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第弐話
2-8・夜道を行く
しおりを挟む夜の街は不思議だ。
通い慣れた喫茶店までの道が、全然違うものに見える。
途中にある、すでに閉まっているスーパーを横切り、キョウさんは迷いない足取りで喫茶店へと歩いていった。
俺はその後ろをついていく。
キョウさんは女性でヒールを履いていてもなお、俺よりも背が低い。
キョウさんの今日の髪型は横髪をピンで留めただけのもので、歩く度ふわりと揺れた。
昼間は茶色っ気が強く見えたけれど、夜ゆえか今は真っ黒だ。
少ない街灯の明りをたまに弾いている。
夜に沈んだ街は、しんと静まり返り、通り過ぎる人影もなく寂しいばかり。
なんだか妙な肌寒さを感じて、思わずブルりと身を震わせた。
「寒い? レンゲ」
そんな俺に気付いたキョウさんが、ちらと視線だけで振り返り、そう訊ねてきてくれる。強がって誤魔化そうかと一瞬思ったけど、結局やめて、正直に頷いた。
「そうですね、少し」
「そっか。じゃあ、喫茶店に着いたら、あったかいお茶でも淹れようね」
「はは。そこはコーヒーじゃないんですか?」
「私、コーヒー好きじゃないもん」
苦いから。
何度も聞いた言葉だ。
変わらないキョウさんの様子に少しほっとする。
たとえ黒い上着を着た彼女の姿が、ともすれば影に溶けそうに見えていても。
だって、髪も黒くて、上着も黒くて。手足はきっと黒くはないけれど、俺の角度からだとよく見えなくて。
そんなに黒に紛れていたら、しまいには彼女さえ見失ってしまいそうだった。
だからこそ俺は必死で彼女の後を追い、迷子になってしまわないように目を離せず。
何とか見慣れた喫茶店が見えてきた時には、知らずほっと安堵していた。
「不安だったの? 大丈夫だよ、私が一緒なんだし」
見透かすようなキョウさんの言葉に、俺は苦く笑って返す。
「夜に。そう言えば、外出したことがなかったので」
そうなのだ。
キョウさんに止められるまでもない。思い返せば俺は一度家に帰ってから、次に出勤するまで、家の外へと出たことがなかった。
精々が休日の昼間、買い物に出かけるぐらいで、夜など以ての外だ。
何故かはわからないが、機会がなかっただけと言えばそうで、だが、改めて考えると、不自然なようにも思えてくる。
「うん、そうだね。夜には出歩かない方がいいよ。特に今のレンゲはね」
キョウさんも同意する。だけど、今の俺は? それはいったいどういう意味なのか。
「今の俺?」
そのまま疑問に口に乗せると、キョウさんは笑った。
「そ。今のレンゲは。さ、着いたよ」
もう一度、繰り返すと同時、いつの間にか喫茶店に着いていたようだった。
キョウさんがポケットから鍵を取り出し、ドアに向かう。
俺は首を傾げた。
キョウさんは客だ。
毎日喫茶店に来る常連客。そのはずなのに。どうして喫茶店の鍵なんて。
「レンゲ? 早く入って」
疑問に思ったせいで、その場に立ち止まってしまっていた俺に、先に喫茶店に入って灯りを点けていたキョウさんが呼び掛けてきた。
「あ、はい」
俺は返事をして足を踏み出す。
喫茶店は、いつも通りの顔をして俺を迎え入れてくれた。
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