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1・幼少期〜学園入学まで
1-7・彼と彼の妹についてと、③
しおりを挟むルーファ嬢だけが叱られてティアリィは叱られなかったことと、悪役令息という単語がイコールで合致しない。
そこの結論が一足飛びに過ぎて、僕にはどうしても理解できなかった。
なぜ、叱られなかったというだけで悪役という話になるのだ。
そもそも悪役とは何だ。何を指して悪役と言っているのか。
「悪役令息ってなぁに?」
もしや言葉の問題か? とも思い至り、訊き方を変えてみる。なぜ、と問うてしまうと、同じ応えが返ってくるような気がしたからだった。
僕の予想は当たっていたのだろう、ティアリィは涙に濡れた瞳で僕を見て、くすんくすんと時折しゃくり上げながら、まだ整いきらない息で途切れがちに言葉を紡ぎ、漸う僕に教えてくれた。
「生まれる、前に、やったゲームで……ルーファが、ヒロインで、俺はルーファをいじめるんです」
悪役令息だから。
生まれる前、ゲーム。そこまで聞いて思い当たる節があった。
なるほど、ティアリィは転生者だったのか。
以前に先生に教えてもらったことがある。確か、ティアリィと初めて会うほんの数日前だっただろうか。この国では千人に一人ぐらいの割合で、今の自分になる前に別の人生を歩んでいた時のことを覚えている、転生者と思われる者が生れ落ちるのだと。そういった者は総じて、記憶ゆえか精神的な成熟が他より早く、同時に時に意味の分からないことも言い出すのだとか。
ちょうど、今のティアリィのように。
ゲームやら小説やら漫画やら。この世界はそう言った作られた物語の中の世界なのだと言い出す者も珍しくはないらしい。どうやら、そんな創作物と似通った部分が多い世界であるのだとか。
とはいえ、個人の記憶以外に、何らかの干渉のようなものもなく、取り立てて気にするようなものではないというのが、圧倒的大多数の認識だ。
僕もそう思う。例えばもしこの世界が作られたものだったとしても。僕は僕だし、ティアリィはティアリィで、それぞれに意志を持ち、考えて、自由に動けるのだから。それ以上の何が要るというのだろう。
しかし、まだ5歳。僕もティアリィもまだまだ子供で。僕にはそんな記憶など存在しないし、今、ティアリィの話を聞いているだけだから少しは冷静なのかも知れず、当事者であるティアリィはきっと、到底、混乱せずになどいられないような心地なのだろうとも思った。
珍しい混乱するティアリィのかわいい姿を堪能しつつ、僕は少し、考えてみる。ティアリィの憂いは、晴らしてあげたい。何を言えば、慰められるのだろうか。
「ティアリィは、ルーファ嬢をいじめるの?」
「!! いじめない!」
ティアリィの言葉そのままで問い返せば、勢い込んで反論が戻る。そうだろうとも。
「そうだよね。ティアリィがルーファ嬢をいじめるなんて僕にも想像できないよ。いっつもかわいいかわいいって可愛がってるじゃないか。それにどうしてティアリィが叱られなかったって言うだけで、悪役って話になるのさ」
「だってゲームで、ティアリィが何をしても許されてて、いっつもルーファだけが叱られてたんです。ティアリィはルーファにひどいことばっかり言うんですよ?」
ゲームとやらに出てくるティアリィは、少し問題のある性格でもしているのだろうか。ひどいこと……ティアリィが、ルーファ嬢に?
あり得ないだろう。
僕は困ったように首を傾げて、ティアリィに微笑みかけた。涙に濡れた頬を拭って上げたいと思うけど、ソファに向かい合って座ったままだと、どんなに手を伸ばしたって届かない。僕の好意は、悟られてはいけないとも言われているし。あまり近づきすぎると、きっと僕は抑えが効かなくなって、そうしたら流石にティアリィにも伝わってしまうだろう。だから、いっそ隣に座ってしまいたいけど今は我慢。いつかの未来に取っておく。
「でも、ティアリィはルーファ嬢にひどいことなんて言わないんでしょう?」
「当たり前です!」
僕の問いに対する否定は、即座に力強く返ってきた。少し、元気になってきただろうか。まだ目尻には涙が光るけれど、今はもう先程のようにしゃくり上げてはいないようだ。
「なら、それでいいじゃない。例え悪役令息なのだとしても、ティアリィがルーファ嬢をいじめなければいいんだよ」
ティアリィは君なのだから、全ては君の自由意思による行動次第。
「でも、ルーファだけが叱られて、」
「ルーファ嬢はまだ小さいのだし、よくない事をして叱られるのは当たり前のことでしょう?」
僕もティアリィもおそらく叱られたことなんてないけれども。それは叱られるようなことをしないだけなのだ。
僕らは二人とも、他の子供よりも早熟で、何でも出来てしまうから。むしろ叱られる、ということそのものが分からない。
窘められたり、注意されたりぐらいは覚えがあるのだけれど、きっとそれとも違うのだろう。ティアリィはもしかしたら、誰かが叱られているのを見たのも初めてだったのかもしれないと思った。
もっとも、そういう僕も、誰かが叱られている場面にさえほとんど出くわしたことはないのだけれど。僕には今、兄弟はいないし、かかわったことのある子供そのものがティアリィだけ。王宮勤めの侍従や侍女、女官や官吏になど、早々不手際があるはずもないし。
ティアリィはきっとびっくりしたのだ。びっくりして、そして混乱した。
混乱して……――僕の前で、泣いた。他でもない、僕の前で!
これは僕に気を許してくれているということではないだろうか。出会って初めの頃は、不機嫌なことも多かったティアリィがまさか僕の前で泣くなんて。
まだまだ不安そうなティアリィに僕は笑いかける。
「大丈夫だよ、ティアリィ。これから、気を付けていけばいいだけなんだから」
大丈夫。
根拠が、提示できたわけではなかった。ただ何度も同じような言葉を繰り返しただけだ。
でも、それでもティアリィには充分だったようで。神妙に頷いたティアリィは、もう泣いてはいなかった。
その後も時折ティアリィは生前のゲームの話を口にしては何か不安そうにしたり泣きそうになったりしていたが、年を経るごとにその頻度も減っていき、数年も経つ頃には自分が気にしていたことすら忘れているようなありさまだった。
ちなみに長じてのち、僕は他の女性から同じように、悪役令息の話を聞いては笑わずにはいられなくなってしまうのだけど……――しょうがないと思うのだ。
だってティアリィはどこにも、悪役令息な部分なんて、ありはしないのだから。
ただ、美しくかわいいばかりで。
ねぇ?
4
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