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6・喧騒
しおりを挟むまた、かむびと、だ。
僕のわからないその単語。
僕を指すのだと言われても、何のことなのかわからない。
僕はいったい何だというのか。
僕はホセや他の者たちと、何処が違うというのだろう。
ホセはいつまで経っても僕に、その説明をしてくれないままだった。
そこから更に数日。
番を探さなければ、思いながらも、お腹が大きい所為もあり、満足に動き回れないのもあって、すっかりここでの生活にも馴染み始めた頃、それは突然訪れたようだった。
その日は珍しく集落全体が騒がしく、初めて聞く喧騒が、室内でいつも通り繕い物に勤しんでいた僕にまで届いてくる。
「何かあったようだね。少し見てくる。デュニナはここにいるように」
同じ室内で何か、仕事に関する物なのだろう僕にはわからない作業をしていたホセが、眉を寄せそう言い置いて席を立った。
僕はなんだか胸騒ぎがして、気付けば引き留めるかのようにホセの服の裾を掴んでいた。
「待って、ホセさん。僕も行きます」
どうしてかそうしなければいけない気がして。
何より何かの気配でも感じているのか、体の中がざわざわと騒がしい。
「だが……」
そんなもの了承できないと言わんばかりに戸惑った様子のホセを、僕は縋るようにじっと見つめた。
「ホセさん」
もう一度強く名を呼んでねだる。
ややあってホセは、深く、大きく溜め息を吐いた。了承の合図だ。
「じゃあっ……!」
つい、ぱぁっと顔を明るくした僕に、ホセは苦い顔のまま。
「……わかった、なら一緒に行こう。だけど約束して欲しい。必ず俺の傍を離れないと。……なんだかひどい、胸騒ぎがするんだ」
この騒ぎが何かはわからない。それもあって、本当は僕を隠しておきたいのだと、ホセは言外にそう告げた。
僕ははっきりと首肯する。
「約束します」
いくら少しばかり馴染んできたからと言って、ホセ以外に頼れないような、いまだ慣れ切らないこの場所で。僕だってホセから離れつつもりなんてない。
ただ、どうしてか、この騒ぎの中心へと必ず行かなければならないと、そう強く感じているだけで。
「ならば行こう」
「はい」
諦めたように溜め息を吐きつつ、差し出されたホセの腕を取って立ち上がった。
いつも通り、寄り添うように、僕を柔く支えてくれる。
とても好ましい番の匂いが僕を包んだ。
……――ホセは僕の番ではないはずなのに。どうしてホセから僕の番の匂いがするのだろう。
答えの出ない問いを心の中で呟いて。いつも通りターバンで頭と顔の大部分を覆って出た診療所の外。どうやら騒ぎは集落の入り口の部分からのようだった。
と、そこにあったのは、もしや集落中の人が集まっているのではないかというぐらい大勢の人の波。
その中心にいた黒い影は僕も何度か会ったことがある行商人、シズだ。
僕を拾ってくれた男。
これはつまり、シズが来たからこその騒ぎなのか。何か変わった物でも持ってきたのだろうか。
小さく首を傾げた僕は、だけどすぐに、何故だか急に体を強張らせた、傍らに立つホセに気付いた。
「ティリチュア……」
小さく呟かれた言葉が聞きとれなくて首を傾げる。
いったい何のことだろうか。ただ、なんとなく、聞き覚えがある単語のような気がした。
同時にツキリ、頭に刺すような痛みが走る。
ホセの名前を聞いた時と同じだ。
「ぅっ……」
「デュニナ?」
小さく呻いた僕に気付いたホセが、気遣わしげに、僕の視界を遮った。
「どうした? 何かあったのか? やはり戻ろう」
さぁ、促しながら踵を返そうとしたホセに、巨大な影が差しかかった。
僕は途端、目を瞬かせて驚く。
何故だろう、常にホセから漂っている番の匂いが、今、物凄く、とても濃くなったように感じられた。
近くに同じ匂いを纏うシズがいるからか。否、シズとホセが共にいても、これほど強く香ったことなどない。ならなぜ。
どうして今まで気が付かなかったのだろうか。
あるいは彼が、屈んででもいたのだろうか。
だから人ごみに隠れて、僕の視界に入らなかったのか。
心の中を、疑問でいっぱいにしながら、まるで何かに誘われるよう、影を辿って見上げた先にあったのは、どうやらとても大きな人間であるようなのだった。
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