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第1話・みぃちゃん
1-15・みぃちゃん
しおりを挟む母親は気を揉んでいた。
否、父親もだ。
病院の中の一室で。目の前には幼い娘が寝かされている。
もう丸二日以上目を覚まさない。
三日前の夕方。預けていた保育所から連れ帰った娘は、家に着いた途端、慌てて何かを探し始めて。
「みぃちゃん? どこぉ?」
いったい何を探していたのか、みぃちゃんなら、自分のことだろうに、そんな風に呟きながら家中を探して、探して、探して、途方に暮れた母親は、なんだか怖くなって娘に縋った。
「何を言っているの? わかるようにお話してちょうだい。何を探しているの? わけがわからないことを言わないで」
娘は泣きながら癇癪を起して、娘へと与えていた部屋から母親を追い出した。
母親は心配しながらも、少しそっとしておいた方がいいだろうかと、様子を見ることにした。
それがいけなかったのだろうか。
「……? みぃちゃん?」
しばらくして、泣き声が聞こえなくなって、胸騒ぎがして、慌てて部屋へと入ったら、そうしたら。 部屋の中央付近、画用紙のようなものの上で、娘は意識を失っていたのである。
「みぃちゃんっ!!」
名前を呼んでも、揺り起こしても、娘が目を覚ますことはなく、ただ眠っているだけにも思えなくて、ぐったりと気配薄く、いつもの寝姿とは全く様子の違う娘に、母親は病院へと駆けこんだ。
そこから丸二日以上、娘は目を覚まさない。
栄養状態が悪いようにも見えないのに、どうしてか、娘は衰弱しているようだと医者は言った。
熱もなく、病気とも思えず。
一応色々と検査はしてくれたのだが、原因はいまだもって不明。
原因がわからないので、施せる治療もなく、今は点滴でそれ以上の衰弱を防いでいる状態だった。
意識さえ戻れば。
そうすれば、きっと。
だけど娘は目を覚まさない。
このまま目を覚まさなければ。娘はいったいどうなってしまうのか。
何がいけなかったのだろう。
母親は考える。
もっと娘と向き合えばよかったのだろうか。
そうしたらあの時、娘がいったい何を探しているのかが分かったのか。
娘を気にかけているのは父親も同じで、二人とも仕事など何も手につかず、そんなものは休んで、ずっと娘に寄り添っている。
「みぃちゃん……」
目を、覚まして欲しい。
いったい娘はどうしてしまったのか。
生気のない寝姿。まるで中身がどこかへと抜け出てしまったかのよう。
もし、それならば、ただ、戻ってきて欲しかった。
自分で出来ることがあるのなら、何でもするのに。
小さな娘の手を取って、祈るように両手で握りしめる。
これまでの娘の姿が、いくらでも脳裏に蘇った。
初めての子供、唯一の子供だ。
生まれた時は嬉しかった。
大切に育ててきたつもりだ。
一人っ子だからか甘えん坊な子供で、いつ何時でも両親にべたべたとくっつきたがった。
母親も父親も二人とも、家にも仕事を持ち帰ってきていたので、そう常に構うことも出来ず、適当にあしらって、我慢させたこともある。
もしかしたら寂しい思いをさせていたかもしれない。
だけどそんなものは仕方がないことだったと思うし、構える時は可能な限り可愛がってきたつもりだった。
早くから保育園に預け、だけど、誕生日やクリスマス、桃の節句にはひな人形を飾り、行事ごとは祝ってきた。
少し髪が伸びてきたからか、ませてきたからか、可愛い髪型にしてほしいなどと言って髪ゴムを持ってきた娘を思い出す。
七夕で読めない字で願い事を書いていた娘や、クリスマスに欲しいプレゼントをサンタさんにあてて手紙として書き記していた娘を。
七夕の時よりは、少しは読める字が書けるようになっていたっけか。
願い事は、書けば叶うと思っているらしい娘が可愛かった。
今ならば、いくらでも叶える。
そう思う。
目を、覚ましてさえくれたならば。
「みぃちゃんっ……!」
涙が頬を伝った。
父親も傍らで同じように項垂れている。
どれぐらいそうしていただろう。
ぴくり、握っていた指先が動いた気がした。
「っ……! みぃちゃん……?」
娘の様子に変化があったのが伝わったのか、父親も近づいてきて。
「みぃちゃん、みぃちゃん、満香っ!」
二人して呼びかける。
必死で。
娘の目蓋がふるりと震えた。
医者を呼ぶ。
駆け付けて受けた診察の結果は異状なし。結局は原因不明のまま。
夢を見ていたという娘の話に、父親と母親は相槌を打った。
「あのね、みぃちゃんを探していたの。そうしたらほんやさんがあって、おねーさんが探しに来てくれて、それでね、おにぃちゃんがちゅるちゅるをどうぞって、それで、」
みぃちゃんは見つかったのだけれど、一緒には戻れなかったのだという娘の話は、相変わらず要領を得ずよくわからない。
だけどもういいと母親は思った。
娘は目を覚ました。
だからもういい。
これからは少しだけ仕事を減らそう。
その分、一緒にいるようにすれば、娘の言うこともきっとわかるようになるはずだ。
娘を抱きしめる。
「みぃちゃん」
何かを感じたのか、娘も泣いた。
「ぅっ……ふっ、ぅ、ままぁっ……!」
ああ。
泣く娘を抱きしめながら、母親の頬。今度こぼれたのは、安堵の涙だった。
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