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第四章 最後の戦い
ミルク
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「洋平。洋平……」
リリスはそう呟きながら二階の通路を歩いていた。その名前を聞いたのはたしか沙耶からである。洋平のことを好きだと言っていた。あの男がその洋平なのか……。
機関銃を構えて警戒しながら壁の穴から客席に入った。床に転がる特殊治安部隊と暁明の死体。そして床に広がる血溜まり。生命の気配がなくなってしんと静まり返っている。四方に目をやって洋平の姿を探した。
パラ……。
少し離れたところで微かに音が聞こえた。ホールの柱に取り付けられたアリー像から破片が零れ落ちる音だった。銃弾を浴びてひび入っており、今にも崩れ落ちそうになっていた。
客席のいちばん下まで下りてフェンス越しにホールを眺めた。彼女の奪われたナイフが落ちていた。アリー像のちょうど真下にである。
まさか洋平はあのナイフでおびき寄せてそこにアリー像を落下させようとしているのか。そんな幼稚な作戦が通用すると本気で思っているのか……。
――どうしようもないアホだな……。
ならばあえてその罠にかかってやろうと思った。そして寸前のところで落下してくるアリー像をかわし、洋平が絶望の表情を浮かべたところでじっくりと殺してやるのだ。
フェンスを飛び越えようとその上に手をかけた。
――ダメ……。
そのとき、リリスの殺意の衝動を食い止めようとする声が再び響いた。心を覆っていた闇の内側から光が突き破って飛び出し、闇ともつれ合い、ねずみ花火のように火花を散らしながらグルグルと回転する。
「があああ……!」
暁明の死体に機関銃を向けて乱射した。体に穴が開くがそこからはもう一滴の血も流れ出ない。しかし、それによって彼女の心は少しだけ落ち着きを取り戻した。
フェンスを飛び越えてホールに着地した。そして床に落ちているナイフに近づいていく。その途中、ちらとアリー像を見上げた。気配を感じる。あの背後に洋平は隠れているのは間違いない。ゆっくりと腰を屈めてナイフを拾った。
――さあ、拾ったぞ……。
束の間の静寂。
パラリと破片が落ちてきた。顔を上げた。片翼を失ったアリー像が真っ逆さまに落ちてきていた。
「くくッ……」
これをよけることなど造作もない……はずだった。が、後ろに跳ぶために足を動かそうとしたその瞬間、膝がガクリと落ちる。
「な……!」
暁明から食らったボディブローがこのタイミングで足にきていたのだ。その間にもアリー像はぐんぐんと彼女に迫ってきていた。
「ちょっと待てよ! 足が動かないんだよ!」
叫んだ。
アリー像がふっと消えた。
次の瞬間、彼女は真っ白な空間にいた。周囲をグルリと見まわした。白いシーツに落ちた一滴の墨のように遠くのほうに小さな黒い点が見えた。それが少しずつ大きくなっていく。
「嘘……」
徐々に露になっていくその姿にリリスは愕然となった。手に構えていた機関銃をポトリと床に落とした。パタパタと四肢を動かして彼女に向かって走ってきていたのは、彼女が子供の頃に飼っていた猫のミルクだった。
――なんでこんなところに……?
頭は混乱していたが、それでも体は勝手に動いていた。両膝を床につけて両腕を開いた。そこへぴょんと飛び込んできたミルクをぎゅっと強く抱きしめる。
ミルクは小さな舌で彼女の頬をペロリと舐めた。ザラついた紙やすりのような感触。心を覆っていた闇がぬぐい去られて魂が剥き出しになる。
「ふあああああッ!」
リリスは泣き崩れた。本当は戦いたくなんてなかった。本当はただこの温もりに触れていたいだけだった。ただそれだけだったのに……。
「ひどいよ。ひどいよ……」
「……ごめんね」
腕の中のミルクが彼女を見上げて喋った。いや、実際に声を出して喋ったわけではないのだが、その思いが直に彼女の心へ伝わってきていた。
「寂しかった。ずっと寂しかった!」
「もう戦わなくていいよ。いっしょに帰ろう」
「帰るってどこへ?」
「みんなのいるところへ」
「え……?」
ミルクが真上に顔を上げた。リリスも顔を真上に上げると、すぐ目の前に鬼のような形相のアリー像があった。鋭い牙を剥きだして彼女に食らいつくかのように落下した。
グシャリ。
リリスの骨が砕け、肉が潰れる音。アリー像は床に突き刺さるかのように垂直に立っている。少ししてそれがぐらりと揺れて床に倒れ、残っていた片翼がゴトンと音を立てて折れた。
その下からリリスの姿が現れた。内臓と血の飛び散るあまりに無残な姿に成り果てていたが、その口元は穏やかに微笑んでいるかのように見えた。
リリスはそう呟きながら二階の通路を歩いていた。その名前を聞いたのはたしか沙耶からである。洋平のことを好きだと言っていた。あの男がその洋平なのか……。
機関銃を構えて警戒しながら壁の穴から客席に入った。床に転がる特殊治安部隊と暁明の死体。そして床に広がる血溜まり。生命の気配がなくなってしんと静まり返っている。四方に目をやって洋平の姿を探した。
パラ……。
少し離れたところで微かに音が聞こえた。ホールの柱に取り付けられたアリー像から破片が零れ落ちる音だった。銃弾を浴びてひび入っており、今にも崩れ落ちそうになっていた。
客席のいちばん下まで下りてフェンス越しにホールを眺めた。彼女の奪われたナイフが落ちていた。アリー像のちょうど真下にである。
まさか洋平はあのナイフでおびき寄せてそこにアリー像を落下させようとしているのか。そんな幼稚な作戦が通用すると本気で思っているのか……。
――どうしようもないアホだな……。
ならばあえてその罠にかかってやろうと思った。そして寸前のところで落下してくるアリー像をかわし、洋平が絶望の表情を浮かべたところでじっくりと殺してやるのだ。
フェンスを飛び越えようとその上に手をかけた。
――ダメ……。
そのとき、リリスの殺意の衝動を食い止めようとする声が再び響いた。心を覆っていた闇の内側から光が突き破って飛び出し、闇ともつれ合い、ねずみ花火のように火花を散らしながらグルグルと回転する。
「があああ……!」
暁明の死体に機関銃を向けて乱射した。体に穴が開くがそこからはもう一滴の血も流れ出ない。しかし、それによって彼女の心は少しだけ落ち着きを取り戻した。
フェンスを飛び越えてホールに着地した。そして床に落ちているナイフに近づいていく。その途中、ちらとアリー像を見上げた。気配を感じる。あの背後に洋平は隠れているのは間違いない。ゆっくりと腰を屈めてナイフを拾った。
――さあ、拾ったぞ……。
束の間の静寂。
パラリと破片が落ちてきた。顔を上げた。片翼を失ったアリー像が真っ逆さまに落ちてきていた。
「くくッ……」
これをよけることなど造作もない……はずだった。が、後ろに跳ぶために足を動かそうとしたその瞬間、膝がガクリと落ちる。
「な……!」
暁明から食らったボディブローがこのタイミングで足にきていたのだ。その間にもアリー像はぐんぐんと彼女に迫ってきていた。
「ちょっと待てよ! 足が動かないんだよ!」
叫んだ。
アリー像がふっと消えた。
次の瞬間、彼女は真っ白な空間にいた。周囲をグルリと見まわした。白いシーツに落ちた一滴の墨のように遠くのほうに小さな黒い点が見えた。それが少しずつ大きくなっていく。
「嘘……」
徐々に露になっていくその姿にリリスは愕然となった。手に構えていた機関銃をポトリと床に落とした。パタパタと四肢を動かして彼女に向かって走ってきていたのは、彼女が子供の頃に飼っていた猫のミルクだった。
――なんでこんなところに……?
頭は混乱していたが、それでも体は勝手に動いていた。両膝を床につけて両腕を開いた。そこへぴょんと飛び込んできたミルクをぎゅっと強く抱きしめる。
ミルクは小さな舌で彼女の頬をペロリと舐めた。ザラついた紙やすりのような感触。心を覆っていた闇がぬぐい去られて魂が剥き出しになる。
「ふあああああッ!」
リリスは泣き崩れた。本当は戦いたくなんてなかった。本当はただこの温もりに触れていたいだけだった。ただそれだけだったのに……。
「ひどいよ。ひどいよ……」
「……ごめんね」
腕の中のミルクが彼女を見上げて喋った。いや、実際に声を出して喋ったわけではないのだが、その思いが直に彼女の心へ伝わってきていた。
「寂しかった。ずっと寂しかった!」
「もう戦わなくていいよ。いっしょに帰ろう」
「帰るってどこへ?」
「みんなのいるところへ」
「え……?」
ミルクが真上に顔を上げた。リリスも顔を真上に上げると、すぐ目の前に鬼のような形相のアリー像があった。鋭い牙を剥きだして彼女に食らいつくかのように落下した。
グシャリ。
リリスの骨が砕け、肉が潰れる音。アリー像は床に突き刺さるかのように垂直に立っている。少ししてそれがぐらりと揺れて床に倒れ、残っていた片翼がゴトンと音を立てて折れた。
その下からリリスの姿が現れた。内臓と血の飛び散るあまりに無残な姿に成り果てていたが、その口元は穏やかに微笑んでいるかのように見えた。
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