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第1章
1-27・以来。しかし未だ⑬
しおりを挟むわかってはいたことだ。そう思う。
俺の気持ちがルスフォルにあるままだなんて、そんなこと、言われるまでもなく自覚していた。そうでもなければ誰がこんな。
「あー……えぇと、スティニファシア、殿?」
ぎこちなく躊躇いがちに名前を呼ばれて、俺はにこと微笑みを返す。
「私のことはどうぞティーシャと」
今更か。正直な話、そう思った。こうして夜を過ごすのは三回目。
昼間、ルスフォルにあったのはあの、王太子との顔合わせの時だけだった。
それ以外の時間は、俺は俺で忙しく、ルスフォルはルスフォルで仕事をしていたはずだ。
ルスフォルは要領もよくなく、実務には当たり前に時間がかかっていると聞いている。
昨日だって、朝、仕事に向かって以降は夜また部屋に訪れるまで顔を合わせもしなかった。今日は、一度会っているから、これでも昨日よりは共に時間を過ごせているのである。
それだって結局ごく短時間で。
昨日の夜も、一昨日の夜もろくに会話を交わしもしなかった。
構わないかと聞かれて頷いた、ただそれだけ。
それを思うと、今夜はどうやらまだ少しばかり余裕があるらしい。
だからこそ俺の名を、口に出したりなどしたのだろう。否、俺が少しばかり昼間へと、意識を逸らせてしまっていたせいだろうか。
今更、なのも仕方がないのかもしれない。
寝台で二人、向かい合って。ルスフォルは俺の両手を緩く掴んでいる。
今にも抱き寄せようとでも言わんばかり。
抱き寄せてくれてもいいのに。内心で小さく吐き捨てた。
「ティーシャ?」
ルスフォルが驚いたように目を瞬いて呟く。
何に驚いたのだろうか。わからないまま微笑んで頷いた。
「ええ。私の愛称です。親しい者は皆そう呼びますので」
むしろそれ以外で呼ばれることの方が稀だ。
だが、その呼び名の何がそんなに引っかかったのか、ルスフォルは明確に顔をしかめている。
「陛下?」
怪訝に思って呼び掛けると、はっと我に返ったように、だけどやはり戸惑ったまま首を横に振った。
「あ、ああ、すまない。ただ、その呼び名は……君は聞きたくないかもしれないけれど、あの子の母親と同じで……」
今度は俺が驚く番だった。
確かに、ティーシャは以前の俺の愛称と同じだ。生まれた時からの俺の愛称で、当然10年前にここにいた時も、少なくともルスフォルはそう呼んでいた。ちなみに他の使用人などにはあまりそう呼ばれた覚えはないのだけれど、それはともかく。
まさかルスフォルがそんなことを、把握しているとは思ってもみなかった。
てっきり10年前から理解していないままだったかと。だって俺のことなんて覚えていなかったのに。
俺は初めて知ったとでも言わんばかりに目を見開いて。どう応えようかと一瞬迷った。
だけど、嘘はつきたくない、そう思って。やんわりと、またしても笑みを作る。
「私の、生れた時から愛称なのです。どうぞお気になさらず」
王太子の母親だという人物に関しては敢えて何も言わずにおいた。
何を言っても、嘘になるような気がしたからだった。
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