有栖川茶房

タカツキユウト

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二十五杯目『ウサギの役割』

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 宇佐見真白は奥歯を噛んでいた。
 店に入ってすぐに目に入った面々を見て、不快と怒りで脳内がいっぱいになっている。
 桂がどうしても人手が欲しいと言うから忙しい間を縫ってやってきたのに、蓋を開けたらこれだ。
 弥生は居るし、ジョリーと環、そして忠臣がなにやら真剣な顔をしながらも各々飲み物を手にしている。
 ――何が忙しい、だ。
 桂の言うことを鵜呑みにした自分にも落ち度がある。
 ――しかもなに、この会合。
 イカレ店主。沸いたウサギ。ワイルドカード。スペードのキング。ハートのジャック。
 ――裁判にもなりやしない。
 毎秒毎にふつふつと苛立ちが湧いてくる。
 いつもの癖で一度左手首に巻いた時計を見てから、
「僕、何で呼ばれたのかな。これでもすっごく忙しいんだけど」
「ごめんねぇ、宇佐見くん。環くんがどうしても呼んでって言うから~」
 桂から環に目線を移せば、
「悪いな、真白」
「で、何。何の用? 用事が終わったら僕、すぐ行くからね」
「取り敢えず座――」
「用件は何」
 座ってゆっくりするつもりは毛頭無い。そんな時間も無いし、今は有栖川茶房に長時間居たくない。
 環の言葉をはねのけて、宇佐見はますます口を尖らせた。
「その、……〝アリス〟について――」
「〝アリス〟!」
 その単語に、宇佐見は叫ぶように声を上げた。
「〝アリス〟がなんだって? 僕は知らないよ。誰がなんて言おうと、もう導いたりなんてしないんだからな」
 途端、皆が妙な顔をした。
 何人かは眉をひそめ、桂は首を傾げ、弥生は口を開けている。
「な、何その顔」
「どういうことだ? 〝アリス〟はもうお茶会に参加してるぞ」
「はあ?」
 耳を疑った。
「なんで〝アリス〟が来てるのさ。僕は導いてないし、探してもいなかったんだから」
「どういうことだ?」
 同じ事をまた環が聞いてきた。
 答えは一つ。
「知らないよ」
 意味も無く、また時計を見る。全く進んでいない時計の針に苛立ちを深めながら、ぎりぎりとまた奥歯を噛む。
「僕はこのくだらないシステムを早く終わらせたいんだよ。そんなこと、もうみんな知ってるだろ? その僕が今更〝アリス〟を導くと思う?」
「導いてないなら、何故……」
「それこそ知らないよ!」
 怒りが、哀しみへと色を変えていった。
 哀しい。この輪廻は哀しい。ただ回っているように見えて、残る者と去る者がいる。
「トランプはいいよね。一旦終われば、みんな忘れて解散できるから。でもさ、取り残される身にもなってよ。忘れられて、また一からやり直しで。一人じゃないだけマシだけど、もうこんなループ、うんざりなんだよ」
 吐き出すように宇佐見は言った。
 再び顔を合わせても、初対面に戻ってしまうその虚しさ。覚えていたくても薄れていってしまう〝アリス〟の記憶。そして、物語に喰われていく〝アリス〟と二十人のこと。どれを思っても腹立たしさや哀しみしか覚えない。
 楽しいと思っていたのは、最初の一回だけだ。
 正解を模索しても、いつも気付けば物語は閉じてしまっている。振り出しに戻って、また同じ事の繰り返し。
 誰かが〝アリス〟になり、誰かが〝トランプ〟になる。
 後は成り行き任せ。
 宇佐見の仕事は主人公をこのお茶会の会場へ導くこと。そうとはっきり自覚していたから、反旗を翻した。
 主人公がいなければ、話は始まらない。
 例え誰かが選ばれてしまっていたとしても、会場へ来なければ何も進まない。
 ――そう思って逃げてたのに……!
 ぶつけようのない悔しさに、更に奥歯を噛む。

 りん。りりん。

 不意に、ドアベルが鳴った。
 振り返ると、きょとんと立ち尽くした女の子が一人。
「入っちゃ……まずかったですか……」
 閉じた世界にあるこの喫茶店へ入れるのはお話のメンバーか、よほどの術者か物の怪か。
 それを考えれば、自ずと彼女の正体が分かる。
「君が……〝アリス〟?」
「あっ! あのときの人!」
「えっ?」
 意外な一言に、宇佐見は眉をひそめた。
「僕、君とは会ったことないよ?」
「直接お会いしたわけじゃないですけど、初めてここに来たとき、このお店から出てきたのをちらっと見ただけで」
「……もしかして、あのときに……」
「そう。それで、このお店に気付いたんですよ。あの、私、有紗っていいます」
「なんてことだ……」
 結果として導いてしまっていた、ということになる。
 努力は無駄だった。どんなに頑張っても、役割としての性は捨てきれないらしい。
 眩暈を伴う絶望が覆い被さってきた。
「だ、大丈夫ですか?」
「気にしないで……。ごゆっくり……」
 それだけ言うのが精一杯だった。
 彼女の横を通って、宇佐見はふらふらと店を出た。

   *

 真っ青な顔をして出て行った彼を目線で追うも、閉まった扉に遮られてしまった。
「今の方って、店員さん……ですか?」
「そう。宇佐見真白くん。たまーーーに手伝ってくれるんだ」
「ああ、あの、キングさんが言ってた宇佐木くんと名前がややこしい人って、宇佐見さんだったんですね」
 応答してくれる桂はいつも通りだが、空気がいつもと全く違う。
 ジャックも環も何処か沈鬱な顔をしていて、また、有栖川茶房には珍しくジョリーの姿がある。
「なにか、お話し合いとか……されてました?」
「いや、いいんだ。大丈夫」
 環は大丈夫と言うが、可能ならば回れ右をして帰りたい。そうする勇気もなく、かといってそれ以上何かを尋ねることも出来ずに、有紗は店の奥のソファ席へ向かった。
 メニューを広げて眺めても、内容が頭に入ってこない。
 ――何があったんだろう……。
 メニューと向こう側を交互に盗み見る。カウンターの三人は、静かに各自の飲み物を飲んでいて、これといった会話はない。
 ただただぎこちない雰囲気だけが漂ってきて、少しも落ち着かなかった。
 宇佐木が水を持ってきて、
「今日はどうする?」
 と訊かれても、何も決めていなかったので返答できなかった。
「えっと……どうしよう」
 急いでメニューに目を走らせる。
「ストレートティーと……ショートケーキを……」
「ホットとアイス、どっちにする?」
「んー。ホットにしようかな」
「了解」
 宇佐木が行ってしまうと、居心地の悪さが戻ってきた。
 てっさでもいれば構って気を紛らわせることが出来るのに。
 ――本でも読もうかな……。
 せめて向こう側を気にしていないポーズだけでもしようと、鞄から読みかけの本を取り出して広げた。
 早速読み始めたが、やはり気がそぞろでまるで内容が頭に入ってこない。
 目線を上に上げると、環が桂に二言、三言話して、席を立った。
 ドアベルが鳴って、環が外へ出て行く。ジョリーとジャックはそのままだ。
 同じ文章を繰り返しなぞって読んでいると、宇佐木が紅茶とケーキを運んできた。
「はい。今日の紅茶はダージリン・セカンドフラッシュ」
「それって、結構高いやつじゃなかったっけ……」
「大丈夫だって。環の奢りだから」
「環さん! また!」
「自分と同じのをアリスに、って言って、代金置いて行っちゃったぜ?」
「まさか、このケーキも……」
「環が払っていった。迷惑料って言ってたし、奢られとけよ」
 確かにこの雰囲気は異様だが、迷惑料を払って貰うほど迷惑はしていない。
 申し訳なくなり、置かれた紅茶とケーキを前に有紗は少し項垂れた。
 ――この間やっとお礼言えたばっかりなのに。
 断るにもお礼を言うにも、奢ってくれたその人はもういない。
「いただきまぁす」
 心の中で、ありがとうございます、と叫びながら、ショートケーキをフォークで切り取った。
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