【完結】婚約破棄から始まるにわか王妃(♂)の王宮生活

愛早さくら

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01・婚約破棄

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「シェイフェニエ・ユナフィア! 俺はここで、お前に婚約破棄を言い渡す!」

 突然そんなことを言い放ったのは、僕の婚約者である、ここ、フィアリュス王国の王太子、ビティネルモア・フィアリュス王甥殿下だった。
 ガタン、余程に驚かれたのだろう、国王陛下が珍しく取り乱した様子で玉座から立ちあがり、ビティネルモア……――親しい人には、ティネと呼ばれていらっしゃる王太子殿下を驚愕に目を見開いて見つめておられる。
 僕も多分、同じ気持ちだ。
 いったいこの人は何を言い出したのか。
 しかも、ティネ殿下の傍らには、見覚えがあるようなないような華やかな美しさを誇る女性。
 確か彼女はコーデリニス侯爵家のアレリディア嬢だったはず。
 年は殿下の一つ下だっただろうか。交流がなく、よく知らない女の子だった。
 何故、そのアレリディア嬢が、ティネ殿下に寄り添うように立っているのだろう。
 それはどう見ても親密そうな様子で。
 僕はつい、眉を寄せ、不快を顔に出してしまっていた。

「殿下、いきなり何をおっしゃるのです」

 今日、この場では、殿下の成人を祝う夜会が行われていた。
 つまり、目の前の王太子殿下は、ようやく成人を迎えたのである。
 本来であるならばこの場で、婚約者である僕との婚姻式の日程が発表される予定だった。
 なのに、どうしていきなり婚約破棄だなんて。
 その夜会の開会が、今まさに宣言されようとしたこの瞬間、いきなりティネ殿下が言い放ったのが先程の言葉だったのだ。

「何を、だと!? そもそも、なぜ俺が、お前のような地味な男と婚姻を結ばねばならんのだ! 迎えも寄越しておらんというのに、のこのことこのような場まで、よく顔を表せたものだな! 厚顔にも程があるっ! わざわざ迎えを寄越さなかったということは、来るなと告げているのと同じだろうが」

 それだけではなく、続けてティネ殿下は吐き捨てるようにそんなことまで言い放った。
 僕はどうすればいいのかわからず、ただ立ち尽くしていることしかできない。
 確かに今日、婚約者であるにもかかわらず、ティネ殿下からは迎えなど何も寄越されたりしなかった。
 だが、それは今日に限らずいつものことで、僕はこれまで一度として、ティネ殿下からまともなエスコート受けたことなどない。
 迎えやエスコート以前に、連絡一つないのはざらで、一応、婚約者であるのだから、最低でも月に一度は会うようにと予定されている親睦を深める為の場でさえ、何かにつけて、ティネ殿下がいらっしゃらないことは珍しくなど全くなく。むしろ顔を出すことの方が稀。僕はそれも仕方がないかと、半ば諦めたような気持ちでいた。
 僕とティネ殿下の婚約は、ティネ殿下のお父上であらせられた、亡くなられた前国王陛下がお決めになったことなのだと聞いている。
 今の国王陛下は、その、前国王陛下の弟君で、ティネ殿下からは叔父にあたった。
 いまだ独身。それというのも、ティネ殿下が成人次第、王位を引き継がれる、いわばそれまでの中継ぎに過ぎない為、余計な軋轢を避けようと敢えてそうなさっておられるのだとか。
 ともかく、僕との婚約は政略結婚のようなもので、ティネ殿下は元々本意ではなかったのだろう。
 なら、婚姻までの間、自由になさるのも仕方がないことなのかと僕は諦めていたのだけれど。
 よもやまさかこのような場で、婚約破棄などと言い始めるとは。
 しかも全く関係がないはずのご令嬢を、すぐ傍らに寄り添わせて、だ。
 これではあのご令嬢との仲まで疑われる。その上、殿下はまるでそれを肯定するかのような発言を続けてなり始めた。

「そもそもお前は、元は子爵家の人間だろう? 身分低い身の分際で、わざわざ侯爵家に養子に取らせてまで、俺の妃になりたかったとでも言うつもりか? 強欲にもほどがある! その点、このアリーなら、生れも育ちも侯爵家! 由緒正しい完璧な存在だ。俺の隣には彼女のようなものこそが相応しいに決まっている」

 ティネ殿下にそんな風に称されて、アレリディア嬢はまるで勝ち誇ったかのような得意げな顔でこちらを見ている。
 彼女は確かに、ティネ殿下の言うとおり、元は子爵家の出である僕とは違って、しっかりと侯爵家で生まれ育っていることだろう。
 濃い金の髪に、鮮やかな緑色の目をしていて、大変に華やかで美しい。
 言ってしまえば、非常に派手な顔立ちをしていた。
 ティネ殿下もどちらかというと似たような系統のお顔なので、二人揃うと大変に目が疲れる印象とはなるが、お似合いと言えばお似合いだ。
 アレリディア嬢の、学業面だとかそう言うことに関しては、一切僕の耳には入ってきていないが、逆に言うとつまり、取り立ててよろしくない部分もないということなのだろう。優秀でもないのだろうけれども。
 だが、それがなんだというのだろう。
 僕とティネ殿下の婚約は、僕が決めたものでも、ましてや望んだものでも一切なかった。
 それでも、いずれはティネ殿下と婚姻し、そのまま王妃となると言われ、厳しい教育にも耐えてきたのだ。それらは全て、命じられたが故の義務感からに過ぎない。
 だというのにティネ殿下はいったい、そう言ったことをどのように受け止められていたというのか。
 その結果がこれなのか。

「ですが、僕との婚約は、前国王陛下の、」
「黙れ! この期に及んで、まだ言い訳を重ねる気かっ!」

 言い訳などでは全くない。ただ、そもそも誰がこの婚約を結んだのかを、ティネ殿下に思い出して頂こうと思っただけだ。
 なのに。

「前国王陛下など……父上はもうとうにお亡くなりになっていらっしゃるのだ、そのような話、無効だろう! なのにそれをこのような場でまで引きずり出すとは……なんとも浅ましいものだな!」

 無効。もし本当にそうであるならば、僕はこれまで王太子妃教育など受けては来なかったはずだ。
 なにせ前国王陛下が亡くなられてもう9年……否、あと数ヶ月で10年となるのだから。その数ヶ月の間に、僕とティネ殿下の婚姻が行われるはずだった。
 当初の予定では、この成人の儀と同時にという話だったのだけれど、ティネ殿下が色々と理由を付けて延ばされて、最終的な日付は今日、発表されるのだと聞いていた。なのに。

「ともかく、お前との婚約は破棄だ! これからはお前のような愚か者の顔を見ずに済むと思うと清々する」

 ティネ殿下が笑いながらそんなことを言い放つ。
 顔を見る以前の話、これまでろくに顔など合わせて来なかったくせに。
 思った言葉は、だけどまさかこのような場で口に出来るはずもなく。
 僕は内心で途方に暮れていた。
 その時だ。

「愚か者はお前だ、この馬鹿野郎がっ!」

 低く、怒りに満ちた声がその場を満たした。
 先程から驚かれたまま、ティネ殿下の様子を見つめ続けていらっしゃった、国王陛下のお声だった。

「叔父上?」

 ティネ殿下が怪訝そうな顔で、玉座の方を振り仰ぐ。

「普段から不真面目な態度が目に余ると、散々報告を受けてはいたが……まさかここまで愚かだったとは」

 国王陛下が力なく頭を振りながら額を手で押さえ、ぼすと、玉座に腰かけ直された。

「何を、おっしゃっておられるのか。聞いておりますよ、叔父上。皆、知っていることです。今、叔父上は国王でいらっしゃるが、それはあくまで、俺が成人するまでのつなぎであるのだと。つまり今日だ! 俺は国王となるのです。そのような存在のことを、繋ぎでしかない叔父上が愚かなどと称されるとは! お言葉を慎まれた方がよろしいのでは?」

 ティネ殿下の声音は、どこか国王陛下を馬鹿にしているかのようだった。
 確かにそれらは、この国に住む者なら全員が知っているかもしれないような事実だ。
 しかしこの場はあくまでもティネ殿下の成人を祝う夜会・・・・・・・であり、戴冠の場・・・・などでは決してない・・・・・
 ティネ殿下の戴冠は、僕との婚姻と同時だとも聞いていた。
 つまり、僕との婚姻を引き延ばしたがゆえに、今日のこの場はただの夜会・・・・・となったのである。
 それなのにまさかティネ殿下は、それらを全く理解しておられなかったとでも言うのだろうか。
 国王陛下が深く、深く溜め息を吐く。
 この場にいるもの皆が例外なくティネ殿下を白い目で見ていた。
 流石にそれらに気付き始めたのだろう、ティネ殿下が狼狽えたように周囲に視線を回し始める。
 傍らのアレリディア嬢も同様に、だ。

「お、おい、なんだその目はっ! なんだというのだっ! 不敬だぞ!」

 みっともなくわめき始めたティネ殿下を尻目に、

「陛下」

 一歩進み出たのはこの国の宰相を努めている壮年の男だ。

「なんだ」

 陛下は力なく、先を促された。
 宰相がちらと周囲に視線を走らせる。
 そこかしこで微か、頷くような様子が見えた。

「予ねてより私共はずっと、陛下に進言させて頂いておりました。このような状況となりましたならば、もはや一刻の猶予もございません。誰も否と申す者など存在しませんでしょう。……もちろん、一部の例外を除いて、ではありますが」

 一部の例外と、示されたのはティネ殿下とアレリディア嬢。よく見るとアレリディア嬢のお父上であられるコーデリニス侯爵もどこか疲れたように項垂れていらっしゃって、決してアレリディア嬢の方を見ようとはしていらっしゃらないようだった。
 いったい何が起こっているのか。否、何が起きようとしているというのか。
 ティネ殿下からの婚約破棄発言からずっと、混乱したまま、わけもわからず僕はただこの場に立ち尽くしている。
 会場のほとんどど真ん中。すぐ前には、少し離れた位置にティネ殿下。その傍らにアレリディア嬢がいて、ティネ殿下達のやや後方には玉座があった。
 陛下はそちらに座られている。
 いつの間に歩みを進めていらっしゃったのか、宰相はもう陛下の目の前だ。
 誰もが皆、宰相の言葉に導かれるよう陛下を見ていた。
 どこかそれは縋るかのような色を宿していて、僕は不思議に思って内心で小さく首を傾げる。

「陛下。ご決断を」

 宰相がどうやらこの場で陛下に、何か、決断を迫っているようだということだけが伝わってきた。
 そして。
 宰相へと返されたのは深く長いため息のみ。陛下は緩く首を横に振った。だけどついに。

「そう、だな……こうなっては仕方がない。俺も覚悟を決めねばならんのだろう」

 どうやら宰相の提案・・を飲んだらしく、宰相が満足気に大きく頷く。

「……――シェイフェニエ・ユナフィア」

 次いでおもむろに呼ばれた僕の名に、僕はびくと肩を震わせた。

「は、はいっ!」

 上擦った声で返事を返し、いけないと慌てて頭を垂れた。
 まだ挨拶さえ始まっていなかったので、僕は突っ立ったままだったからだ。だけど。

「ああ、いい、顔を上げなさい。君にはこのようなことになって、どう詫びを入れればいいのか……しかし、こうなっては仕方がない」

 僕は、いったいこれから何を言われるのか、全く何もわからないまま、言われた通り顔を上げて、そして小さく頷いた。
 詫び、などと。
 そもそも別に、ティネ殿下と婚姻を結びたかったわけでもないし、婚約破棄そのものに特に抵抗など微塵もない。
 ただ、これまで受けてきた王太子妃教育だとか、これからのことだとかは気にならないと言えば嘘になった。
 僕は王妃として不足ないようにと養子にまでなっている。その辺りのことなど、今後一体どうなっていくというのだろう。
 陛下は言い淀んで、だが、ややあって覚悟を決めたようにこちらを見た。
 誰も何も言わない。
 辺りは静まり返っていて、雰囲気にのまれてしまったのだろう、先程まであれほどまでに饒舌だったティネ殿下でさえ、何も言葉を発せずにいるようだった。
 これは王の存在感というものなのだろうか。あるいは威厳か。
 陛下の眼差しは強く、まるで焼けこげそうなほどの熱量で僕へとこれでもかと突き刺さってくる。
 だが、その中に僅か、憐れむような色が滲んでいるのはどうしてなのだろう。

「君は今日、この時から私の妃となってもらう。異論は認めない。君はただ頷いて、私に全て従うだけでいい」

 おもむろに。言い放たれたのはそんな言葉だった。

「は……い……? か、かしこまりました」

 言葉の意味が、呑み込めない。
 しんと静まり返った空間。誰も何も言葉を発しない中で、僕にいったい何が出来たというのだろう。
 僕は何とかかろうじて、そう首肯するだけで精一杯だった。
 僕はいったい今、何を言われ、いったい何に頷いたのか。
 ざっと全身の血が下がるのがわかる。
 今、この時から、なんと。陛下の、妃に?
 一拍遅れて、気付くと僕は不躾にもまじまじと、陛下を見つめてしまっていた。
 陛下の眼差しは変わらない。
 決意を滲ませ、強く。なのにどこか、憐れみを滲ませて。

「っ、なっ……! な、何をおっしゃっておられるのですっ、叔父上っ! いったい何をっ……!」

 一番最初に我に返ったのは、流石と言えばいいのかティネ殿下だったようで。
 慌てたようにそんな風、陛下に声をかけられるのを、陛下は一切そちらを見ずにすぱっとティネ殿下を切り捨てられたようだった。

「ビティネルモア・フィアリュスは今日限りで廃嫡だ。これからはどこででも、好きに生きていけばいい。はは。よかったんじゃないか。随分と王としての教育を、厭っていたと聞いている」
「叔父上っ!」

 いつの間に衛兵に取り押さえられたのだろう、縋るようなティネ殿下の悲鳴にも、国王陛下は一切構ったりしなかった。

「コーデリニス侯爵。ご令嬢がそれの側にいた意味、後でしっかり説明してもらう。そのつもりでいるように」

 コーデリニス侯爵自身はおそらく、アレリディア嬢がその場所に立っていたことを望んではいなかったようだからなのだろう、この場ではただそれだけを告げて、陛下はさっと立ち上がった。

「は、かしこまりました」

 コーデリニス侯爵は従順に、ただ頭を垂れている。

「叔父上っ!」

 陛下はティネ殿下の方を、一瞥だにしなかった。だけど。

「シェイフェニエ・ユナフィア」
「は、はいっ!」

 僕に声をかけられて。

「着いてきなさい」
「はいっ、」

 そうおっしゃられたので。僕はおとなしく、陛下の後に続くことしかできなかった。
 混乱して、状況を何一つとして飲みこめないまま。
 そうして僕はその日のうちに、陛下の妃となったのだった。

 ただ一つよかったと思ったことは。……――遠い、幼い日。実は陛下にこっそりと、憧れを抱いていた事実だけだったことだろう。
 つまりこれは実は僕が。はからずも突然、初恋の人に、嫁ぐことが出来た日の話なのだった。
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