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二十二杯目『赤ののみもの』
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カウンターの隅っこで、ハリネズミとイトーくんがいた。仲良く身を寄せ合って、目を閉じて大人しくじっとしている。
有紗は二匹に目線の高さを合わせ、凝視していた。
時々ひくひくと鼻が動く。身じろぎしたり、前足の位置を変えたりしながらも、二匹は離れる様子もなくくっついている。
「宇佐木くん、このハリネズミ、どうしたの?」
「妃のハリネズミなんだけど、ちょっとだけ預かってくれとか言って一昨日、置いてっちゃったんだよ」
「妃さん、ハリネズミ飼ってるんだ……」
「そう。ハリネズミのタマ」
「タマ? それ、名前?」
「そう。名前」
「なんでタマなの? 普通は猫の名前なのに」
「妃が名前つけたから知らね。てっさのネーミングも妃だし」
「妃さんのネーミングセンスって……」
赤点ギリギリのネーミングが妃によるものだったことを知り、少しだけ衝撃を受けた。もしかしたらイトーくんもそうなのかもしれない。
もしそうだとしたら、
――可愛いのに、可哀想……かなぁ。
覗き込んでも二匹はじっとして動かない。
「撫でても大丈夫かな?」
「びっくりさせなきゃ大丈夫だから、そっとな」
「うん、わかった」
人差し指で、針の流れに沿って一回、二回と撫でる。
硬いには硬いが、想像していたよりも柔らかく感じた。余りしつこくするのも良くないと思い、四回撫でて手を引いた。
「でも何で妃さん――」
ばぁぁぁん、りん、りりりん!
言葉を遮る扉の音と共に入ってきたのは、噂の人、その人だった。
タマが驚いて針を逆立ててしまい、イトーくんが鳴いている。
「ちー」
「きー」
「ちー」
「きー」
痛いよー、ごめんよーとでもいった感じか。互いに鳴いて、短い前足でお互いをぺちぺち叩いている。
騒音の当事者は入ってくるなり、
「桂、茶!」
いつもの調子で乱暴に言葉を投げる。今日も赤いスーツが目に眩しい。
妃は有紗を見てニカッと笑うと、
「おお、アリス。来てたのか。どうだ。うちの店で楽しめているか」
「はいっ。いつもお世話になってます!」
「堅くなるな。贔屓にして貰ってるみたいだからな。世話になっているのは寧ろこちらの方だ。……桂ァ!」
――桂さん呼ぶときだけ声のドスが違うよう……。
妃との接し方はまだ模索段階だ。飾らず忌憚なく話すのが良さそうだと思いつつも、少し乱暴な物言いに怖じ気づいてしまう。
「そんなに怒鳴らないでくださいよう。飲み物なら宇佐木くんに頼めばいいのに~」
二階から降りてきた桂が、口を尖らせて言う。
「弥生はコーヒー係だろ。私はお茶だと言っている」
「じゃあ、今日はローズヒップティーでも淹れましょうか」
「うん、それでいい」
ローズヒップと聞いて、口の中が唾液で一杯になった。とても酸っぱい、美容に良さそうな味のハーブティーを以前飲んだことがある。すすんで飲もうとは思えない酸っぱさだった記憶があり、思い出してまた唾液を飲んだ。
「妃。ハリネズミ預けて何やってたんだよ」
先ほど有紗が言いかけていた疑問を、宇佐木が代わりに尋ねた。
妃はいつもはジャックが座っているカウンター席に腰掛けながら、
「急に模様替えと大掃除をしたくなってな。埃っぽいと良くないだろ。だから預けた」
「模様替えと大掃除ねぇ……」
「そうだアリス。折角部屋を綺麗にしたから、遊びに来ないか。パジャマパーティーしよう」
「パジャマパーティー!」
変な声を上げたのは有紗だった。
キラキラしたその単語を口にする日が来るとは思ってもみなかった。
「したいです、パジャマパーティー! いつ、いつにします?」
「気が早いなぁ、アリスは。もうちょっと片付けたいから、また改めてお誘いしよう」
「はいっ、楽しみにしてます!」
「ちょっとおまえら」
割って入ってきたのは宇佐木だ。
「それって妃の家でやるんだろ?」
「そうだが?」
「ってことは、ジャックも居るんだろ?」
「エースもいるぞ」
「キングもいるじゃん」
「なんだ、面白くないのか。じゃあ弥生、おまえも来るか?」
「お、俺は別にいいよ。じょ、女子会、楽しめばいいじゃん」
「は~い。ハイビスカスとブレンドしたローズヒップティーですよ~」
更に桂が割って入ってきた。
妃の前に置かれたのは、取っ手付きの透明なガラスカップに注がれた、真っ赤な紅茶だ。
いかにも妃が好みそうな鮮やかな赤をしている。
「うわぁ。真っ赤だぁ」
「どうだ。アリスも飲むか?」
「遠慮します。酸っぱい顔になっちゃうし」
「苦手か。はははっ」
有紗の元にまで酸味のある香りを届けてくるそれを、妃は何でも無いように飲んでいる。
――大人の余裕を感じる……。
いつかあんな風に飲めるようになるだろうか。それにはまず慣れなくてはならない。夢が叶うのは当分先のことになりそうだ。
いつの間にか二匹の小動物も大人しくなり、また仲良く身を寄せ合って目を閉じている。
撫でたい、と思いつつも、起こしてしまうのは可哀想でその気持ちを抑えていた。
一瞬、静けさが店内に立ち込めた。
それを打ち破ったのはやはり、ドアベルの澄んだ音。
「駐車場空いて無くてぐるぐるしちゃったよぉ」
愚痴をこぼしながら入ってきたのはエースだった。
「エースくん、久しぶり」
有紗から話しかけると、エースは目を輝かせて飛んできた。
「わぁ、アリスだ! 久しぶり! 全然会えなかったけど何してたの? 夏バテしたりしてない? 大学の夏休み、そろそろ終わっちゃうでしょ? 朝とご飯食べたって聞いたけど、ボクとも行こう?」
脈絡のない質問が矢継ぎ早にやってきて、少し眩暈がする。
「えっと……」
何から答えたら良いのか解らず、取り敢えず最後の質問を拾うことにした。
「ご飯なら、今度一緒に行こ」
「やったー! 絶対だよ。約束だよ」
そうして、何年かぶりの指切りをすることとなった。
有紗は二匹に目線の高さを合わせ、凝視していた。
時々ひくひくと鼻が動く。身じろぎしたり、前足の位置を変えたりしながらも、二匹は離れる様子もなくくっついている。
「宇佐木くん、このハリネズミ、どうしたの?」
「妃のハリネズミなんだけど、ちょっとだけ預かってくれとか言って一昨日、置いてっちゃったんだよ」
「妃さん、ハリネズミ飼ってるんだ……」
「そう。ハリネズミのタマ」
「タマ? それ、名前?」
「そう。名前」
「なんでタマなの? 普通は猫の名前なのに」
「妃が名前つけたから知らね。てっさのネーミングも妃だし」
「妃さんのネーミングセンスって……」
赤点ギリギリのネーミングが妃によるものだったことを知り、少しだけ衝撃を受けた。もしかしたらイトーくんもそうなのかもしれない。
もしそうだとしたら、
――可愛いのに、可哀想……かなぁ。
覗き込んでも二匹はじっとして動かない。
「撫でても大丈夫かな?」
「びっくりさせなきゃ大丈夫だから、そっとな」
「うん、わかった」
人差し指で、針の流れに沿って一回、二回と撫でる。
硬いには硬いが、想像していたよりも柔らかく感じた。余りしつこくするのも良くないと思い、四回撫でて手を引いた。
「でも何で妃さん――」
ばぁぁぁん、りん、りりりん!
言葉を遮る扉の音と共に入ってきたのは、噂の人、その人だった。
タマが驚いて針を逆立ててしまい、イトーくんが鳴いている。
「ちー」
「きー」
「ちー」
「きー」
痛いよー、ごめんよーとでもいった感じか。互いに鳴いて、短い前足でお互いをぺちぺち叩いている。
騒音の当事者は入ってくるなり、
「桂、茶!」
いつもの調子で乱暴に言葉を投げる。今日も赤いスーツが目に眩しい。
妃は有紗を見てニカッと笑うと、
「おお、アリス。来てたのか。どうだ。うちの店で楽しめているか」
「はいっ。いつもお世話になってます!」
「堅くなるな。贔屓にして貰ってるみたいだからな。世話になっているのは寧ろこちらの方だ。……桂ァ!」
――桂さん呼ぶときだけ声のドスが違うよう……。
妃との接し方はまだ模索段階だ。飾らず忌憚なく話すのが良さそうだと思いつつも、少し乱暴な物言いに怖じ気づいてしまう。
「そんなに怒鳴らないでくださいよう。飲み物なら宇佐木くんに頼めばいいのに~」
二階から降りてきた桂が、口を尖らせて言う。
「弥生はコーヒー係だろ。私はお茶だと言っている」
「じゃあ、今日はローズヒップティーでも淹れましょうか」
「うん、それでいい」
ローズヒップと聞いて、口の中が唾液で一杯になった。とても酸っぱい、美容に良さそうな味のハーブティーを以前飲んだことがある。すすんで飲もうとは思えない酸っぱさだった記憶があり、思い出してまた唾液を飲んだ。
「妃。ハリネズミ預けて何やってたんだよ」
先ほど有紗が言いかけていた疑問を、宇佐木が代わりに尋ねた。
妃はいつもはジャックが座っているカウンター席に腰掛けながら、
「急に模様替えと大掃除をしたくなってな。埃っぽいと良くないだろ。だから預けた」
「模様替えと大掃除ねぇ……」
「そうだアリス。折角部屋を綺麗にしたから、遊びに来ないか。パジャマパーティーしよう」
「パジャマパーティー!」
変な声を上げたのは有紗だった。
キラキラしたその単語を口にする日が来るとは思ってもみなかった。
「したいです、パジャマパーティー! いつ、いつにします?」
「気が早いなぁ、アリスは。もうちょっと片付けたいから、また改めてお誘いしよう」
「はいっ、楽しみにしてます!」
「ちょっとおまえら」
割って入ってきたのは宇佐木だ。
「それって妃の家でやるんだろ?」
「そうだが?」
「ってことは、ジャックも居るんだろ?」
「エースもいるぞ」
「キングもいるじゃん」
「なんだ、面白くないのか。じゃあ弥生、おまえも来るか?」
「お、俺は別にいいよ。じょ、女子会、楽しめばいいじゃん」
「は~い。ハイビスカスとブレンドしたローズヒップティーですよ~」
更に桂が割って入ってきた。
妃の前に置かれたのは、取っ手付きの透明なガラスカップに注がれた、真っ赤な紅茶だ。
いかにも妃が好みそうな鮮やかな赤をしている。
「うわぁ。真っ赤だぁ」
「どうだ。アリスも飲むか?」
「遠慮します。酸っぱい顔になっちゃうし」
「苦手か。はははっ」
有紗の元にまで酸味のある香りを届けてくるそれを、妃は何でも無いように飲んでいる。
――大人の余裕を感じる……。
いつかあんな風に飲めるようになるだろうか。それにはまず慣れなくてはならない。夢が叶うのは当分先のことになりそうだ。
いつの間にか二匹の小動物も大人しくなり、また仲良く身を寄せ合って目を閉じている。
撫でたい、と思いつつも、起こしてしまうのは可哀想でその気持ちを抑えていた。
一瞬、静けさが店内に立ち込めた。
それを打ち破ったのはやはり、ドアベルの澄んだ音。
「駐車場空いて無くてぐるぐるしちゃったよぉ」
愚痴をこぼしながら入ってきたのはエースだった。
「エースくん、久しぶり」
有紗から話しかけると、エースは目を輝かせて飛んできた。
「わぁ、アリスだ! 久しぶり! 全然会えなかったけど何してたの? 夏バテしたりしてない? 大学の夏休み、そろそろ終わっちゃうでしょ? 朝とご飯食べたって聞いたけど、ボクとも行こう?」
脈絡のない質問が矢継ぎ早にやってきて、少し眩暈がする。
「えっと……」
何から答えたら良いのか解らず、取り敢えず最後の質問を拾うことにした。
「ご飯なら、今度一緒に行こ」
「やったー! 絶対だよ。約束だよ」
そうして、何年かぶりの指切りをすることとなった。
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