絶望ダンデリオン

小林ていじ

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第四章 最後の戦い

白煙

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「おまえ、もうタイに帰れよ」

 リリスの部屋を訪れていたラットが彼女に言った。

「……どうして?」
「張暁明はおそらくもう死んでるよ」
「確認したのか?」
「いや、確認はしていないが……。もしまだ生きているとしても時間の問題だ。あれだけの包囲網からいつまでも逃げられるわけがない」

 ラットは真剣な面持ちで言うが、着ているのは赤いサンタの衣装である。リリスに無理やり着せられていたのだが、それはピンクを基調にした異様なまでのメルヘンな彼女の部屋になんの違和感もなく溶け込んでいた。

「ラットはこれからどうするつもりだ?」
「俺は有島に残るよ。じきにこの騒ぎも収まるだろうし。そうしたら警察に目を付けられない程度に細々とやっていくさ」
「でも、もしまだ張暁明が生きていたら?」
「そのときはそのときだ。おまえはもうタイに帰れ」
「ダメだ。まだもらってない」
「ああ、報酬か。張暁明を殺っていないとはいえかなり働いてもらったかならな。それなりの報酬はちゃんと払うよ」
「違う。クリスマスプレゼントだ」
「なに言ってやがんだ、ガキじゃあるまいし。さんざん飲み食いしただろ」

 彼はそう言ってテーブルを顎でしゃくる。その上には食べかけのブッシュドノエルやピザの切れ端、それにワイングラスに注がれたシャンパンなどが並んでいた。リリスの口元には生クリームが付着していた。

「食べ物とプレゼントは別だ」
「ああ、わかったよ。あとでなんか買ってやるよ」
「約束だぞ」
「わかった、わかった。そしたらタイに帰れよ」

 ラットはタバコとライターをもってベランダに出た。そして外の寒さにブルッと小さく身震いする。日本に何年住んでも日本のこの冬の寒さにだけはどうしても慣れなかった。冬の間だけタイに帰りたくもなってくる。

 目の前に広がる夜景を眺めながらタバコを口にくわえて火をつけた。十二階とかなりの高層に位置しているため、島のかなり広い範囲を見渡すことができた。

 タバコの先端が赤くチリチリと燃える。それが半分ほどの短さになったときだった。遠くのほうでまるで爆弾でも落とされたかのような凄まじい轟音が鳴り響いた。

「おい、どうした?」

 ラットが呆然としていると、リリスもベランダに出てきた。夜景の中に音の発生源を探した。遠くの白い建物がもくもくと煙を上げていた。

「あれは……有島警察署?」
「誰かが攻撃したということか?」
「だろうな」

 リリスはククッと笑う。

「やっぱり私の思ったとおりだ。張暁明はまだ生きてるよ。あんなことをするバカがあいつの他にいると思うか?」
「……いや」
「ゲームはまだ終わってないよ。お楽しみはこれからだ」

 彼女はそう言って笑いながら部屋の中に戻った。

 ラットが指に挟んでいたタバコから灰がポロリと落ちた。爆発の余韻で冷たい空気がまだビリビリと震動しているような気がした。
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