31 / 63
00-2・初恋
しおりを挟む僕は、本当は昔からリア様に憧れていた。
僕がリア様に初めて会ったのは、ティネ殿下の婚約者に決まる前。5つとか6つとかの、ほんの幼い時のことだ。
だけど別にその時から憧れていたわけではない。
否、もしかしたら惹かれていたかもしれないけれど、明確に自分の気持ちを自覚したのはもっと後。
だって小さかったから。どきどきと胸が高鳴ったけれど、あまりに小さすぎて。
だから、明確な自覚は、陛下が、すでに陛下となってからのことだった。
ティネ殿下は、婚約者となった10年以上前、まだ幼い頃――……僕が幼年学校に入るか入らないかの年の頃からだから、7つだとか8つだとかそれぐらいの頃からだっただろうか。そんな頃から、僕と近しく過ごして下さることなど全くなかった。
子供であったティネ殿下は、
「なんだお前、俺の前に立つな、ナマイキだな」
だとか、よくわからないことを言ってきたり、
「お前、オレの『婚約者』なんだそうだな? だったらオレの言うことは全部きけよ」
と言い放ち、無理難題を押し付けてきたりなどした。
ちなみにその際の云いつけは、ティネ殿下の与えられていた課題を代わりに熟せなどと言うようなもので、僕はそれはティネ殿下のものだからと当たり前に断って、機嫌を損ねたりするような有り様だったのを覚えている。他にも色々とあったとは思うのだが、細かくは覚えていないけれど。
僕は僕で、身分だとかそういう色々なことをまだよく理解しきれてはおらず、婚約者で王太子殿下だからと言って、何でも言う通りにしていればいいというように教えられていたわけでもなく、加えてそれまで育ってきた両親や兄弟のいる子爵家からユナフィア侯爵家の養子となって、馴染みきれていなかったのもあり、余裕がなくて。今思うと確かに、殿下からすると随分と生意気な態度を取っていたのではないかと思う。
そんな風であったからか、月に一度は顔を合わせるようにしていたにもかかわらず、僕と殿下は全く仲良くなんてなくて。それよりも優先しなければならないと課せられていた王太子妃教育に忙しく、そもそも仲良くならなければいけないとすら思わず。
ティネ殿下のご両親が亡くなられて、リア様が陛下となられてからも、僕とティネ殿下の中は、大きく変わるようなことがなかった。
同じ王宮内でそれぞれ教育を施されているはずなのに、時間など全く共有したりしない。
そこにいったい誰の思惑が働いていたのかまでは全くわからないけれど、そうして数年間を過ごし、あれはいつの頃のことだっただろうか。
今からだときっと6、7年前。12か13ぐらいの時のことだ。
その頃には僕はとっくに、ティネ殿下と関わろうなどと思わなくなっていた。
否、元から仲良くならなければなどと考えていた覚えもないのだけれど。
それで、月に一度の顔合わせを何度目か、すっぽかされたんだったように思う。
おまけに、代わりのよう、ティネ殿下の『お友達』だとかいう見たことがあるようなないような人たちが来て、頭から紅茶をかけられたのだ。
4、5人ほどだろうか、皆、僕より下の子供ばかり。
「はは! 殿下に取り入ろうとする浅ましい下級貴族にはそういう姿がお似合いだな!」
などと囃し立てられても、僕はわけがわからなくてきょとんと眼を瞬かせることしか出来なかった。
だって初めて会う子供たちに、突然、だったのだ。
その後もいろいろ言っていたけれど、よく覚えていないし、周りにいた侍女とか侍従とか女官、あるいは兵士も誰も誰にも何かを言うようなことがなかった。
見て見ぬふりとでも言えばいいのか、子供達を咎めることもなければ、僕にハンカチ一枚寄越す様子もない。
でも、そもそも王宮の人達はいつも淡々としていて、事務的とでも言えばいいのか、親切にされた覚えがなく、だから特にそれに何かを思うこともなく、ただ、どう対処すればいいのかがわからず、戸惑うばかりだった。
こういう時は、どういう態度を取ればいいのだったか。確かマナーの授業だとかの時に習ったような気がする。などと思考を巡らしながらも、彼らに囃し立てられるまま、何も返せずにいた僕に、声をかけてくれたのが陛下だった。
「何をしている」
一言だ。
たった一言。近づいてきて、そう告げただけ。
だけど、その一言で、
「あっ……! やべっ……」
などと口々に言いながら、子供たちは走り去っていってしまって。
「おい、待て!」
という、陛下の制止にも立ち止まる様子がない後ろ姿を、僕は呆れながら見送った。
だって国王陛下からの制止なのだ。
それでなくとも、待て、だとか止まれ、だとか言われていて、全く無視をして走り去っていくのはどうなのか、などとも思った。
「……まったく。なんだ、あいつらは」
陛下のお声は呆れを含んでいた。
次いで陛下は僕へと向き直り、
「今日は、ティネとの茶会の日ではなかったのか」
そう、お訊ねになられたので、
「殿下はお出でになられていません」
僕は素直に事実を口にした。
陛下は、ただ静かに、
「そうか……」
と、頷いて。静かに跪き、僕の、紅茶の滴る髪を、取り出したハンカチでそっと拭って下さったのである。
「いつもすまない」
そんな風に謝罪までなされながら。
その時の労わるような紫色の瞳の美しさと言ったら。
僕の髪を拭う手つきは、まるで大切な、すぐに壊れそうな繊細なものに触れているかのように慈しみに満ちていた。
僕は驚いてじっと、陛下の瞳を見つめ、為されるがまま陛下の手を受け入れ続けるだけ。
養子先のユナフィア侯爵家の人達は、僕に充分よくしてくれていた。
ただ、あくまでも王妃となるために養子に迎えたのであって、その為の教育が最優先。家族らしい関りなど、元より想定されていなかったようで、こんな風に、労りを持って触れられることなど、僕にとっては久しぶりのことだったのだ。
だからなのだろうか。
胸が締め付けられるように痛んで、なんだか泣きたいような気持ちとなったことをよく覚えている。
続けて、とくとくと、高鳴り始めた心臓の鼓動も。知らず、熱を持ったのだろう、頬のあつさも。
僕はすぐに自覚した。
ああ、この感情は。ティネ殿下には終ぞ覚えたことのないこの感情は。
それからも、頻繁ではないにしても同じようなことが数度。
陛下にとっては、見るに見かねて、ということだったのではないかと思う。
おそらくは些細な出来事だったことだろう。陛下は、お優しくて誠実でいらっしゃるから。
ほんの些細な、『当たり前』のこと。それでも、その時の僕の周りにはない『当たり前』だった。だから。
僕がつい、陛下を見かける度、そのお姿を目で追うようになってしまったのも、密かに憧れを抱くようになったのも。……――きっと仕方のない、ことだった。
55
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる