で作り出す炎の形と空気の形も統一し、詠唱を共通化することを考えた。それも、水魔法の際に水柱を作ったのと同じ一節にしたことで、空気の激流は風となり、炎の激流は前方へ飛んでいく火柱となった。
『Gerðu straum――』
「くっ!? しかもこの魔力量は…まずいな…。全員あたまを低くしておけ!」
初めて多属性の魔法の同時行使を成功させてから、何回も試行錯誤を繰り返し、練習を重ね、可能な限りの最適化を行ってきた僕の、これこそが集大成と言える、今の僕に出せる最高の魔法だった。
『Framkvæma forritið』
前方に向けた両手のひらから放たれる火と空気はもはや螺旋に絡み合い、豪炎となった火柱が大蛇のごとく標的に飛んでいく。
ズガーン!
雷鳴のように響動めいた轟音は大気を震わせ、校舎を基礎から軋ませる。命中した一帯は砂煙が立ち込めていた。十数体あった藁案山子は、そのほとんどが炎に包まれていた。中心近辺の案山子などは、もはや燃えた残骸すら充分に残っていなかった。
――そして、それを見た誰もが言葉を失っていた。
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