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2・学園でのこと
2-6・ルーファ嬢と言う少女
しおりを挟むルーファ嬢はルーファ嬢だった。
何も変わらない。
2年前、僕自身が学園に入学するまではティアリィやアルフェスと共に、ルーファ嬢ともそれなりの時間、共に過ごした。とはいえ、週に2、3度。ティアリィよりも少ない頻度。
だからこそ僕は彼女のこともよく知っている。
ティアリィがいかに彼女を甘やかしてきたのかも。
ルーファ嬢自体に、他意など何もない。悪意も、害意も、何も。
むしろ善良でお人好しでさえある。困っている人は助けなければいけない、なんて道徳心も、当たり前にしっかり持ち合わせていた。いっそ、そういう正義感は人より強いぐらいだろうか。
しかし、彼女には圧倒的に想像力が足りていなかった。
これこそがティアリィが甘やかしに甘やかした弊害だと僕は思っているのだが、ルーファ嬢は自分を少しも偽れないのだ。正直で素直。欲しいと思った物は欲しいというし、嫌だと思ったことは躊躇いなくそう口にする。そこに他者への配慮など存在せず、否、自分がそう告げることによって相手がどう受け取るのか、結果どういった事態に陥るのか、などということを、徹底的に考えられない人物へと成長していた。
今まで。全てのフォローをしてきたティアリィがすぐそばにずっといたから。彼女はそれらを考える必要がなかったのだ。
あのままでいいはずがないことなんて、誰の目にも明らかなのに、ティアリィはルーファ嬢への態度を改めようとはせず、今も彼女のフォローに奔走している。
ルーファ嬢が入学して1週間。たったそれだけで、すでにティアリィはルーファ嬢の事情ゆえに今までよりもずっと忙しくなっていた。
自然、僕達と一緒にいる時間も減っていて。
「珍しく機嫌が悪いのね、殿下」
昼休み、生徒会室にて。ある程度の書類仕事なども終わり、すると途端に席を立って、部屋を出て行ったティアリィを見送った後、すぐにも机で項垂れ始めた僕にアツコがからかうように声をかけてきた。
むっと顔をしかめる。
「機嫌なんて、いいはずがないだろう」
当たり前だ。だって少しも面白くない。
溜め息を吐いた。
「ま、これは僕の見通しが甘かったと言わざるを得ないかな」
ルーファ嬢という存在が持つ意味を甘く見ていた。
特にティアリィに関する、彼女の影響力を。
現にティアリィはここ数日、ちっとも僕の側にいないのだ。
生徒会の仕事や、クラスでの用事、授業の何かなどに手を抜いているなどということはなかった。
ティアリィがそんなことをするはずがない。良くも悪くも彼の優秀さは折り紙付きだ。多少他のことに手を取られているからと言って、それらが疎かにされることは決してなかった。
だけど。
もう一度深く溜め息を吐く。
「僕の……優先度は、ティアリィの中では低い」
「それは、」
「いいんだ、わかっている、ただの事実だ」
咄嗟に否定しようとしてくれたアツコにも、ふるりと首を横に振る。フォローなど要らない。
そんなことわかっている。今更だ。知っている。
勿論、王族、という意味でなら、尊重してくれているだろう。だけどそれだけ。ティアリィは僕を優先しない。決して。何故ならティアリィにとって僕は、優先しなくてもいい存在だからだ。アツコも同じ。逆に言えば、気を使わなくてもいい相手とも言える。
それは決して悪いことではなかった。特に今までは、少しだって。悪いことでは、なかったのだけれど。
「ティアリィの最優先事項はルーファ嬢なんだ。そんなこととっくに知っていたはずなんだけどね」
2年。ルーファ嬢と離れていて、僕自身、彼女のことを甘く見るようになっていたのだろうか。否、想定以上に、彼女が彼女でありすぎたせいか。
1週間。ルーファ嬢が入学してきて、まだたったの1週間だ。なのにこの状況。
ルーファ嬢の話は、アツコの耳にも届いていて、アツコは重ね重ね、驚かずにいられないようだった。
入学式の時僕たち二人して口を揃えた、もっと強烈というその言葉の意味をアツコはすでに十分に痛感している。
ティアリィの元に届けられる、ルーファ嬢関連の相談事は、要はその全てが苦情だからだ。当然、ティアリィと可能な限り行動を共にしている僕とアツコの耳にも同じ話が届くこととなった。
僕は溜め息を吐く。
珍しくアツコの眼差しが気づかわしげだ。
「今日、ティアリィが何をしに行っているか知っている?」
何をしに、何処に行っているのか。
僕の問いに、アツコはふるりと首を横に振った。
「知らないわ」
用があるとしか、聞いていない。でも、用なんてそんなもの、ほとんど、間違いなく。
「ルーファ嬢がね。同級生から貰ってしまった髪飾りを返しに行っているんだよ」
勿論、ルーファ嬢も一緒にね。
肩を竦める僕に、アツコがぎゅっと眉をしかめた。
「それは、つまり、」
「うん、今、君が想像した通り。ルーファ嬢が取り上げてしまったんだよね。無自覚に、同級生から、その子が大事にしていた髪飾りを。ルーファ嬢は、こう言っただけだそうだよ」
曰く、その髪飾り、素敵ね。わたくしにくださらない? と、そう。
幼く、何も考えず。いいなと思ったから欲しいと言った。公爵家のご令嬢が、そう口にしたのだ。
「言われたのは、男爵家のご息女だったそうだよ」
「それはまた……」
公爵家のご令嬢からのおねだりを、件の女生徒が断われたはずがない。
だが、ルーファ嬢はそんな背景をおそらく今もって知らないままだろう。そもそもルーファ嬢には、その女生徒から取り上げてしまっただなんて、そんなつもりは一切ない。欲しいと思って、そう、口にして。告げられた女生徒がどう返すのか。それ自体、ルーファ嬢にとって大きな問題ではなかったはずだ。断られても、貰えてもどちらでもいい。女生徒が拒否したなら、それはそれで、ルーファ嬢は怒ったりもしないのだ。あら、残念ね、とでも言ってそれで終わり。
ルーファ嬢はそういう少女だった。起こしてしまった出来事の結果や態度はともかく、ルーファ嬢自身は我儘で手が付けられないというような少女では決してない。むしろ穏やかで寛容でさえあるだろうか。同時に壊滅的に自分が口に出してしまった事柄の結果を、想像できない少女でもあった。
自分がそんなことを口に出して、相手がどうなるのか、それが分からない。だから、こうなる。
「余程大事な髪飾りだったんだろうね。その女生徒は困り切ってティアリィに相談しに来てね」
ティアリィはこれまでの実績とその立ち居振る舞いから、そういった相談にも応じてくれそうな雰囲気を持っている。そんなことで機嫌を損ねたりしない人物であることを、もはやすでにみんな知っている。
反して、ルーファ嬢がどのような人物であるのかを誰も知らなかった。
ティアリィの妹であり、またこの学園に通っているのだから、おかしな人物だと思っている者もまたいないことだろう。
だが、一見朗らかで爛漫なルーファ嬢の雰囲気は、同時に相手にルーファ嬢の希望を断ってはいけないのだと思わせる何かを纏っていた。
だからティアリィに相談しに来る。ルーファ嬢の実兄でもある、彼に。
「で、今、返しに行っていると」
「そう。で、今度の休みに、代わりを一緒に選びに行くんだって」
ティアリィとルーファ嬢で。
それで終わり。
ルーファ嬢は決して、そんなことでごねたりしないのだ。
「ま、ちょっとしたら少しは落ち着くとは思うけどね」
周囲が、ルーファ嬢に慣れればある程度は。
「でも」
僕は考える。そこでいったん言葉を切った僕を、アツコが怪訝そうに窺ってくる。
「でも?」
「うん。このままには、しておかない、かな?」
今すぐに、という程ことを急いてはいないけど。このままになど、しておかない。
これからを想像して笑う僕に何を見たのだろう。今までの気づかわしさはどこへやら。とたん胡散臭そうな眼差しに変わったアツコが、小さく溜め息を吐いて僕に言った。
「ほどほどにね」
諦めを滲ませ、そう。
「肝に銘じるよ」
軽く請け負って再度笑いながら僕は、これからのことを考えていた。
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