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3・わかること①
しおりを挟むわけがわからないと言った僕の様子に、男の顔が険しくなる。
「……それさえ、わからないのか……やはり記憶が混濁しているのだろう。すまない、何かわかることはあるだろうか。なんでもいい。自分のことについてや、他も」
「何か、ですか……?」
言われて考える。
今、僕がわかる何か。
頭の中を、探ってみた。
かむびと……? のことはわからない。
あと、わかることは……。
さきほど。
僕は気が付いたら砂漠にいた。辺り一面に広がる砂の海。
自分がなぜ、ここにいるのか、僕には全くわからなかった。自分のことでさえも。
何も、思い出せない。
かすみがかったかのように、頭の中はぼんやりとしていて。
ああ、だけど、思い出したことがあったはずだ。
そう、僕は。
「デュニナ」
「デュニナ?」
呟いた僕の言葉を、男はそのまま繰り返す。
僕は頷いた。
「ええ、そうです。僕はデュニナと呼ばれていました。そのはずです。ですから、僕の名はきっとデュニナ。あとは……」
頭の中を必死に探し回る僕に、男の顔は険しいまま。
「デュニナ……だがしかし、その呼び名は……」
「? どうかなさいましたか?」
「いや、その……」
「ああ、そうだ、番を。……――僕の番は、何処ですか?」
僕の番。
思い出した。
僕には番がいるはずだ。愛しい相手。僕の慕わしい番。それは……――誰?
いったい何処にいるのだろう。
見下ろしたお腹は大きく膨らんでいる。
僕と番との愛の結晶。
愛しい子供が宿ったその腹。
番がいなくば、この子は出来ない。だから僕には番がいるはずなのだ。
だけど。
それはいったい、何処に。
「番……ああ、そうだな、いないはずが、ないな……」
どこか混乱したような男の視線も僕の腹に。
僕は頷いた。
「ええ、そうです。僕の番。僕の番は、何処に……」
何も、思い出せない。だけどいるはずなのだ。
男は物凄く気の毒そうに僕を見た。
「……――残念だが、砂漠で拾ったのは君一人だと聞いている。君の番らしき者は何処にも……」
「そうですか……」
首を横に振る男に、僕は静かに目を伏せた。
わかっていたことだった。
だってあの砂漠の真ん中で。僕は一人きりだったのだ。
僕の番は、傍にいなかった。でも。
なら、僕の番は、いったいどこにいるのだろう。
「なんにせよ、君はもう大丈夫そうではあるが、倒れたばかりであることに間違いはないし、何より身重だ。ここでしばらくゆっくりしていくといい」
ため息交じりに告げられた言葉に、僕は小さく頭を下げる。
「はい……――ありがとうございます。お世話になります」
今の僕は。男の厚意を、素直に受け入れる以外、取れる術などないことだけは、あまりに明白だったからだった。
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