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第一章 王国動乱篇
第二十一話 格差②
しおりを挟む「覚悟は良いか、獣」
「Gruu……」
視線を交わす二体。
直後、ヴェルフェールの姿が消えた。
いや、消えたと思う程の速度で突進し、バジリスクの腕を食い千切った。
頑強だと思われた鱗など意にも介せず、一噛み。
いとも容易く巨大な部位を千切り取ったのだ。
「この程度、我が出るまでもなかったのではないか? これに苦戦するとは、やはり衰えたな、ノア」
「本調子ではないだけさ」
「U…………Gruaaaaaaaaaaa!!」
軽口を吐く余裕がある。そこまで力の差は歴然であり、私も勝利を確信している。
醜い断面から血を撒き散らし、怒りに震えるバジリスクは恐怖など忘れヴェルフェールに突っ込む。
一歩一歩が大きく、ぐんぐんと距離を詰めている。中々の速さだ。
しかし。
「――――『速さ』、とはこういうことだ」
ヴェルフェールの前足が僅かにブレる。見間違いと感じる程に、一瞬だけ。
次の瞬間には、バジリスクは地に伏せていた。
巨体の影響で地面が揺れる。
私の身体の数倍以上はある太さの二本足は、滑らかな断面で綺麗に切断されていた。
私の眼が辛うじて捉えたのは、宙を滑る斬撃が二つ、放たれていたところだけだ。
動けなくなったバジリスクは、身体を震わせ、動くことが出来ない。
怒りに身を任せたところで、命はないと理解したらしい。
一度魔眼を光らせるも、当然ヴェルフェールには効くことはない。
「終いだ」
倒れ伏すバジリスクに向かって、ヴェルフェールは大きく口を開ける。
目に見えてわかる、極度に濃縮された魔力。
それが口内に集中する。
間違いない、こいつはブレスを放つつもりだ。
ライラへと伝え、急いで障壁を展開する。余波だけでダメージを負いかねない、恐ろしく濃密な魔力。
ちらり、ヴェルフェールと視線が交わる。
抜け目のない奴だ、しっかり障壁の展開を確認していた。口ではああだが、考慮してくれているらしい。
ブレスが放たれる。避ける術の無いバジリスクの身体は、純白のブレスに飲み込まれた。
そのまま勢いは止まらず、迷宮の壁へとぶつかり耳を劈く爆発音を響かせた。
凄まじい衝撃、その威力を物語る様に障壁には罅が入っていた。
呆れたものだ、以前より威力が上がっている。三千年もあれば成長もするか。
ブレスが霧散した後には、何も残っていなかった。バジリスクの身体も、腕も、血の痕跡さえも。
やりすぎだ、とは思わなくもないがストレス発散でもしたかったのかもしれない。
「及第点、というところか」
「今ならその首、噛み千切ってやれるが?」
「身体まで分けられてしまったら堪ったものではない」
「ふえー、まおーさまとこんな風に話しているって、なんか不思議な感じですねー」
悠々とこちらへ歩いてくるヴェルフェールに向かって、ライラが話しかける。
すると、小さく上瞼を開き、意外そうに私を見つめるヴェルフェール。
「まおーさま、か。まだその名で呼ばれているのか?」
「世界中に広まっている、もうどうしようもないのだろうな」
「恨むなら神を恨め」
「もちろん、三千年は恨んでいる」
「随分と念入りなことだ」
ヴェルフェールは正真正銘、三千年前から私と共に過ごしてきた存在だ。
何をしていたかも、何をしようとしていたかも、その想いも。全て知っている。
七欲の彼らが私を慕う者であれば、ヴェルフェールを筆頭とする幻獣達は、私の隣で笑いあう友人だ。どちらが良いだとか、上だとかはない。どちらも、確かに頼りになる者達だ。
ヴェルフェールは、その巨体から通路などの狭い場所での戦闘には向かない。そのため、今回はそのまま休んでもらう。
最も、休むほど疲れてはいないと思うが。
「姿はみっともないが、元気なようで何よりだ」
「次はもっとマトモな状況で呼び出してやろう」
「はは、期待している。他の者にも顔を見せてやるといい」
「覚えておく」
なんだかんだ言って、会うのは約三千年ぶりだ。旧友との再会、というべきか。
ライラも最初以降、空気を読んで口を挟んだりはしてこなかった。
挨拶も終え、ヴェルフェールを退去させようと、額に手を翳したその時。
背中に気持ちの悪い、異質な雰囲気が突き刺さる。
何か能力を使ったのか、それとも転移魔法陣で階層をまたいだ影響か。ついさっきまで微々たるものであった感覚が、冴えわたる様に。
この雰囲気は、確か――――――――――――。
「勇者参上! 大丈夫か、そこのお嬢ちゃん達!」
光の中から現れたのは、訓練場で見た、あの異質な男だった。
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