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6・聖王への嫌悪

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 極めつけは、父であるはずの聖王からの、王子に対する視線である。
 粘っこく、欲にまみれ、色として蔑むその視線。
 聖王は確実に、自身の息子である王子を、そういった対象として見ているようだった。
 その上、王子の横で頭を垂れた私にまで、同じような視線を寄越してきたのである。
 私はぞっとした。
 王子の隣にいたせいか、それとも私自身の年齢のせいか、具体的に何かをされるというようなことはなかったのだが、あんな視線にさらされたというだけでも恐ろしくて堪らず、私はもう二度と聖王になど会いたくないとしか思えなかった。
 なのに王子は。

「父上に会えるだなんて、アリアは幸運だ。その上、感じただろう、父上は祝福の眼差しまでお与えになられた。きっとこれからアリアは神の覚えもめでたくなることだろう」

 などと言祝いでくださったのである。
 祝福の眼差し? それはまさか、あの、色欲に塗れ濁り切った気持ちの悪い視線で侵されるような眼差しのことを指しているのだろうか。あんなもの、汚されることこそあれ、どうして何かを与えられるものだと認識できるというのだろう。

「喜べ、よくすると父上から、直接祝福をその身に注がれる栄誉・・・・・・・・・・・・・さえ頂けるかもしれないのだぞ?」

 続けられた言葉に愕然とする。私はおそるおそる確認のための問いを口に乗せた。

「祝福を、注がれる、とは……?」

 あの視線とその言葉。そこから導き出される答えは、悍ましくて仕方なく。王子は満面の笑みだった。

「うん? わからないのか? 父上のお体を腹に受け入れ、直接祝福・・を注いでいただくのだ。そうすることで、神の一部をこの身に宿せるのだと父上はおっしゃっていた。名誉ある行為なのだぞ? 私はすでに幾度か選んで頂いている」

 何を言っているのかわからなかった。それは、その行為はどう考えても。
 悍ましかった。あんな男がこの国の聖王であるだなんて。
 私の中で、王子の置かれている立場に対する懸念が、確信に変わった。
 おそらく、正しく彼の扱いは妃なのだ。間違っても王子ではない。
 特別に可愛がられている、その言葉に嘘はないのだろう。その可愛がられ方はどうあれ、彼は大切に扱われ、可愛がられている。
 だが、次の王位に就くことなど決してないのだろうと同時に理解した。
 もし、神の一部なるもの・・・・・・・・が彼の身に宿ったなら、それにならあるいは。
 否、まさか聖王様も、仮にも自分の息子に其処までは求めまい。私はそう、自分を慰めるしかなかった。
 そしてより一層、王子の行動に何も言えなくなっている自分を自覚した。
 なんてかわいそうで不幸なのだろうと、私を今まさに無自覚に、よくない立場へと導くばかりであるはずのこの王子に、深く、これ以上ないほど同情してしまったのである。
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