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04・婚約、そして始まりの日。④
しおりを挟むそんな私の態度が、ティム殿下の目にいったいどう映ったのだろうか。
向かい合わせの席に座ったティム殿下は潤んだままの、妙にキラキラした眼差しで私を見てきて。
「あ、ぁの……えぇっと……その……」
などともじもじしだす。
周囲の大人たちが、驚いたようにティム殿下の様子を窺っていたが、私はわけがわからなくて首を傾げた。
何か言いたいことでもあるのだろうかと、ひとまず、ティム殿下の次の言葉を待つ。
随分と忍耐強く待ったと思う。
待って、待って、待って。いったいどれぐらい待ったことか。
今、思い出しても、なんだかあの時は、物凄く待ったな、と思う程なのだからずいぶん待ったことだったろう。
いい加減しびれを切らしてしまいそうになった時に、ようやくティム殿下は真っ赤な顔で、小さく小さく、呟いたのである。
曰く、
「り、リーシャ、嬢はその……ぼ、僕の……婚約者、なんだよね?」
と、確認のように。
私は頷いた。
慇懃に。だけど特に意識したわけでもなく、ただ、少しばかり丁寧に、と心がけて。
「ええ、そうです。先日そう決まったと聞いています」
この婚約が政略的なものであるだとか言うことを、この時すでに私は理解していて、断れるようなものでもないことも、また同時に分かっていた。
否、本当は断れたかもしれないが、少なくともこの時の私は断れないと思っていて、つまり将来この少年と私は夫婦になるということなのだろうと漠然と飲み込んで、特に疑問も持たず、頷きにも躊躇いはない。
私の返事を聞いたティム殿下はやっぱり涙の滲んだままの目でやんわりと微笑んで。
「え、ぇへへ……嬉しい……」
などと、微かな声でそっと囁いていた。
その可憐さと言ったら!
少年というよりいっそ少女のようだったが、私が嫌悪を抱いたりしなかったのは確かだった。
いっそ衝撃的だとすら思ったし、ほんのつい先ほど泣き出したり、言葉をなかなか発してくれなくて焦れたりだとか言う、よくない印象が、いっぺんに払拭されたようにまで感じられた。
だから、私も微笑んで、
「……そう言って頂けると、私も嬉しいです」
そう、返していたのだった。
――……などと、そんなことを思い出しているのは、ティム殿下が今もその時から、何も変わったように見えないからだ。
あの後、いったい何があったのだったか。
まぁ、色々あったのだけれども。
私とティム殿下は、せっかく婚約者になったのだからと、様々なことを王宮で共に学ぶこととなった。
エラルフィアラでは貴族は、13歳になると王立学園に入学する。
これは隣国、ナウラティスに倣った学園制度で、貴族でない者も、彼らに見合った中等学校に入学するのが常だった。
また、王立学園では、これもやはりナウラティスに倣って、一部優秀な市民や商人も受け入れていて、そしてそんな王立学園に入学する12歳まで、貴族であれば、それぞれが家で家庭教師などを付けて基礎的なことを学ぶのだ。
なお、貴族以外だと教会などによく併設されている初等学校に通うことが義務付けられている。
貴族であっても、家庭教師などが呼べない場合は通わなければならないのだが、私や殿下がそのようなわけがなく、とにかくそうして、基礎的な学問やその他のことを、私は殿下と共に学んでいって……――今に至る。
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