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2・学園でのこと
2-1・アツコの疑問
しおりを挟むそれ以上のことは、僕からは話せない。
そう続けた僕に、アツコは食い下がったりもせず、今度はティアリィ本人に聞くことにしたようで、アツコが次にアルフェスとティアリィについて口に出したのは、僕達三人ともが学園に入学して、1週間ほども経った頃のこと。
「ねぇ。貴方の婚約者はスチーニナ侯爵家嫡男のアルフェス様なのよね?なのにどうして、アルフェス様よりもこんなに皇太子殿下と仲がいいの?」
そんな話し方で。
そもそもアツコが、僕達より10も年上にもかかわらず、一緒に学園に通うことになったのは、この世界の知識を学ぶのに学園はちょうどいいと判断されたからだった。
僕とティアリィが、今までのようにアツコとの時間が取れなさそうだというのも理由の一つではあったし、僕達とアツコの仲が、悪くはなさそうだというのもそう、何よりアツコが、この話を出した時、絶句して嫌そうにしていながら、そこまで頑迷には拒絶しなかったのも大きい。これも彼女曰くの、成るようにしか成らないの一環なのだろうか。
とにかくアツコは僕達と一緒に学園に通うことになって、僕達はこれまで以上に、彼女との時間を長く過ごすようになっていた。
クラスも授業も全部一緒だから、僕達三人が学園で離れることなんてほとんどないのだ。
ずっとティアリィと一緒。それだけで僕の毎日は輝いている。
アツコも、強く存在を主張する性質ではないから一緒にいて気にならないし、年が上すぎていくらティアリィと仲良さそうにしているのを見ても嫉妬一つわかなかった。
彼女は安全だと僕のどこかが判断しているからだろう。
ティアリィもティアリィで、年上のアツコには僕と同じか、僕に少し劣る程度の気安さこそ見せるものの、庇護する相手とまでは見ていないようで、ルーファ嬢やアルフェスにそうするのと違い彼女を取り立てて優先するということがない。
今のように三人で、こんな話をしていても、何も気にはならなかった。
昼休み。学園の敷地内にあるカフェテリアの奥まった席を3人で陣取って、食後のお茶を嗜みつつ、一息ついていた時だった。
アツコの言葉に、ティアリィが不思議そうに、アルフェスの年が一つ下で、学園にもまだ入学していない以上、早々一緒にいられるものでもないのだけど、と小さく返した。
だが、アツコがそうではないと首を横に振る。
僕はアツコが本当は何を聞きたいのかがわかっていた。
だって彼女は僕の気持ちを知っていて、僕の気持ちの妨げとなるのがアルフェスであることもまた、知っているのだ。
「学園内のことだけじゃなくて。これまでもなんだかんだ、貴方達が私の授業、受け持ってくれてるとこもあったから、結構一緒にいたじゃない? それなりに色々雑談とかもしたと思うんだけど、ティアリィからアルフェス様の話題って、出たことないでしょう? もしかして仲が悪いの?」
アツコも上手いものだなと思う。何も嘘は言っていない。実際、ティアリィの口からアルフェスの名などほとんど出てこないのだから。反面、ルーファ嬢の名前はよく聞くのだけれど。
ティアリィはまさかアツコからそんな指摘を受けるとは思っていなかったのだろう、戸惑って、少し応えを躊躇う。
アツコに、何をどう伝えればいいのか迷っているのだろう。ややあって。
「仲が悪い、わけじゃないんだけどね……今も週に、2、3回は顔を合わせるようにしてるし」
そう、事実を口にした。
今で、その頻度。学園に入学した以上、アルフェスに割く時間はもっと減っていくだろう。ティアリィはほぼ、間違いなく。それを惜しいとは思っていないだろう。むしろ少し安堵さえしているかもしれない。
僕の目から見ても、ティアリィとアルフェスは仲が悪いわけでは決してなかった。ただ。
「でも、確かに……ちょっと避けてはいるかな」
そう、ティアリィはアルフェスを避けている。さりげなく、しかし明確に。
ティアリィが目の前に用意されていたお茶に口を付ける。敢えて口を挟まず、小さくなる喉を僕は見ていた。
「でも婚約者ではあるんでしょ? どうして、って聞いても大丈夫?」
アツコが一瞬、僕にちらと視線を投げる。ティアリィはそれに気付かない。僕は笑った。にこりと。
アツコは一瞬眉根を寄せて、しかし何も言わず、躊躇いがちなティアリィの次の言葉を待っている。
僕も口を開かない。だってティアリィがなんて応えたって、僕には何でもいいのだもの。
困っているティアリィも可愛いと内心、陶然と見惚れるばかりだ。勿論、ティアリィに悟られないように、顔には出さないよう気を付けながら。
ティアリィは迷って、しかし結局こう口を開いた。
「性的嗜好が合わないんだよね。俺もあいつも受け手がいいんだから、合うわけないじゃない?」
つまり、アルフェスを避ける理由を端的に、偽りなく言葉にしたのだ。
「え?」
肩を竦めて言い放ったティアリィに、アツコは目を丸くして驚いている。
そうだろうと頷く。アツコはアルフェスに会ったことがなく、彼を知らないのだ。だから驚いている。ゲームに出てきたアルフェスはどんな人物だったのだろう。だがきっと、本当のアルフェスとは違うはずだ。
こちらを見るアツコの視線がもの言いたげで、だが、僕は構わず応える代わりに笑った。
ティアリィはそんな僕たちのやり取りに気付かない。ただ多分、僕の笑い方に不快感を感じてはいるのだろう。こちらを睨みつける形のいい眉が歪んでいる。
今のやり取りでアツコは察したはずだ。
僕がティアリィに思いを伝えない理由。だが、それを憂えた様子がないのがなぜなのか。
僕は笑う。
現状、僕は何もしていない。
だけどきっと僕はいつかティアリィを手に入れられる。
ああ、きっと、絶対に。
僕は笑った。
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