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第一章 高等学院編 第二編 学院の黒い影(一年次・冬)
EP.XXI 狂宴の森
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「戦士たちがどれだけ食べても、どれだけ飲んでも、食べ物や飲み物が減らないのは何故なんだ?」
ガングレリに答えてハールは言う。
「多くの人がヴァルハラに感謝を捧げているお陰です。そのお陰で死に至る傷を負ってもエインヘリャルたちは生き返って戦い続けることができます。それに、レーラズの木の芽を食べているヘイズルーンは、毎日乳房から蜜酒を出し続けます。戦士たちはそれで酔っ払ってしまうのです」
それに驚いたガングレリはこう言った。
「そいつはすごい! その雌山羊には毎日いい木の芽を食べさせなくちゃならない!」
そしてハールはさらに自慢そうにこう言う。
「エイクスュルニルはもっとすごいですよ。その牡鹿の角からは綺麗な水が溢れてフヴェルゲルミルの泉に降り注ぐのです。すると沢山の川が作り出されるのです!」
無限回廊書架 DDC. 398
―― スノッリ・ストゥルルソン『エッダ』 A.D. 1220
第一部 ギュルヴィたぶらかし
第三十九節「戦士たちの祝杯」
「連続昏倒事件~? どうしてまた、そんなことに?」
「だからそれをこれから調べるんだろうが…」
「えぇ~…」
七面倒くさいと言わんばかりにフランチシュカがぶーたれる。というか話がすんなり進んでしまっているが、生徒会に入れと言われた以上、おそらく僕もこの調査に係うことになるんだろうな。
「何か分かっていることはあるんですか?」
エミリリアが透き通るような声でニコライに問い掛ける。
「いや、『修練の森』付近で起きるということ以外、何も分かっていない。人為的なものなのか自然災害的なものなのかも分かっていない。被害に遭った生徒は、単に昏睡していたと言うだけで、外傷などはないことから、なんらかの外的要因による<魔力酔い>を起こされた可能性も考えている」
「会長、学院の生徒が<魔力酔い>するほどの存在がいたら、それこそ竜種のようなレベルのモンスターしかありえないのでは?」
ニコライの仮説にカイサが反論する。竜種という言葉にベルがピクリと反応したような気がする。
「そんなのが修練の森にいたら、もっと大きな騒ぎになりますね」
「合点、尤もであるな」
あくまで冷静なエミリリアの意見に、ベルも竜種のようなモンスターがそんなところにいる訳がないだろうと落ち着きを取り戻す。それほど強大な魔力を有しているモンスターが学院の近くにいれば、それこそ先生たちが気付かないはずがない。
「カイしゃんがまた変な薬でも撒いたんじゃないの~?」
「フランチシュカ先輩、例のアレ試してみますか?」
「ぎにゃー! ごめんにゃ~!」
フランチシュカが怯えて震えている。過去この二人の間に一体何があったのだろうか。
「でも、正直なところ、これはカイサの得意分野じゃありません?」
「エミリ先輩まで…。まぁ、確かにそうかもしれませんが。<魔力酔い>以外で外傷なしに人を昏倒させる方法といえばやっぱり毒とか薬になりますからねぇ」
エミリリアの仮説では<魔力酔い>よりは、睡眠系の毒やハーブの可能性を疑っているようだ。話を聞く限り、カイサはどうもそういう分野に精通しているようだ。
「コーダくんは、どう思う~?」
怯えから回復したフランチシュカが僕に話を振ってくる。
「え~と…。そうですね、毒や薬の他に昏倒するものって言えば…お酒、とかでしょうか」
「お酒、ね。確かにそれも可能性の一つですね」
「ほぅ、それは考えつかなかったぞ。コーダくん」
エミリリアとカイサが感心したように言っている。以前村長の家で飲まされたりしたものだから、その時の出来事はよく覚えている。まぁ僕は酔わない体質らしいが…。
「それから、人為的なものであるとした場合、犯人の動機も不明だ」
ニコライがみんなにそう告げる。確かに被害に遭った生徒は、ただ単に倒れたと言うだけで物を取られたり、誘拐されたりということもない。
「先ほど<魔力酔い>の可能性を述べたが、自然発生的な有毒ガスや、何らかの原因で濃い魔力溜まりが発生した可能性を危惧している」
魔力には濃淡がある。魔力の濃い地域と、魔力の薄い地域があるように、局所的に濃い部分ができてしまうこともある。それを魔力溜まりと呼んでいる。なぜそういう場所が出来てしまうのか、原因は様々だ。魔力を吸収しやすい鉱石があるせいだとか、魔力の強いモンスターが歩いた跡だとか、そういった理由だ。
「やはり行ってみるしかありませんね」
「そういうことになるな」
エミリリアの結論に、ニコライも同調する。もとより、ニコライは全員で赴くつもりだったのだろう。
「ただ、人為的な犯行であったり、強力なモンスターが出る可能性もあるから、各自充分注意するように」
「は~い…」
ℵ
「なんだか変です…。森にしては、やけに火属性の魔力が多いですね」
「火属性か…。発生源は分かるか?」
僕らは修練の森の入り口にいた。修練の森に入る前に魔力視で周囲を見てみると、普段よりもかなり火属性の魔力が濃くなっていた。ニコライに発生源を訊かれたが、生憎とそこまで魔力がはっきり残っている訳ではなくぼんやりとしている。
「いえ、そこまでは…。けれど、火属性の魔力がどっちの方に続いているかは分かります」
「へぇ~。コーダくんのそれ便利だねぇ~!」
フランチシュカが興味深そうに僕の近くに寄ってくる。案外いい匂いが――じゃなくて、森にまで出てきてなんでこの人はメイド服なんだろうか…。
「フランチシュカ、偵察を頼む」
「りょ~かいっ!」
火の魔力が続いている方角にフランチシュカが駆けていく。彼女はやはり隠密士の系統のようだ。
僕らも後に続いて森を進んでいく。
しばらくすると段々と霧が出てきたところで、フランチシュカが倒れていた。
「うにゃ~うにゅにゅ~」
「ね、寝てる!?」
「ほら、フランチシュカ! 起きなさい!」
エミリリアがペシッと頬を叩くが一向にフランチシュカが起きる気配はない。
「これはダメだな…」
魔力視で辺りを見てみると、火の魔力がかなり濃密になっていた。
「もしかして…この霧自体が火の魔力で出来ているのか?」
「なんだと?」
普通、霧といえばセーフリームニルなどのような水属性や空気属性の魔法によって起こされる。それがそもそも火属性だなんておかしな話だ。火属性の液体といったら、油か、それこそ――
「…まさかお酒か」
お酒の霧だなんて聞いたことがない。そうなると魔力酔いではなく、普通に酒に酔って倒れたと言うことになる。
「酒の霧か…。そいつは厄介だな…」
普通酒は飲むものだ。酒の強い弱いは魔力抵抗だけでなく体質などもあるだろうが、霧状になんてなっていたら胃ではなく肺に入ってしまう。いくら酒に強い体質でも卒倒してしまうだろう。
「コーダにゃ~ん!」
倒れていたはずのフランチシュカが飛び掛かって頬ずりしてくる。
「や、ちょっと! フランチシュカさん! しっかりしてください!」
離そうとするがなかなか力が強い。魔法の練習ばかりで碌に筋トレなんてしてこなかったのが災いした。エミリリアも止めてくれないのかと思って見てみると、何やら恍惚と上気して、宙に幻を追いかけているようだ。
「あぁ、大宇宙の真理が、こんなところに!」
もはや何を言っているのかも分からない。
カイサは唐突に何か缶詰のようなものを取り出して開けようとしている。……おいおい、それって、シュールストレミングじゃないか! いくらユングヴィアランドの郷土料理と言えど、こんな錯乱状態の時に開けたら大変なことになる! 服に付いたりしたら、本当にしばらく強烈な臭いが取れなくなってしまう。
抱きついたままのフランチシュカを引き剥がすのを諦め、引きずったままカイサから缶詰を取り上げる。取り上げた缶詰を見て、なんでこんなもの持って来てるんだと疑問しか湧かない。
ベルやニコライは大丈夫かと思って見てみると、二人とも案外平気そうだ。
「ちょっと…。見てないで少し助けてくれませんか?」
すると、ベルは僕らの方を一瞥して――
「合点! 今助けてやる!」
そう言って自慢の大槍を一息に振り下ろした。手近な樹に。
「成敗! 成敗!」
ザク。ザク。
どんどん斬り刻まれていく。手近な樹が。
やっぱり酔ってんじゃないか!
「か、会長! ベルさんを止めてください!」
「む、よし分かった」
会長は大丈夫そうで良かったと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「いいか、まずベルを止めるのに重要なのは、あの腕の振り下ろしに使われてる上腕筋を止めるのではなく、体幹を支えている大腰筋が重要なのだ!」
――あぁもう! 会長も酔ってんじゃないか!!
『Setjið Vatn fyrir þætti――
Byrjaþu útdrátt――
Gerðu straum――
Framkvæma forritiþ』
一息で詠唱を終えると上空に水を集め、それを一気に降らせる。
「水魔法 Lv 1 カタラクティス!」
バッシャーン!
バケツをひっくり返したような冷や水を全員に浴びせる。僕に絡みついているフランチシュカにも掛けなければならなかったので、僕までずぶ濡れだ。
「………」
「………」
「………」
各々が正気に戻る。フランチシュカに至っては僕に抱きついたまま正気に戻り、何が何だか分からない様子で僕を見つめてくる。
「あの…そろそろ離れてくれません?」
「んにゃ!? ご、ごめんにゃ…」
慌てて僕から離れて体を震わせるフランチシュカ。濡れた犬や猫がよくやるあれだ。お陰で周りに水飛沫が飛ぶ。
「わぷっ! ちょっと、フランチシュカ、それやめなさい!」
エミリリアがそう言うが、もはや全員ずぶ濡れなのでそれを制止しても意味がない。フランチシュカにしても、体を震わせたところで髪や肌の水滴は多少払えても、濡れた服が乾いたりはしない。
「あ、ご、ごめん。つい癖で…」
さすがに全員をずぶ濡れにさせてしまった手前、申し訳ないので乾かすことにする。
『Setjið――
Vindur fyrir þætti――
Eld fyrir þætti――』
左手に空気の魔力を。
右手に火の魔力を。
配分は、8 : 2。
『Greina samsetningu――
Þykkni innihaldsefnið――
Endurtaka samsetningu――
Þétta það――
Kveikja á það――』
以前、スティーグさんから二重魔法にまつわる話を聞いた後、僕は自分で水と火の二重魔法について実験していた。けれど、結果は熱湯が出来ただけで、爆発などしなかった。魔法まで使っておいて、ただお湯を沸かしただけだなんて、それこそ臍で茶を沸かす様な話だが、僕はそれを失敗とは考えなかった。
『Byrjaðu útdrátt――
Gerðu vegg――
Framkvæma forritið』
土魔法 Lv 1 の詠唱に使用する形態を借用した。空気八割、火二割で混合された魔力の渦が熱風となって全員を取り囲む。
そう、要するに配分する魔力の量によって結果が変わる。
水と火の二重魔法の場合、
水の魔力が多ければ火が消えて終わる。
火の魔力が多ければお湯が湧くか、
極端に火の方が多ければ水は湧くどころか蒸発して消えていく。
そして――この配分はまだ見つけることは出来ていないが――おそらく、ある一定の配分量で二重魔法を発動した場合において、水と火が水蒸気爆発を引き起こす。
彗星の如く現れた史上最初の二重魔法使いは、たまたまその配分量を実現してしまい、大きな爆発を起こしてしまった。
――つまり、魔法は成功していた。
まさに、三人目の二重魔法使いの言った通り、それが正常な結果の一つであった。
今まで僕は二重魔法を使う時において、魔力量の配分というものは考えてこなかった。右手に全力、左手に全力の魔力。つまり、毎回大体 1 : 1 にしかならない。水害大灰猪との戦いを経て僕が得た課題は、詠唱の高速化と魔力の出力量のコントロールだった。
そして、今回の二重魔法もお湯を沸かした時とやり方は同じだ。温める対象が水から空気に変わっただけだ。けれど空気は水に比べて温まりやすい。だから水を温めるときほどの火は要らない。そうして導き出した配分が 8 : 2 だった。
だがそうなると、僕の興味は止まらない。魔獣の食材を食べた時の効果、火種にする触媒の種類、使う魔法属性の組み合わせ、魔力量の配分、あるいは複数の魔獣食材を組み合わせた場合や、複数の触媒を火種にする場合の組み合わせまで考慮すると、それら全ての組み合わせは無限に広がる。僕が一生かけても試しきれない。
特定の魔獣食材を特定の配分で配合したものを食べた後に、特定の材料を特定の配分で配合したものを火種にして、特定の魔法属性を特定の配分の魔力量で、魔力操作を行う。そんな最高の魔法を見つけ出すなんてことは、バルト海の砂浜で砂金を探すよりも難しいことだろう。
だから魔法士は総当たりで試していくなんて無謀なことはしない。
だから魔法士は最高の魔法を見つけるのには知識が要る。
だから魔法士は真理を究める。
だから魔法士は真髄を極める。
だから魔法士は神髄を求める。
――さて、そろそろみんなの服も乾いた頃合いだろう。
そう思って、自分の手を見てみると、シュールストレミングの缶詰を火種の触媒にしてしまっていたことに気付いた。
ガングレリに答えてハールは言う。
「多くの人がヴァルハラに感謝を捧げているお陰です。そのお陰で死に至る傷を負ってもエインヘリャルたちは生き返って戦い続けることができます。それに、レーラズの木の芽を食べているヘイズルーンは、毎日乳房から蜜酒を出し続けます。戦士たちはそれで酔っ払ってしまうのです」
それに驚いたガングレリはこう言った。
「そいつはすごい! その雌山羊には毎日いい木の芽を食べさせなくちゃならない!」
そしてハールはさらに自慢そうにこう言う。
「エイクスュルニルはもっとすごいですよ。その牡鹿の角からは綺麗な水が溢れてフヴェルゲルミルの泉に降り注ぐのです。すると沢山の川が作り出されるのです!」
無限回廊書架 DDC. 398
―― スノッリ・ストゥルルソン『エッダ』 A.D. 1220
第一部 ギュルヴィたぶらかし
第三十九節「戦士たちの祝杯」
「連続昏倒事件~? どうしてまた、そんなことに?」
「だからそれをこれから調べるんだろうが…」
「えぇ~…」
七面倒くさいと言わんばかりにフランチシュカがぶーたれる。というか話がすんなり進んでしまっているが、生徒会に入れと言われた以上、おそらく僕もこの調査に係うことになるんだろうな。
「何か分かっていることはあるんですか?」
エミリリアが透き通るような声でニコライに問い掛ける。
「いや、『修練の森』付近で起きるということ以外、何も分かっていない。人為的なものなのか自然災害的なものなのかも分かっていない。被害に遭った生徒は、単に昏睡していたと言うだけで、外傷などはないことから、なんらかの外的要因による<魔力酔い>を起こされた可能性も考えている」
「会長、学院の生徒が<魔力酔い>するほどの存在がいたら、それこそ竜種のようなレベルのモンスターしかありえないのでは?」
ニコライの仮説にカイサが反論する。竜種という言葉にベルがピクリと反応したような気がする。
「そんなのが修練の森にいたら、もっと大きな騒ぎになりますね」
「合点、尤もであるな」
あくまで冷静なエミリリアの意見に、ベルも竜種のようなモンスターがそんなところにいる訳がないだろうと落ち着きを取り戻す。それほど強大な魔力を有しているモンスターが学院の近くにいれば、それこそ先生たちが気付かないはずがない。
「カイしゃんがまた変な薬でも撒いたんじゃないの~?」
「フランチシュカ先輩、例のアレ試してみますか?」
「ぎにゃー! ごめんにゃ~!」
フランチシュカが怯えて震えている。過去この二人の間に一体何があったのだろうか。
「でも、正直なところ、これはカイサの得意分野じゃありません?」
「エミリ先輩まで…。まぁ、確かにそうかもしれませんが。<魔力酔い>以外で外傷なしに人を昏倒させる方法といえばやっぱり毒とか薬になりますからねぇ」
エミリリアの仮説では<魔力酔い>よりは、睡眠系の毒やハーブの可能性を疑っているようだ。話を聞く限り、カイサはどうもそういう分野に精通しているようだ。
「コーダくんは、どう思う~?」
怯えから回復したフランチシュカが僕に話を振ってくる。
「え~と…。そうですね、毒や薬の他に昏倒するものって言えば…お酒、とかでしょうか」
「お酒、ね。確かにそれも可能性の一つですね」
「ほぅ、それは考えつかなかったぞ。コーダくん」
エミリリアとカイサが感心したように言っている。以前村長の家で飲まされたりしたものだから、その時の出来事はよく覚えている。まぁ僕は酔わない体質らしいが…。
「それから、人為的なものであるとした場合、犯人の動機も不明だ」
ニコライがみんなにそう告げる。確かに被害に遭った生徒は、ただ単に倒れたと言うだけで物を取られたり、誘拐されたりということもない。
「先ほど<魔力酔い>の可能性を述べたが、自然発生的な有毒ガスや、何らかの原因で濃い魔力溜まりが発生した可能性を危惧している」
魔力には濃淡がある。魔力の濃い地域と、魔力の薄い地域があるように、局所的に濃い部分ができてしまうこともある。それを魔力溜まりと呼んでいる。なぜそういう場所が出来てしまうのか、原因は様々だ。魔力を吸収しやすい鉱石があるせいだとか、魔力の強いモンスターが歩いた跡だとか、そういった理由だ。
「やはり行ってみるしかありませんね」
「そういうことになるな」
エミリリアの結論に、ニコライも同調する。もとより、ニコライは全員で赴くつもりだったのだろう。
「ただ、人為的な犯行であったり、強力なモンスターが出る可能性もあるから、各自充分注意するように」
「は~い…」
ℵ
「なんだか変です…。森にしては、やけに火属性の魔力が多いですね」
「火属性か…。発生源は分かるか?」
僕らは修練の森の入り口にいた。修練の森に入る前に魔力視で周囲を見てみると、普段よりもかなり火属性の魔力が濃くなっていた。ニコライに発生源を訊かれたが、生憎とそこまで魔力がはっきり残っている訳ではなくぼんやりとしている。
「いえ、そこまでは…。けれど、火属性の魔力がどっちの方に続いているかは分かります」
「へぇ~。コーダくんのそれ便利だねぇ~!」
フランチシュカが興味深そうに僕の近くに寄ってくる。案外いい匂いが――じゃなくて、森にまで出てきてなんでこの人はメイド服なんだろうか…。
「フランチシュカ、偵察を頼む」
「りょ~かいっ!」
火の魔力が続いている方角にフランチシュカが駆けていく。彼女はやはり隠密士の系統のようだ。
僕らも後に続いて森を進んでいく。
しばらくすると段々と霧が出てきたところで、フランチシュカが倒れていた。
「うにゃ~うにゅにゅ~」
「ね、寝てる!?」
「ほら、フランチシュカ! 起きなさい!」
エミリリアがペシッと頬を叩くが一向にフランチシュカが起きる気配はない。
「これはダメだな…」
魔力視で辺りを見てみると、火の魔力がかなり濃密になっていた。
「もしかして…この霧自体が火の魔力で出来ているのか?」
「なんだと?」
普通、霧といえばセーフリームニルなどのような水属性や空気属性の魔法によって起こされる。それがそもそも火属性だなんておかしな話だ。火属性の液体といったら、油か、それこそ――
「…まさかお酒か」
お酒の霧だなんて聞いたことがない。そうなると魔力酔いではなく、普通に酒に酔って倒れたと言うことになる。
「酒の霧か…。そいつは厄介だな…」
普通酒は飲むものだ。酒の強い弱いは魔力抵抗だけでなく体質などもあるだろうが、霧状になんてなっていたら胃ではなく肺に入ってしまう。いくら酒に強い体質でも卒倒してしまうだろう。
「コーダにゃ~ん!」
倒れていたはずのフランチシュカが飛び掛かって頬ずりしてくる。
「や、ちょっと! フランチシュカさん! しっかりしてください!」
離そうとするがなかなか力が強い。魔法の練習ばかりで碌に筋トレなんてしてこなかったのが災いした。エミリリアも止めてくれないのかと思って見てみると、何やら恍惚と上気して、宙に幻を追いかけているようだ。
「あぁ、大宇宙の真理が、こんなところに!」
もはや何を言っているのかも分からない。
カイサは唐突に何か缶詰のようなものを取り出して開けようとしている。……おいおい、それって、シュールストレミングじゃないか! いくらユングヴィアランドの郷土料理と言えど、こんな錯乱状態の時に開けたら大変なことになる! 服に付いたりしたら、本当にしばらく強烈な臭いが取れなくなってしまう。
抱きついたままのフランチシュカを引き剥がすのを諦め、引きずったままカイサから缶詰を取り上げる。取り上げた缶詰を見て、なんでこんなもの持って来てるんだと疑問しか湧かない。
ベルやニコライは大丈夫かと思って見てみると、二人とも案外平気そうだ。
「ちょっと…。見てないで少し助けてくれませんか?」
すると、ベルは僕らの方を一瞥して――
「合点! 今助けてやる!」
そう言って自慢の大槍を一息に振り下ろした。手近な樹に。
「成敗! 成敗!」
ザク。ザク。
どんどん斬り刻まれていく。手近な樹が。
やっぱり酔ってんじゃないか!
「か、会長! ベルさんを止めてください!」
「む、よし分かった」
会長は大丈夫そうで良かったと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「いいか、まずベルを止めるのに重要なのは、あの腕の振り下ろしに使われてる上腕筋を止めるのではなく、体幹を支えている大腰筋が重要なのだ!」
――あぁもう! 会長も酔ってんじゃないか!!
『Setjið Vatn fyrir þætti――
Byrjaþu útdrátt――
Gerðu straum――
Framkvæma forritiþ』
一息で詠唱を終えると上空に水を集め、それを一気に降らせる。
「水魔法 Lv 1 カタラクティス!」
バッシャーン!
バケツをひっくり返したような冷や水を全員に浴びせる。僕に絡みついているフランチシュカにも掛けなければならなかったので、僕までずぶ濡れだ。
「………」
「………」
「………」
各々が正気に戻る。フランチシュカに至っては僕に抱きついたまま正気に戻り、何が何だか分からない様子で僕を見つめてくる。
「あの…そろそろ離れてくれません?」
「んにゃ!? ご、ごめんにゃ…」
慌てて僕から離れて体を震わせるフランチシュカ。濡れた犬や猫がよくやるあれだ。お陰で周りに水飛沫が飛ぶ。
「わぷっ! ちょっと、フランチシュカ、それやめなさい!」
エミリリアがそう言うが、もはや全員ずぶ濡れなのでそれを制止しても意味がない。フランチシュカにしても、体を震わせたところで髪や肌の水滴は多少払えても、濡れた服が乾いたりはしない。
「あ、ご、ごめん。つい癖で…」
さすがに全員をずぶ濡れにさせてしまった手前、申し訳ないので乾かすことにする。
『Setjið――
Vindur fyrir þætti――
Eld fyrir þætti――』
左手に空気の魔力を。
右手に火の魔力を。
配分は、8 : 2。
『Greina samsetningu――
Þykkni innihaldsefnið――
Endurtaka samsetningu――
Þétta það――
Kveikja á það――』
以前、スティーグさんから二重魔法にまつわる話を聞いた後、僕は自分で水と火の二重魔法について実験していた。けれど、結果は熱湯が出来ただけで、爆発などしなかった。魔法まで使っておいて、ただお湯を沸かしただけだなんて、それこそ臍で茶を沸かす様な話だが、僕はそれを失敗とは考えなかった。
『Byrjaðu útdrátt――
Gerðu vegg――
Framkvæma forritið』
土魔法 Lv 1 の詠唱に使用する形態を借用した。空気八割、火二割で混合された魔力の渦が熱風となって全員を取り囲む。
そう、要するに配分する魔力の量によって結果が変わる。
水と火の二重魔法の場合、
水の魔力が多ければ火が消えて終わる。
火の魔力が多ければお湯が湧くか、
極端に火の方が多ければ水は湧くどころか蒸発して消えていく。
そして――この配分はまだ見つけることは出来ていないが――おそらく、ある一定の配分量で二重魔法を発動した場合において、水と火が水蒸気爆発を引き起こす。
彗星の如く現れた史上最初の二重魔法使いは、たまたまその配分量を実現してしまい、大きな爆発を起こしてしまった。
――つまり、魔法は成功していた。
まさに、三人目の二重魔法使いの言った通り、それが正常な結果の一つであった。
今まで僕は二重魔法を使う時において、魔力量の配分というものは考えてこなかった。右手に全力、左手に全力の魔力。つまり、毎回大体 1 : 1 にしかならない。水害大灰猪との戦いを経て僕が得た課題は、詠唱の高速化と魔力の出力量のコントロールだった。
そして、今回の二重魔法もお湯を沸かした時とやり方は同じだ。温める対象が水から空気に変わっただけだ。けれど空気は水に比べて温まりやすい。だから水を温めるときほどの火は要らない。そうして導き出した配分が 8 : 2 だった。
だがそうなると、僕の興味は止まらない。魔獣の食材を食べた時の効果、火種にする触媒の種類、使う魔法属性の組み合わせ、魔力量の配分、あるいは複数の魔獣食材を組み合わせた場合や、複数の触媒を火種にする場合の組み合わせまで考慮すると、それら全ての組み合わせは無限に広がる。僕が一生かけても試しきれない。
特定の魔獣食材を特定の配分で配合したものを食べた後に、特定の材料を特定の配分で配合したものを火種にして、特定の魔法属性を特定の配分の魔力量で、魔力操作を行う。そんな最高の魔法を見つけ出すなんてことは、バルト海の砂浜で砂金を探すよりも難しいことだろう。
だから魔法士は総当たりで試していくなんて無謀なことはしない。
だから魔法士は最高の魔法を見つけるのには知識が要る。
だから魔法士は真理を究める。
だから魔法士は真髄を極める。
だから魔法士は神髄を求める。
――さて、そろそろみんなの服も乾いた頃合いだろう。
そう思って、自分の手を見てみると、シュールストレミングの缶詰を火種の触媒にしてしまっていたことに気付いた。
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前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
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