絶望ダンデリオン

小林ていじ

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第ニ章 俺たちの夢

夜明け

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 青白い光が真っ直ぐに伸びる水平線を夜の中から浮かび上がらせていた。

 海岸沿いの道路をバイクで風を切って走っていた。健吾がハンドルを握り、洋平がその後ろに跨って健吾の腰に両腕をまわしている。吹き付ける風は少し冷たく、洋平の両腕にできた擦り傷にヒリヒリと痛んだ。

 しばらくして健吾はハンドルを左に切り、石畳の歩道の上でバイクを止める。前方の薄闇の中に三角屋根の倉庫のようなシルエットが見える。約二千人収容可能の有島区で最大規模のライブハウス、有島ホールである。

 二人はバイクを降りてフルフェイスのヘルメットを脱いだ。そして有島ホールのエントランスに通じる階段の途中に二人並んで腰を下ろす。洋平は背負っていたギターケースを開いてエレキギターを取り出した。左手でネックを掴んで右手の指で弦を弾く。掠れた音が鳴る。

「大丈夫だ。壊れてない」
「……ごめんな」
「謝るな。それよりもなにがあったのかぜんぶ説明しろ」
「俺はビルの屋上にいた。そうしたら、その真下でクンがあの二人にボコられてた」
「警察に通報は?」
「したよ。でも来なかった。たぶんあの血まみれの男に……」
「ヤられた?」

 健吾はうなずく。

「だけど俺たちはあいつに助けられた。いったい何者なんだ?」
「わからない」
「今こうして生きているのが嘘みたいだ」

 洋平は腰を上げ、ギターを構えたままエントランスに通じる階段を数段上がった。背中を中心に全身がズキズキと痛んだ。

「洋平、あのな……」
「なんだよ?」

 洋平は振り向いた。

「ありがとう」

 健吾は痣と傷だらけの顔に柔らかな笑みを浮かべて言った。洋平は気恥ずかしくてその顔を直視することができなかった。

「なにがだよ?」
「嬉しかったんだ。洋平があそこまでして俺を守ってくれたことが」

 ――ありがとう……。

 考えてみれば、二人の間でその言葉が交わされるのははじめてのことかもしれなかった。二人は同じ目標に向かって進む運命共同体。助け合うのは当然のこと。わざわざそんな言葉を口にするのは水臭いような気がした。

 黒いシルエットだった有島ホールが徐々に光を帯びていき、壁一面に取り付けられた窓の中に周囲の木々が薄く映り込む。その葉が風に吹かれてさわさわと揺れる。反対側に目を向けると、水平線から太陽がわずかに顔を覗かせていた。

 洋平がロックを始めるきっかけになったアメリカのロックバンドのブルート。彼らがこの有島ホールで来日公演することになったのは今から三年前のことだった。が、それは直前になって中止された。マフィアの抗争による治安の悪化を懸念してのことだった。そのとき、洋平は自分の心に固く誓った。それならば代わりに自分たちがこの有島ホールを満員にし、観客を沸かせてやるのだ、と。

 有島ホールに向きなおり、熱狂する観客の姿を想像しながらギターの弦を指で弾いた。背筋にゾクゾクと震えが走った。

 水平線から昇る朝日と同化するかのように静かに燃えあがる情熱。しかし、そこにわずかに影が差す。

 沙耶のバイト仲間であるアルンの失踪は今回の件と関係しているのか。すべて中国マフィアの仕業なのか。それとも別のなにか……。この有島で得体の知れない巨大な悪が蠢いているような気がしてならなかった。

 しかし、考えても仕方のないことだった。洋平たちにできるのは、そういったこととはもう二度と関わらないように気を付けることだけである。

「ところで明日……というか、もう今日だな。どうする?」

 健吾がふいに訊いた。

「今日? なんかあったっけ?」
「バンド練習。こんな顔を沙耶に見せたら余計な心配をかけることになるだろ」
「そうだな。今日は中止にしよう」
「理由は?」
「二人で生牡蠣を食べて二人ともあたった」
「おまえ、前にもその理由でバンド練習を休んだことあったろ」
「あのときは本当にあたったんだよ」

 二人は顔を見合わせてふふっと笑った。海のほうに目をやると、朝日の放つ真っ白な光の中を一羽のカラスが鳴き声をあげながら飛んでいた。
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