絶望ダンデリオン

小林ていじ

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第ニ章 俺たちの夢

シュークリーム

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 ラットは紙袋を提げてマンションの一室のインターホンを押した。しばらく待ったが応答がないので、ドアノブに手をかけて開いた。そして足を踏み入れた瞬間、頭に銃口を突きつけられた。フリルのスカートなどのゴスロリファッションに身を包んだリリスだった。

「おい、冗談はやめろ」

 ラットが言うと、リリスはククッと笑って拳銃を下ろし、彼を部屋に招き入れる。

 ピンク一色にペイントされたドレッサーとタンス。ベッドの上には二体のクマのぬいぐるみが置かれている。女の子らしいというよりも狂気を感じるほどのメルヘンな空間にラットは居心地の悪さを感じた。

「腕を見せてみろ」

 彼はドレッサーの台の上に紙袋を置き、椅子に腰を下ろして言う。鏡にデニムシャツを着たラットの背中とリリスの胸元の黒いリボンが映る。リリスは右腕を差し出し、その前腕に貼られた湿布を剥がした。その下から手の平ほどの大きさの赤黒い痣が現れた。

「まだ痛むか?」
「少し」
「パンチを何発かガードしただけでこの痣か。よくこんな奴を相手にしたものだな」
「……すまなかった」
「どうした?」
「あいつを仕留めることができなかった」
「気にするな。おまえひとりでよくあそこまでやったものだよ」
「仕留められたはずだった。それなのに直前でビビッちまった。あいつ……怖いよ」

 リリスはそう言ってライオンに狙われた草食動物のような怯えを目元に滲ませる。彼女がラットにそんな表情を見せるのははじめてのことだった。

「そりゃあ怖いだろう。怖くて当たり前だ」
「気分転換したい。またどこか有島の面白いところに連れていってくれ」
「ダメだ」
「どうして?」
「この腕の痣」
「これくらいどうってことない」
「奴らに顔が割れてないとしてもその腕の痣を見られたら怪しまれるだろ」
「長袖の服で隠せばいい」
「ダメだ。治るまではなるべく部屋でおとなしくしてろ。……あ、そうだ。いいものをもってきたんだった」

 ラットは紙袋からチューブ入りの薬を取り出した。

「これを塗っておくといくらか治りが早くなるらしい。ほら、腕を貸せ」

 リリスの腕を掴んで軟膏を痣に塗る。彼女はその指先をじっと見つめながら訊いた。

「この痣が消えたらまた遊びに連れていってくれるか?」
「ああ、約束する」
「水族館に行きたいんだ」
「わかったよ。ところで、おまえ、甘いものは好きだよな?」
「嫌いじゃない」
「シュークリームも買ってきた」

 ラットは軟膏を塗り終えると、紙袋から淡いピンクの紙箱を取り出す。中にはクッキーのような厚い生地のシュークリームが二つ入っていた。

「今、お皿を用意する」

 リリスはキッチンのほうに向かおうとするが、ラットはそれを制して言った。

「いや、いい。俺はもう帰るからな」
「どうしてだ? 二つあるんだから食べていけばいいだろ」
「ボスのところに顔を出さないといけないんだ。おまえひとりで二つ食べろ」

 ラットはそれだけ言って部屋を出た。

 エレベーターで一階に下りる。鮮やかなオレンジと白の花が飾られた受付には若い女のスタッフが二人。光沢のある大理石の床に天井の照明の光が映し込まれている。

 有島ではそれなりに高級な部類に属する賃貸マンション。その契約の手続きや家賃の支払い等はすべてラットが行っていた。

 入り口の自動ドアを抜けて外に出るとすぐにワイシャツの胸ポケットからタバコを取り出す。口にくわえてライターで火をつけ、ふうっと煙を吐き出した。

 携帯電話が鳴った。ボスのチャイからの着信。

「リリスの様子はどうだ?」
「問題ありませんが、大事をとっておとなしくさせています」

 チャイと話しながら駐車場に止めてある自分のクルマに向かって歩いた。ふと背中に視線を感じて振り向いた。が、特に怪しい人影はない。十二階に位置しているリリスの部屋も見上げてみたが、窓に空高くに上がった太陽の光が反射しているだけだった。

「……どうした?」
「いえ、なんでもありません。これから事務所に顔を出します」

 ラットはタバコをアスファルトの地面に落として革靴で踏み消してからクルマの運転席に乗り込んだ。
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