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第2話・過去と今
2-11・気まずさ
しおりを挟む祖母とは同居していたわけではなかったので、帰宅してすぐ、母に頼んで連絡を取ってもらった。
繋がった電話の向こうで祖母は息を詰まらせて、そして。
『その……お兄さんの、思っている通りに』
そう言ったのである。
つまり、勘違いを訂正しないようにと。
少女にはわけがわからなかった。
何故なら少女は知っていたからだ。
『エッちゃん』
そのあだ名が、本来は祖母のものであることを。
少女の名前だと、そう呼ぶことはあまり考えられないということ。
なにせ少女は親戚の一部にそう呼ばれたことはあるのだが、その理由の一端には、『祖母に似ているから』というものがあったのである。
勿論、少女自身の名前にも『え』は含まれている。
少女の名前は紗子。
真ん中の文字から『エッちゃん』などと呼ばれるより、『さえちゃん』などと呼ばれることの方が当たり前ながら多かった。
とは言え、今まで呼ばれたことがないわけでもないし、何より祖母がお兄さんの勘違いを正さなくていいという。
なんとなくもやもやした気持ちにはなりながらも、幼く素直だった紗子は祖母の言葉に反発することも出来なくて。
その内に青年……――玄夜だけではなく、ヨウコとも知り合うこととなり、また、祖母が関わったという依頼についての本にも目を通す機会まで得た。
そこに記されていたのは、祖母から聞いていた通りのこと。
つまり、昔、祖母が10歳かそれぐらいの時に、人ならざる者に拐かされ、それを助け出したのがヨウコで、助けて欲しいと依頼したのが祖母の弟だったのだそうだ。
その時にはすでに玄夜はヨウコの側にいたという。
おそらくは今と変わらないだろう姿で。
ヨウコは言っていた。
玄夜は不安定なのだと。
玄夜は、紗子が感じた通り、純粋な人ではない。
だからこそ時折、記憶などに齟齬が発生する場合があり、そういった時には玄夜の抱える歪みを広げない為にもヨウコは玄夜の勘違いを受け入れるようにしているのだそうだ。
そういった事情もあり、出来れば紗子にもそうして欲しい。
あのヨウコに頼まれた紗子は、その時にはすでにそれを拒否できなくなっていて――……そして今に至る。
玄夜は紗子のことを祖母のエツコだと思っている。
それはこの六年、一度も変わることがない。きっと、これからも。
紗子は正直その事実を、今になってどう受け止めればいいのかわからなくなっていた。
先程のように、誰かに指摘されてしまうと尚更で。
「そう、会う頻度も高くないし、いいんだけど……」
知らずポツリ、小さく呟く。
そこまで親しいわけでもない、たまに会うだけの知り合いに勘違いされ続けているということ。
それは紗子にとってただひたすらに、気まずいだけの事実だった。
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