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1・幼少期〜学園入学まで
1-12・乙女ゲームの話と現実
しおりを挟むティアリィ・ジルサ。
それがティアリィを指していることはわかるが、正式な名前ではないし、彼女がティアリィのことを、事前に何か聞いていたとも思えない。
ちらとティアリィの方を確かめても、驚きに目を見開いている。面識など、勿論ないのだろう。だけど。
しかし今、ゲーム、と言っただろうか。それはつまり。
僕が口を開く前に、ティアリィが一歩先へと足を進めた。僕の前に出て、彼女を見る。
珍しい。内心驚く僕をしり目に、ティアリィは笑った。
「貴方はこの世界のことを知っているんですね。そのお話、詳しく教えて頂けませんか?」
その言葉は彼らしくもなく、薄ら寒い恐ろしさを孕んでいた。
うん、そうだよね、いま彼女はゲームって言ったし。それは多分、過去、幼いティアリィ自身が口にしていたそれと同じなのだろう。ティアリィもきっとそう思って。しかし。それにしても。
小さく首を傾げた僕の前では、ティアリィの笑顔を目にして、一瞬、びきりと固まった彼女が、次いでこくこくと慌てたように首を横に振っていた。
これでは当初の予定通りというわけにはいかなさそうな様子に見えるのだが、まぁいいかと思い、僕は彼女とティアリィが会話を始めるのを聞くに努めた。
ティアリィが、自らが転生者だと彼女に明かしている。前世の記憶があるのだと。ただ、同時に、曖昧で、この世界が、前世、日本で発売されていた乙女ゲーに酷似していることは分かるのだけど、肝心の詳細はさっぱり覚えていないともティアリィは話を続けた。
以前に聞いたことのある、僕も知っている話だった。
はじめひどく驚いた様子だった彼女は、ティアリィの言葉を聞いて神妙に頷き、躊躇いがちに口を開いた。
「そうは言っても……話って、いったい何を話したらいいの」
戸惑う彼女を、ティアリィが促す。
「なんでも。今言ったように、俺の知識はあまりに曖昧なんです」
落ち着いたティアリィの様子をじっと見て、彼女がひょいと小さく肩を竦めた。
「ゲームの話って、でも、何の参考にもならなさそうだわ。そもそも、貴方の態度が全然違うわよ。見た目はほんっとそのままだけど、ゲームの中のティアリィ・ジルサって言ったら、もっと意地悪で高飛車。見ず知らずの人に、そんな風に笑いかけたりしないヤツよ」
それはいったいどんな嫌な奴なのか。確か悪役令息、だっただろうか。以前ティアリィも言っていた。なるほど、それは確かに悪役らしい。ティアリィ自身も驚いて目を瞬かせている。
僕は思わず噴き出した。
「それ……! いったい、どこの、ティアリィ……はは!」
体を折り曲げ、腹を抱えて笑ってしまう。以前から思っていたけれど、本当に全く笑える話だ。ゲームだなんてそんなもの。実際とは何も何処も合致しない。もっとも、同じような話をしだす転生者や迷い人は過去にもいたが、ゲーム通りになっただなんて話は聞いたこともなかった。皆、現実は違うと実感して終わっているのだとか。彼女も、ティアリィもそうなるのだろう。
彼女は笑い続ける僕に構わず言葉を続けた。なるほど。本当に落ち着いた、しかも肝も据わっている女性らしい。
「でしょ? さっきここに入ってきてから、今こうしてちょっと話しただけでも、全然違うってわかるわ。さっきの私が呼び捨てにした時だって、ゲームのティアリィだと、絶対に激高してたわよ。それがあの、腹黒さ前面の笑顔なんて。いえ、腹黒なのは間違ってないんだけど、もっとずっと怒っているイメージが強いかしら。ヒロインのことも、よく怒鳴りつけていたし」
ヒロインと言えばルーファ嬢だっただろうか。ルーファ嬢を、怒鳴りつけるティアリィ……――あり得ない。
「ほら、貴方、嫡男じゃない? しかも、なまじ優秀で、言っていることも、そこまで可笑しいわけでもないのも相俟って、多少の態度の粗さや気性の激しさは、貴方のおうちでは受け入れられていたのですって。で、その分のしわ寄せが全部、妹に行っていたせいで、ヒロインは臆病な性格になっていたわよ。引っ込み思案で優しくて穏やか。公爵令嬢にもかかわらず、鼻にかけた所がちっともない。兄の影に隠れる、健気な妹って感じで。幼馴染でもある殿下やアルフェス様は、そんな二人をずっと見続けてきたから、ティアリィには嫌気が差していたし、ヒロインのことも、何とかしたいと思っていた、とかで、その二人は好感度が初めから高かったのよね」
聞けば聞くだけ、ルーファ嬢だと思われるヒロインの人物像もおかしかった。臆病、引っ込み思案、穏やかなルーファ嬢……それはむしろアルフェスの方が近い気がする。ルーファ嬢とは無縁な言葉の羅列だった。
奥は笑いが止まらない。本当におかしい。こんなにも笑ったのは、生れて初めてではなかろうか。
ちらと僕に注がれたティアリィの目が冷たかった。
はは。そんな冷たい眼差しも、キレイだなぁ。
「ゲームには迷い人なんて出てこなかったし。それだけでもこの世界が、ただよく似ているだけの世界だってのは明らかよね。なんか、ゲームとかどうでもいいような気がしてきたんだけど。もしかして強制力とかそんなのがあるの?」
彼女からの質問に、ティアリィが首を横に振る。僕も聞いたことがなかった。強制力、ねぇ?
そろそろ、もう充分な気がしたが、ティアリィはまだ話を聞き足りないらしい。更に続けろと雰囲気で促している。
彼女があからさまに溜め息を吐いた。
「他に何が知りたいっていうのよーあのゲーム、ほんとただの乙女ゲーで、恋愛要素以外ほとんどなかったし、ストーリーもあっさくて地道な好感度上げがひたすら苦行なクソゲーだったわよ? よかったのはキャラデザとスチルだけ。逆にそれだけで結構人気あったみたいだけど。絵はほんと、すっごく良かったから! ほら、貴方も現に美人じゃない? 目が潰れそうだわー、麗しすぎて。学園のイベントに沿った、単純な選択肢の好感度上げ以外だと、あったエピソードなんて、ティアリィからの意地悪と、そのティアリィへの、卒業パーティでの断罪ぐらいかしら? 一番好感度が高いキャラが、ティアリィを断罪するのよ。で、意地悪な兄がいなくなって、ヒロインは攻略対象と結ばれて、抑圧されていた環境から解放されて、めでたしめでたし、ハッピーエンドってわけ」
半ば投げやりに続けた彼女に、ようやくティアリィが小さく頷く。うん? やっと納得できたのかな? と、思ったのに、しかしまだだったらしい。
「確かに、聞くだに現実と剥離しているみたいだけど……なら後は、攻略対象について教えてよ。俺が覚えてるのはアルフェスと殿下だけなんだけど」
攻略対象……よくわからない単語だ。そもそも乙女ゲームとはどんなゲームなのか。実の所、僕はそこからしてよくわかっていなかった。今の彼女の話から察するに、ヒロインは親密度を上げて攻略対象者を攻略する、という解釈で会っているのだろうか。結ばれる、というからには交際や婚姻が目的なのか。疑似恋愛を楽しむゲーム、なのかな? などとあたりを付けながら、彼らの話の続きを聞いた。
その辺りでティアリィが何を気にしているのかもわかった気がする。つまり、将来的にルーファ嬢のお相手になりえる人物が知りたいということなのだろう。
「その二人がメインの攻略対象よ。この国の皇太子殿下と、騎士団長の息子、他は、宰相補佐の弟と、若き宮廷魔術師、大商人の跡取り、隣の国の王孫、だったかしら? 隣国の王孫の時だけ、現状を把握しながら放置していたって言って、ティアリィと一緒に国ごと糾弾されるけど、それだってヒロインの嫁入りに有利に働く、以上のことは何もなかったみたいだし」
宰相補佐の弟と、宮廷魔術師、大商人の跡取り、隣国の王孫とは。なかなかの人物達だなと、件の者達を頭の中で思い浮かべた。話に聞いたことはあるが、会ったことのない者ばかりなので、誰の顔も解らない。多分、ティアリィも同じだろう。
そういえば彼らは皆、ルーファ嬢と同じ年だっただろうか。
その辺りで満足したらしいティアリィは、今聞いた以上のことは、おいおい話してもらうことにしたらしい。
ようやく今日の目的であった、彼女への現状の説明や、彼女の希望も踏まえた今後の相談へと移れそうで、僕は何とか笑いを収めた。
彼女もほっと、小さく安堵の息を吐いていて。ティアリィだけがその後もずっと、なんだかおかしな顔をしたままだった。
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