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第三章 追う者と追われる者
未緒ちゃん
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目の前に噴水を中心としたロータリーが広がっていた。道路をまばらにクルマが行き交い、その向こう側の噴水の水しぶきは空高く上る太陽の日差しを浴びて煌いている。
「拓ちゃん、お待たせ」
後ろから女の声がした。振り返ると、紺のリボンの付いた麦藁帽子を被り、白のワンピースを着た女が立っていた。さらりとした艶のある黒髪で、目はぱっちりと大きく、肌は透き通るように白い。非現実的なほどに美しい容姿だった。
「み、未緒ちゃん……」
「待った?」
「いや、俺もさっき来たところだよ」
「本当に? よかった。じゃあ、行こうか」
「う、うん……」
未緒と肩を並べてロータリーを歩いた。バス停留所からバスに乗り込み、二人並んで座席に座る。次々と乗客が乗り込んできて満席になったところでバスは発車した。
「私ね、お弁当作ってきたんだよ」
移動中の車内で未緒が言った。花柄の巾着袋から弁当箱を取り出し、膝の上でその蓋を開く。唐揚げ、卵焼き、タコの形のウインナーなどが詰められていた。
「拓ちゃん、タコさんウインナー好きだったよね?」
「うん、好き。ひとつちょうだい」
「ダーメ。これはお昼に食べるんだからね」
動物園前の停留所で未緒といっしょに降りた。動物園の入り口ゲートに向かって歩く途中、彼女のほうから手を繋いできた。が、その感触に驚き、思わず手を離してしまった。
「こ、これは……」
「どうしたの?」
「柔らかい。そして温かい」
「え?」
「まるで女の子と本当に手を繋いでいるみたいだ」
「なにを言ってるの?」
「……あ、ごめん」
未緒と手を繋ぎなおして歩いた。
「最初はどの動物見る?」
「未緒ちゃんの見たいものならなんでもいいよ」
「えー、拓ちゃんが選んでよ」
そんなことを話しているうちに動物園の入り口に到着した。しかし、そこに入ろうとしたとき、未緒は急に事務的な口調になって言う。
「体験版でプレイできるのはここまでです。この続きは製品版でお楽しみください」
「……え?」
突如、視界が暗転した。そして静寂。
「お客さん、お客さん……」
肩を揺すられていた。ヘッドマウントディスプレイを外すと、目の前にニット帽を被り、口ひげを生やしたショップ店員の姿があった。
「いかがでしたか?」
「ああ、最高だったよ……」
近藤はうっとりとした目でVR世界の余韻に浸った。あんな甘酸っぱい胸のときめきはいったいいつ以来だろうか。
しばらくしてリクライニングチェアから立ち上がり、上半身をすっぽりと覆っていた黒くて薄いウェットスーツのような生地のVRスーツを脱いだ。VRの映像と音声に合わせて触覚までをもリアルに体感できるようにしたもので、まだ数日前に発売されたばかりだった。
「本当に驚いたよ。まさかこれほどまでにリアルな感覚を味わえるとはな」
「そうでしょう。もうほとんど現実世界と区別がつきませんよ」
「で、これはどこまでできるんだ?」
「どこまで……と言いますと?」
「キ、キ、キ、キスはできるのか?」
「できますよ。ただしそのためにはゲーム中の女の子との仲良し度をマックス近くまで上げる必要がありますがね」
「よし、買おう!」
「ありがとうございます」
組事務所に後日配送してもらうよう手続きをしてから店を出た。
九龍坂に建つショッピングモールの五階にいた。建物中央の吹き抜けに設けられたエレベーターで階下に下りた。顔を横に向けると、各フロアに軒を連ねるアニメやゲーム関連のショップが視界いっぱいに広がっている。ひとつの街を何層にも重ねて包丁でスパッと縦に切断したかのような光景だった。
一階の地上入り口近くの喫茶店に入った。カウンターでカフェラテを注文して窓際のテーブル席に着く。カフェラテをちびちびと飲みながら思わず顔がにやけた。
VRスーツが届くのが待ちきれなかった。さっきプレイしたデートゲームは女の子の名前や容姿を自由に設定することもできる。どのように設定するかはもう決めていた。高校時代にずっと片思いをしていた遠田鈴子と同じ名前と容姿にするのだ。そして現実世界では触れることさえ叶わなかった鈴子とあんなことやこんなことを……。
「親分、お久しぶりです」
妄想に浸っていたところをふいに声をかけられて心臓が跳ね上がりそうになった。ニヤニヤしている顔を見られてしまったろうか。恐る恐る顔を上げて再び驚愕した。かつての子分である竜崎浩人だった。
「竜崎、てめえ……」
それまでの笑みをかき消して鬼のような形相で言う。が、浩人はそれに少しも臆することなく、近藤と向かい合って席に腰を下ろした。
「外を歩いていたら偶然親分の姿をお見かけしたものですから。元気してましたか?」
「うるせえよ。おまえには関係ねえだろ。今更俺になんの用だ?」
「実は親分と会って話がしたいとずっと思っていたんです。相談したいことがあって……」
「なんだと?」
「組を抜けるときに話したとおり、僕は今カトリック教会で住み込みで働いています。でも、僕にはやっぱりそういうのは合わなかったんです」
「当たり前だ。おまえが教会で働くなんてガラかよ」
「でも、教会を辞めたら僕にはどこも行くところなんて……」
「まさかおまえ、また組に戻りたいなんて言うんじゃねえだろうな」
「そんなおこがましいお願いはできません。ただこれからどうやって生きていけばいいのか親分にアドバイスをいただきたくて」
「ほう……」
組に所属していたときは生意気なクソガキという印象の強かった浩人が肩を落として弱気な表情を見せている。しかし、そんな影のある表情までもが美しい。それが近藤の癪に障った。ヤクザの親分という立場を利用してさえ現実世界の女にはほとんど相手されない近藤と違い、今まで一度も女に不自由などしたことないのだろう。
浩人が組を抜けるとき、近藤は彼に左手の小指を詰めさせていた。が、他の子分に対しては一度もそんなことをさせたことはなかった。そんなことをしたところで一銭の得にもならないからである。それにも関わらず、浩人にだけ小指を詰めさせたのは、彼の端麗すぎる容姿を少しでも傷つけてやりたいという嫉妬心からだった。
「僕はこれからどうやって生きていけばいいですか?」
――知らねえよ……。
そう言いかけたところである考えが思い付いた。ニヤリとこぼれそうになる笑みを噛み殺して浩人に言った。
「まあ、そういう話は長くなるだろうし、なにか美味いものでも食べながら話さないか。奢ってやるよ。なにか食べたいものはあるか?」
「焼肉が食べたいです」
「それなら新加美町に美味い焼肉屋がある。そこへ行こう」
二人は喫茶店を出ると地下駐車場に下り、近藤のクルマで新加美町の焼肉屋に移動した。
席に着くと、浩人は卓上のタッチパネルで牛タン、みすじ、上カルビ、牛ハラミ、キムチ、生ビール、ライスなどを注文する。そして運ばれてきた肉を網の上で次々と焼いて胃袋に収めていった。気落ちしていた割には大した健啖ぶりだなと思った。
「そんなに腹減ってたのか? 教会でちゃんとメシ食ってないのか?」
「教会のキッチンで自炊してちゃんと三食食べてますよ」
「おまえが教会で働いているのは失踪した小山秋則の跡を継ぐためだったよな」
「ええ、それに秋則の行方の手がかりがなにか掴めるんじゃないかと思って」
「で、なにか手がかりは掴めたのか?」
「いいえ、なんにも」
「まったくどこに雲隠れしたのか……。まあ、あいつは喧嘩の腕っぷしは強くても心は弱い奴だったからな」
「秋則の心が弱い?」
「心が弱いから神なんて存在すらしないものにすがるようになってしまう。人生とはそんなものに頼らずに自分の力で切り開いていかなきゃならんのだ。そうだろ?」
「……そうですね」
「おまえは早く気付けてよかったよ。とりあえずもっとまともな仕事を探せ。まだ若いんだから働きながら自分の進むべき道を考えればいい」
「でも、僕は高卒だし、なにか資格があるわけでもないし……」
「それでもなにかしら仕事はあるだろ。特技はないのか?」
「釣りが得意です」
「それは特技じゃなくて趣味だ。他には?」
じっくり話を聞いていくと、浩人はバイクへの興味が強く、知識も豊富であることがわかった。ならばそれを活かしてバイクショップに就職するのがいいのではないかと提案した。浩人は少し考え込むが、その提案に前向きな姿勢を見せた。
「ちょっとトイレに行ってきます」
浩人が席を立った。近藤はその隙を見逃さなかった。財布から粉末の睡眠薬を取り出し、ビールの半分ほど残っている浩人のジョッキにサラサラと入れる。白い粉末は琥珀色のビールの中に溶けて見えなくなった。
少しして浩人が席に戻ってきた。そして睡眠薬入りのビールをぐいと飲み干して言う。
「僕はまだ有島に残りたいので、有島にあるバイクショップをあたってみますよ。採用してもらえるかどうかわかりませんけど」
「おまえなら大丈夫だ。もっと自信をもて」
「はい!」
――おまえにはもうなんの未来も残されていないがな……。
近藤は笑いを堪えるのに必死だった。
「腹もいっぱいになったことだし、場所を移動しないか?」
睡眠薬の効果が現れるのは約三十分後。店内で倒れられては面倒なことになるので、それまでに店を出たかった。
「他の店に行くんですか?」
「今夜はとことん飲もうじゃないか。どこがいい? キャバクラでもなんでもいいぞ。……まあ、おまえは女には困ってないかもしれんが」
「でも、キャバクラって行ったことがないので一度行ってみたいです」
「よし、それなら決まりだ」
店を出るともうすっかり日が暮れていた。また近藤のクルマに乗り込み、新加美町の繁華街を走る。窓の外を色とりどりの鮮やかなネオンが通り過ぎていく。
ハンドルを握りながら助手席の浩人に話しかけた。
「教会ではいつもどんな仕事をしてるんだ?」
「掃除とか炊き出しとか」
「炊き出し?」
「ご飯を食べるお金のない人たちのために毎日炊き出しをしてるんです」
「教会でそんなことまでしてるのか。金のない奴の世話なんかしてやったところで一銭の得にもならないのにな」
「営利目的じゃないので」
「おまえはちゃんと給料もらってるんだろうな?」
返事がない。
「おい、竜崎」
返事がなかった。代わりにすうすうと寝息が聞こえてきた。
クルマが赤信号で止まると、近藤はコンソールボックスから携帯電話を取り出してかけた。ネオンの赤い光が差し込む車内に呼び出し音が流れる。
しばらくして相手が応じた。近藤は助手席で気持ち良さそうな寝息を立てている浩人の顔をちらと見て言った。
「田島さんですか。また若くて活きのいい素体が手に入りましたよ」
「拓ちゃん、お待たせ」
後ろから女の声がした。振り返ると、紺のリボンの付いた麦藁帽子を被り、白のワンピースを着た女が立っていた。さらりとした艶のある黒髪で、目はぱっちりと大きく、肌は透き通るように白い。非現実的なほどに美しい容姿だった。
「み、未緒ちゃん……」
「待った?」
「いや、俺もさっき来たところだよ」
「本当に? よかった。じゃあ、行こうか」
「う、うん……」
未緒と肩を並べてロータリーを歩いた。バス停留所からバスに乗り込み、二人並んで座席に座る。次々と乗客が乗り込んできて満席になったところでバスは発車した。
「私ね、お弁当作ってきたんだよ」
移動中の車内で未緒が言った。花柄の巾着袋から弁当箱を取り出し、膝の上でその蓋を開く。唐揚げ、卵焼き、タコの形のウインナーなどが詰められていた。
「拓ちゃん、タコさんウインナー好きだったよね?」
「うん、好き。ひとつちょうだい」
「ダーメ。これはお昼に食べるんだからね」
動物園前の停留所で未緒といっしょに降りた。動物園の入り口ゲートに向かって歩く途中、彼女のほうから手を繋いできた。が、その感触に驚き、思わず手を離してしまった。
「こ、これは……」
「どうしたの?」
「柔らかい。そして温かい」
「え?」
「まるで女の子と本当に手を繋いでいるみたいだ」
「なにを言ってるの?」
「……あ、ごめん」
未緒と手を繋ぎなおして歩いた。
「最初はどの動物見る?」
「未緒ちゃんの見たいものならなんでもいいよ」
「えー、拓ちゃんが選んでよ」
そんなことを話しているうちに動物園の入り口に到着した。しかし、そこに入ろうとしたとき、未緒は急に事務的な口調になって言う。
「体験版でプレイできるのはここまでです。この続きは製品版でお楽しみください」
「……え?」
突如、視界が暗転した。そして静寂。
「お客さん、お客さん……」
肩を揺すられていた。ヘッドマウントディスプレイを外すと、目の前にニット帽を被り、口ひげを生やしたショップ店員の姿があった。
「いかがでしたか?」
「ああ、最高だったよ……」
近藤はうっとりとした目でVR世界の余韻に浸った。あんな甘酸っぱい胸のときめきはいったいいつ以来だろうか。
しばらくしてリクライニングチェアから立ち上がり、上半身をすっぽりと覆っていた黒くて薄いウェットスーツのような生地のVRスーツを脱いだ。VRの映像と音声に合わせて触覚までをもリアルに体感できるようにしたもので、まだ数日前に発売されたばかりだった。
「本当に驚いたよ。まさかこれほどまでにリアルな感覚を味わえるとはな」
「そうでしょう。もうほとんど現実世界と区別がつきませんよ」
「で、これはどこまでできるんだ?」
「どこまで……と言いますと?」
「キ、キ、キ、キスはできるのか?」
「できますよ。ただしそのためにはゲーム中の女の子との仲良し度をマックス近くまで上げる必要がありますがね」
「よし、買おう!」
「ありがとうございます」
組事務所に後日配送してもらうよう手続きをしてから店を出た。
九龍坂に建つショッピングモールの五階にいた。建物中央の吹き抜けに設けられたエレベーターで階下に下りた。顔を横に向けると、各フロアに軒を連ねるアニメやゲーム関連のショップが視界いっぱいに広がっている。ひとつの街を何層にも重ねて包丁でスパッと縦に切断したかのような光景だった。
一階の地上入り口近くの喫茶店に入った。カウンターでカフェラテを注文して窓際のテーブル席に着く。カフェラテをちびちびと飲みながら思わず顔がにやけた。
VRスーツが届くのが待ちきれなかった。さっきプレイしたデートゲームは女の子の名前や容姿を自由に設定することもできる。どのように設定するかはもう決めていた。高校時代にずっと片思いをしていた遠田鈴子と同じ名前と容姿にするのだ。そして現実世界では触れることさえ叶わなかった鈴子とあんなことやこんなことを……。
「親分、お久しぶりです」
妄想に浸っていたところをふいに声をかけられて心臓が跳ね上がりそうになった。ニヤニヤしている顔を見られてしまったろうか。恐る恐る顔を上げて再び驚愕した。かつての子分である竜崎浩人だった。
「竜崎、てめえ……」
それまでの笑みをかき消して鬼のような形相で言う。が、浩人はそれに少しも臆することなく、近藤と向かい合って席に腰を下ろした。
「外を歩いていたら偶然親分の姿をお見かけしたものですから。元気してましたか?」
「うるせえよ。おまえには関係ねえだろ。今更俺になんの用だ?」
「実は親分と会って話がしたいとずっと思っていたんです。相談したいことがあって……」
「なんだと?」
「組を抜けるときに話したとおり、僕は今カトリック教会で住み込みで働いています。でも、僕にはやっぱりそういうのは合わなかったんです」
「当たり前だ。おまえが教会で働くなんてガラかよ」
「でも、教会を辞めたら僕にはどこも行くところなんて……」
「まさかおまえ、また組に戻りたいなんて言うんじゃねえだろうな」
「そんなおこがましいお願いはできません。ただこれからどうやって生きていけばいいのか親分にアドバイスをいただきたくて」
「ほう……」
組に所属していたときは生意気なクソガキという印象の強かった浩人が肩を落として弱気な表情を見せている。しかし、そんな影のある表情までもが美しい。それが近藤の癪に障った。ヤクザの親分という立場を利用してさえ現実世界の女にはほとんど相手されない近藤と違い、今まで一度も女に不自由などしたことないのだろう。
浩人が組を抜けるとき、近藤は彼に左手の小指を詰めさせていた。が、他の子分に対しては一度もそんなことをさせたことはなかった。そんなことをしたところで一銭の得にもならないからである。それにも関わらず、浩人にだけ小指を詰めさせたのは、彼の端麗すぎる容姿を少しでも傷つけてやりたいという嫉妬心からだった。
「僕はこれからどうやって生きていけばいいですか?」
――知らねえよ……。
そう言いかけたところである考えが思い付いた。ニヤリとこぼれそうになる笑みを噛み殺して浩人に言った。
「まあ、そういう話は長くなるだろうし、なにか美味いものでも食べながら話さないか。奢ってやるよ。なにか食べたいものはあるか?」
「焼肉が食べたいです」
「それなら新加美町に美味い焼肉屋がある。そこへ行こう」
二人は喫茶店を出ると地下駐車場に下り、近藤のクルマで新加美町の焼肉屋に移動した。
席に着くと、浩人は卓上のタッチパネルで牛タン、みすじ、上カルビ、牛ハラミ、キムチ、生ビール、ライスなどを注文する。そして運ばれてきた肉を網の上で次々と焼いて胃袋に収めていった。気落ちしていた割には大した健啖ぶりだなと思った。
「そんなに腹減ってたのか? 教会でちゃんとメシ食ってないのか?」
「教会のキッチンで自炊してちゃんと三食食べてますよ」
「おまえが教会で働いているのは失踪した小山秋則の跡を継ぐためだったよな」
「ええ、それに秋則の行方の手がかりがなにか掴めるんじゃないかと思って」
「で、なにか手がかりは掴めたのか?」
「いいえ、なんにも」
「まったくどこに雲隠れしたのか……。まあ、あいつは喧嘩の腕っぷしは強くても心は弱い奴だったからな」
「秋則の心が弱い?」
「心が弱いから神なんて存在すらしないものにすがるようになってしまう。人生とはそんなものに頼らずに自分の力で切り開いていかなきゃならんのだ。そうだろ?」
「……そうですね」
「おまえは早く気付けてよかったよ。とりあえずもっとまともな仕事を探せ。まだ若いんだから働きながら自分の進むべき道を考えればいい」
「でも、僕は高卒だし、なにか資格があるわけでもないし……」
「それでもなにかしら仕事はあるだろ。特技はないのか?」
「釣りが得意です」
「それは特技じゃなくて趣味だ。他には?」
じっくり話を聞いていくと、浩人はバイクへの興味が強く、知識も豊富であることがわかった。ならばそれを活かしてバイクショップに就職するのがいいのではないかと提案した。浩人は少し考え込むが、その提案に前向きな姿勢を見せた。
「ちょっとトイレに行ってきます」
浩人が席を立った。近藤はその隙を見逃さなかった。財布から粉末の睡眠薬を取り出し、ビールの半分ほど残っている浩人のジョッキにサラサラと入れる。白い粉末は琥珀色のビールの中に溶けて見えなくなった。
少しして浩人が席に戻ってきた。そして睡眠薬入りのビールをぐいと飲み干して言う。
「僕はまだ有島に残りたいので、有島にあるバイクショップをあたってみますよ。採用してもらえるかどうかわかりませんけど」
「おまえなら大丈夫だ。もっと自信をもて」
「はい!」
――おまえにはもうなんの未来も残されていないがな……。
近藤は笑いを堪えるのに必死だった。
「腹もいっぱいになったことだし、場所を移動しないか?」
睡眠薬の効果が現れるのは約三十分後。店内で倒れられては面倒なことになるので、それまでに店を出たかった。
「他の店に行くんですか?」
「今夜はとことん飲もうじゃないか。どこがいい? キャバクラでもなんでもいいぞ。……まあ、おまえは女には困ってないかもしれんが」
「でも、キャバクラって行ったことがないので一度行ってみたいです」
「よし、それなら決まりだ」
店を出るともうすっかり日が暮れていた。また近藤のクルマに乗り込み、新加美町の繁華街を走る。窓の外を色とりどりの鮮やかなネオンが通り過ぎていく。
ハンドルを握りながら助手席の浩人に話しかけた。
「教会ではいつもどんな仕事をしてるんだ?」
「掃除とか炊き出しとか」
「炊き出し?」
「ご飯を食べるお金のない人たちのために毎日炊き出しをしてるんです」
「教会でそんなことまでしてるのか。金のない奴の世話なんかしてやったところで一銭の得にもならないのにな」
「営利目的じゃないので」
「おまえはちゃんと給料もらってるんだろうな?」
返事がない。
「おい、竜崎」
返事がなかった。代わりにすうすうと寝息が聞こえてきた。
クルマが赤信号で止まると、近藤はコンソールボックスから携帯電話を取り出してかけた。ネオンの赤い光が差し込む車内に呼び出し音が流れる。
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