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2・旅程と提案
2-9・ミーナのおねだり
しおりを挟む「あらお母様! そのような面白いことになってらっしゃるのでしたら、私も呼んで下さらないと!」
何処から話を聞きつけたのか、普段はろくに顔も見せないミーナがそんなことを言いながら王宮に戻ったティアリィの元へ突撃してきたのは、キゾワリ聖国に入国して2日目の夜だった。
前日に事情はアーディに伝えてあり、おそらくそちらから聞いたのだとは思う。
ミーナはもともと、ティアリィが王宮に戻っても、毎回顔が見られるわけではなく、ティアリィの目が届きづらくなったのをいいことに、夜の遅い時間になっても王宮に戻ってきてない日があるような有り様で流石にそれには再三注意を促してきたのではあるが、とにかくそうしてティアリィから探して会う時間を作らない限り、自分からは近寄っても来ないミーナがである。
わざわざ、自分からティアリィを探し出した。
しかも用事が冒頭のそれ。
「ミーナ……」
思わずティアリィは頭を抱えた。
その場にいたコルティとアーディも目をきょとんと瞬かせている。
この場にグローディがいなかったが、それはアーディから報告を受けていた。
なんでも昼間の鍛錬に力を入れ過ぎて、疲れたから今日は早めに休むのだとか。そういう事情であるのなら、ティアリィの無理にとは言わず、そういう日はままあった。
「ミー姉様が母様に付いていくの? コルも行く!」
「コルティ」
聞きとがめたコルティの発言には、流石のティアリィも首を横に振った。
コルティのことは数日前に連れ出したばかりだったし、そもそもからして場所が場所だ。何が起こるかわからないような国に、幼いコルティは連れ出せない。それは、コルティとだとたった2つしか違わないミーナも同じこと。だけど。
「コルティはだめだよ。危ないからね。ミーナならともかく」
「アーディ?!」
なぜそこでミーナならともかく、などという言葉が出てくるのか。
咎めるように名を呼ぶと、アーディはひょいと肩を竦めた。
「あは。アー兄、わかってるぅ~」
「そりゃね。いったい何年、兄妹やってると思ってるの」
同じ年数分ティアリィは親子をやっているのだが。どうしてここで意見が分かれるのか。
険しい顔になったティアリィにアーディは苦く笑った。
「僕は母様の為にも、言っているつもりですよ。現にほら、今だって母様の魔力は枯渇気味じゃないですか。父様からの補給も期待できないのに、いったいどうするつもりだったんです?」
ミスティからの補給というのはつまり、そういった接触のことを意味する。あんな出国の仕方をしていなければ、頼めていたかもしれない。だが、今の状況では難しかった。最終手段ではあるけれど。、まだそこまで切羽詰まった状況ではない。
とは言え、アーディの言うとおり、今も囮として幻影を出し続けながら、魔力消費の激しい転移魔法を使用している。すぐにも何かが、というわけでもなくとも、いつもよりずっと心もとないのは確かだった。
「その点ミーナなら、多少の助けにはなるんじゃないですか? どうせまだこれからもちょくちょく帰ってくるつもりでしょう? コルティも会いたがるでしょうし。ピオラ姉様も、そんな母様のお傍にずっといるのは心配でならないでしょうね。僕だって心配です。ミーナが一緒なら転移の補助ぐらいはできるでしょ。父様とまだお会いになりたくないのでしたら余計にです。本当は僕の方が上手くできる自信がありますが、僕はキゾワリ聖国なんて行きたくありませんし」
清々しいほどのなすりつけだが、ミーナの希望を考えると、それぞれの意思に沿う形にはなる。だが。
「母様の目にどう映っているかは存じませんが、ミーナは逞しいですよ。伊達に一日の大半を城下で過ごしてなんていません。時にはスラムにだって、」
「あ~~~!アー兄、それはダメ!」
今、アーディはなんて言った。スラム、だって?
「ミーナ!」
一人で城下に行きたいと強請られた時、スラムには近づかないようにとあれほど口を酸っぱくして言い聞かせたのに。
上がったティアリィの怒声にミーナが肩を竦める。だが、悪びれる様子は少しもない。
「ごめんなさぁい、母様……でも大丈夫よ、今更だもの。それに私はきっとお役に立ちましてよ? そもそもお忍びって母様。いったいどういう設定で行くつもりなの?」
母様にもピオラ姉様にも庶民のふりは無理よぉ。私ならともかく!
一瞬で開き直ったミーナが胸を張る。
少しも威張れるようなことではなかったが、確かにティアリィ自身、ピオラと自分が平民だと言ったところで、無理だろうことぐらいは自覚していた。
「……一応、貴族のお忍び、ということにしようかとは思ってる」
というよりそれ以外は無理だ。
「あちらの国にも貴族はいるしね」
キゾワリ聖国はキゾワリ聖教からの影響が強く、国王、というよりは王族が存在しない。その代わりのように大司教がその役目を担っていて、聖王だとかなんだとか名乗っていたはずだ。一応は世襲制ではなく、だが、実情はそれに限りなく近いらしい。それとは別にそれなりの数、爵位や領地を持つ貴族のような者たちは存在した。こちらは逆に、基本的に世襲制だと聞いている。
その者たちの娘が、護衛と侍女を連れてお忍びで国を巡る。少しの間、国を出ていて、戻ったばかりだとでもすればなくもない設定だと思っていたのだが。多少の地域的な癖こそあれど、幸い言語的な隔たりはない。
ティアリィが今の所の予定を話すと、ミーナはふむふむと幾度か頷いた。アーディの考えもおそらく、ティアリィと同じようなもののはずだ。
「妥当な所ね。いいと思うわ! でも、それならいっそ、他国の貴族にしてしまった方が違和感が少ないんじゃないかしら。ファルエスタに行くのよね? あの国の以前の事件を思えば、他国に逃れていた貴族が、改めて戻ろうとしている、とかでも問題はないはずよ。どのルートを想定しているの? どうせ母様のことだから、聖都は避けるのでしょう?」
訊ねられたので地図を出して説明した。
「ん~、これだと、ルティル辺りからとしたらいいかしらね……特に大河の辺りからはそうする方が自然ね。それともマシェレアより更に北の国からという案もあるけど……今度は聖都を避ける理由がなくなるわ」
顔を突き合わせて地図をのぞき込む。
「もしくは商会とかを通してしまうのも手ね。それなら、遠回りする理由も出来るし。安心して、母様。私、商会ならちょっとした伝手があるの。どうせ侍女や護衛の補充に困っていたんじゃない? その辺りも一緒に解決するわよ」
ミーナはまだたったの8歳。今、ティアリィの膝の上にいるコルティとは2つしか離れていないのだ。コルティはこれほどまでに子供らしくいてくれているというのに。いったい城下で何をしているのか。
空恐ろしいと思いながら自然と寄ってしまった眉根に構わず、ミーナはにんまりと笑った。
「ね? 母様。私、お得でしょ?」
だから一緒に連れて行って!
それはティアリィが不承不承ながら、ミーナの同行を認めた瞬間だった。
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