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第一章 闇に蠢くものたち
来日
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コツ、コツとコンクリートの床を叩いてアジトに向って近づいてくる足音が聞こえた。チャイとラットは同時にドアに視線を向けた。ガチャリ。ドアが開いた。ピンクのフリルスカートなどロリータファッションに身を包んだ若い女が姿を見せた。
「……なんだ、おまえ?」
女はラットのその問いかけを無視してソファに座るチャイに近づいていった。
「久しぶりだな、ジジイ」
「元気そうだな」
チャイは女のぞんざいな口の聞き方を少しも気にする様子もなく応じる。ソファはL字型に配置されており、女はチャイの斜向かいに腰を下ろした。
「いつこっちに着いた?」
「東京本土に着いたのは昨日だ。渋谷と原宿を観光してから今日有島に着いた。なかなか面白いところだ。気に入ったよ」
「それはよかった」
「メイド喫茶にも行ってみたい。どこにある?」
「それは秋葉原が本場のはずだが、この有島にも何軒かあったはずだ。なあ、ラット?」
チャイは近くに立っていたラットに話を振った。
「というより、ボス、この女はいったい誰なんですか?」
「私がバンコクから呼び寄せた最終兵器だよ。名前はリリスだ」
「……嘘でしょ?」
「本当だ」
「こんな女が中国マフィアの連中と対等に渡り合えるっていうんですか?」
「ああ、もちろんだ」
ラットは言葉を失って天を仰いだ。チャイは高齢のせいでいよいよ頭がぼけてしまったのだろうかと思った。
「たしか、おまえが組織に加入したのは有島に来てからだったな。リリスのことを知らなくても無理はないか」
「こいつは誰だ?」
リリスがチャイに訊いた。
「うちの幹部のラットだ。機転が利いて日本語も流暢に話せるなかなか有能な奴だ」
「ジジイのところには今こいつしかいないのか?」
ソファセットと事務机だけ置かれた室内は三人ではやけに広く感じられた。天井近くの壁に設置された小さな仏壇から昇る線香の煙もどことなく寂しげだった。
「みんな出払っていてね。それに中国マフィアとの抗争でだいぶ人数が少なくなった」
「そんなに死んだのか?」
「タイに逃げ帰った者も多いよ」
「メイド喫茶は?」
「ああ、そうだったな。おい、ラット。今度リリスをメイド喫茶に案内してやってくれ」
「俺はそういう店には行かないのでわかりません」
「じゃあ、調べておけ。すぐにわかるだろう。それとリリスの有島での生活全般もおまえが面倒を見てやるんだ」
「なんで俺が……」
「おまえしか適任者がいない」
「よろしくね、ラットちゃん。私、日本に着いたばかりでぜんぜんわからないの」
リリスはそう言ってペロッと舌なめずりをする。妖艶な雰囲気の美人ではあるが、ラットはまるで毒蛇に睨まれているかのような寒気を覚えた。
「仕事の話に入ろうか。おまえにまず討ち取ってもらいたいのは中国マフィアのボスだ」
「この島にはヤクザとか南米系のごろつきも多いんだろ?」
「そいつらは放っておいても構わん。まずは中国マフィアだ」
チャイは携帯電話を操作し、テーブルの上にわずかに浮かせる形で空中に有島全土の地図のホログラムを映し出す。
「ボスの名前は張暁明。奴の根城はわかっていないが、週に何度か必ず中華街近くのカジノに顔を出すということだけはわかっている」
チャイが地図に指先で触れるとその部分が拡大表示される。
「場所はここだ。表向きの看板は会員制ホテルとなっているが、その実態は奴らの経営する裏カジノだ」
「カジノ内部の見取り図はあるか?」
「それはない」
「それなら、まずは私が客として潜入して様子を見てきたほうがよさそうだな」
「それができればいいんだが、誰かの紹介がないと……」
ラットはその場から少し離れて二人の話し合いの様子を客観的に眺めた。リリスは後ろ髪を大きな水色のリボンで結んでいる。会話の内容を切り離すと、その光景は頭のいかれた女が風俗の仕事の面接を受けているようにしか見えなかった。
「……なんだ、おまえ?」
女はラットのその問いかけを無視してソファに座るチャイに近づいていった。
「久しぶりだな、ジジイ」
「元気そうだな」
チャイは女のぞんざいな口の聞き方を少しも気にする様子もなく応じる。ソファはL字型に配置されており、女はチャイの斜向かいに腰を下ろした。
「いつこっちに着いた?」
「東京本土に着いたのは昨日だ。渋谷と原宿を観光してから今日有島に着いた。なかなか面白いところだ。気に入ったよ」
「それはよかった」
「メイド喫茶にも行ってみたい。どこにある?」
「それは秋葉原が本場のはずだが、この有島にも何軒かあったはずだ。なあ、ラット?」
チャイは近くに立っていたラットに話を振った。
「というより、ボス、この女はいったい誰なんですか?」
「私がバンコクから呼び寄せた最終兵器だよ。名前はリリスだ」
「……嘘でしょ?」
「本当だ」
「こんな女が中国マフィアの連中と対等に渡り合えるっていうんですか?」
「ああ、もちろんだ」
ラットは言葉を失って天を仰いだ。チャイは高齢のせいでいよいよ頭がぼけてしまったのだろうかと思った。
「たしか、おまえが組織に加入したのは有島に来てからだったな。リリスのことを知らなくても無理はないか」
「こいつは誰だ?」
リリスがチャイに訊いた。
「うちの幹部のラットだ。機転が利いて日本語も流暢に話せるなかなか有能な奴だ」
「ジジイのところには今こいつしかいないのか?」
ソファセットと事務机だけ置かれた室内は三人ではやけに広く感じられた。天井近くの壁に設置された小さな仏壇から昇る線香の煙もどことなく寂しげだった。
「みんな出払っていてね。それに中国マフィアとの抗争でだいぶ人数が少なくなった」
「そんなに死んだのか?」
「タイに逃げ帰った者も多いよ」
「メイド喫茶は?」
「ああ、そうだったな。おい、ラット。今度リリスをメイド喫茶に案内してやってくれ」
「俺はそういう店には行かないのでわかりません」
「じゃあ、調べておけ。すぐにわかるだろう。それとリリスの有島での生活全般もおまえが面倒を見てやるんだ」
「なんで俺が……」
「おまえしか適任者がいない」
「よろしくね、ラットちゃん。私、日本に着いたばかりでぜんぜんわからないの」
リリスはそう言ってペロッと舌なめずりをする。妖艶な雰囲気の美人ではあるが、ラットはまるで毒蛇に睨まれているかのような寒気を覚えた。
「仕事の話に入ろうか。おまえにまず討ち取ってもらいたいのは中国マフィアのボスだ」
「この島にはヤクザとか南米系のごろつきも多いんだろ?」
「そいつらは放っておいても構わん。まずは中国マフィアだ」
チャイは携帯電話を操作し、テーブルの上にわずかに浮かせる形で空中に有島全土の地図のホログラムを映し出す。
「ボスの名前は張暁明。奴の根城はわかっていないが、週に何度か必ず中華街近くのカジノに顔を出すということだけはわかっている」
チャイが地図に指先で触れるとその部分が拡大表示される。
「場所はここだ。表向きの看板は会員制ホテルとなっているが、その実態は奴らの経営する裏カジノだ」
「カジノ内部の見取り図はあるか?」
「それはない」
「それなら、まずは私が客として潜入して様子を見てきたほうがよさそうだな」
「それができればいいんだが、誰かの紹介がないと……」
ラットはその場から少し離れて二人の話し合いの様子を客観的に眺めた。リリスは後ろ髪を大きな水色のリボンで結んでいる。会話の内容を切り離すと、その光景は頭のいかれた女が風俗の仕事の面接を受けているようにしか見えなかった。
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