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13・覚えのない希望
しおりを挟む意味が解らなかった。
私はずっと、この王子のことをかわいそうだと思っていた。だけど今は、そんな風には思えない。ただ、理解できずひたすらに恐ろしい。
「で、殿下、手を、どうか……お放しに、なって……」
手を、捕まれたままなのだ。嫌だった。放して欲しかった。
王子はいつもと変わらず美しい。きらきらと艶めく金髪を煌めかせて。見た目だけならば神々しいほど。
ミオシディア嬢は。微笑みを湛えたまま、私と王子を見つめていた。
私は周囲をそろりと見る。皆、暇つぶしの見世物でも見ているかのような視線で私達を見ていた。
にやにやと、にたにたと、それらの多くは、私と王子を馬鹿にしきった眼差しだった。
「うん? どうした、アリア。遠慮せずともよいのだぞ。また恐れ多いとでもいうのだろう。お前はいつも謙虚だからなぁ。それはお前の美徳だが、これからはもう少し堂々とすることも覚えていかなければ」
王子は、ミオシディア嬢を見ていた時の険しい顔など忘れ去ったかのように熱っぽく、焦がれる瞳で私を見ている。
そうなのだ、こんな目で見られたら間違いようもない。私は王子に気に入られているのだ。大変ありがたくないことに、王子は私に心を寄せて下さっている。
だが、これから、とはどういうことだろうか。
私には王子とのこれからなどあるはずもないのに。
嫌な予感がした。ソーシェの言っていた懸念が頭をよぎった。
王子は、私の手を離さないまま、再度ミオシディア嬢の方へと向き直って、また、彼女をきつく睨みつけた。
「ミオシディア。私もいい加減、我慢の限界だ。よってここでお前との婚約は破棄する。アリアもそれを望んでいると聞いているからな!」
そうして続けられた言葉は、私には全く身に覚えのないことだった。
王子の言うアリアというのは私だ。つまり王子は今、私が、ミオシディア嬢と王子との婚約破棄を望んでいると聞いたと言ったのだろうか。
誰にだ。そんなこと一度も言った覚えなどなかった。
王子に、婚約破棄して欲しいだなんて全く望んでもいない。なのに。
「どうした、アリア? 嬉しいだろう? お前の希望通りミオシディアとは婚約を破棄してやったぞ。これでお前は安心して私の元へ嫁いで来られるな?」
私は首を横に振る。わけがわからなかった。王子はにこやかに私に話しかけて下さっている。
だが、私は本当に誓って、王子とミオシディア嬢との婚約破棄など望んではいなかったし、それに、今、王子はなんと言ったろうか。私が、王子の元へ嫁ぐ、と?
周囲のざわめきが私の耳に届く。
「まぁ、子爵家風情が身の程知らずに……」
「王子からの求婚なんておこがましいこと」
「なぜあの不遜な娘は喜んでいないんだ」
「泣いて願ってようやくそれでも叶わないようなことを、だが王子が望んで下さっているんだぞ」
「不敬な娘」
「これだから平民は……――、――……」
ひそひそ、ざわざわ。それらの全ては悪意に満ち、私を絡め取っていくようだった。嘲笑と侮蔑。彼らにとってきっと私は、取るに足らない家畜のようなもの。私はどうすればいいのかわからなかった。嫌だと思った。絶対に嫌だった。
王子のことは嫌いではない。可哀そうだとも思っている。だが、それはただの同情だ。それ以上でも以下でもなく、むしろ関わり合いになりたくないのである。
ミオシディア嬢を見る。ミオシディア嬢は穏やかに微笑んでいる。
その笑みは、まるで自身の企みが上手く行ったと、そう私に告げてでもいるかのようだった。
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