41 / 63
28・共鳴
しおりを挟む……――ゃだ、やめてっ……! ぃやっ、いやぁあぁぁあぁあああっ……!!
「――……っ、……フェ、イーフェ、イーフェ!」
段々と声が耳に入ってくる。
ようやく気付いた僕は、おそるおそる目を開けた。
今、自分がどんな状況なのか全くわからない。
ただ、それでもわかるのはただ一つ。
「……ぁっ……リア、様……?」
僕の大好きな人。
僕の……きっと、何よりも大切な旦那様が、どうやら僕をのぞき込んでいるようだという事実。
視界に入ったひどく心配そうな色を宿した紫色に、それがいったい誰なのかを悟って、僕は上がってしまっていたらしい荒い息を整えようと苦心した。
リア様が支えてくれるのに甘えながら、ゆっくりと体を起こす。
ああ、そうだった。
僕たちはいつも通りに閨の中、睦み合って、そして今夜も変わらず、行為の果て、僕はいつの間にか意識を失って、そのまま眠ってしまっていたのだろう。
だけど僕の様子がおかしかったからリア様が呼び掛けて目を覚まさせてくれたのだと思う。
余程心配をかけてしまっていたのか、僕と視線を合わせたリア様はほっと息を吐き少しばかり気を緩めた様子を見せて。
「よかった。気が付いたか。うなされていたぞ」
ときゅっと苦しそうに眉根を寄せた。
どうやら、何度も呼びかけられていたようだと察して、申し訳なくなる。
きっとただ夢を見ていただけ。
大丈夫だと告げようとして躊躇した。
先程まで見ていた夢を思い返す。
もとより夢だからなのだろう、先程目を覚ましたばかりの頃よりも、すでに輪郭は解けて、何もかもが曖昧になろうとしていた。
ただ、とてつもなく、嫌な夢だったことだけは確かで。そして。
僕はそこまで思考を巡らせて、きゅっと唇をかみしめる。
なんとはなし、下腹部に手を置いた。
リア様との子供が成っている場所。大切な大切な存在を抱えたその部分。そこからとくとくと、自分ではない魔力の波動を感じ安堵する。
ああ、よかった、ちゃんと此処にいる。僕は失ってなんかいない、と。
「……どうか、したのか?」
気遣わしげに様子を窺われ、首を緩く横に振った。
「すみません、なんでも。……何でも、ないんです、ただおかしな夢を見て」
そうだ、夢、夢だ。
ただ、夢を見ていただけ。
あんなこと、現実にはあり得ない、あるわけがない。あんな、ひどいことっ……!
僕の葛藤がリア様の目にどう映っているのか、リア様は僕を緩く抱きしめ、肩を、背を撫で、少しでも僕が落ち着くようにと宥めてくれた。
触れ合っているところから温かな魔力が伝わってくる。
僕がどうやら不安定になっているようだと悟って、敢えてそうしてくれているのだろう。
段々と息が整いだした。
「そう、か……悪い夢でも見たんだろう」
そんなものすぐにでも忘れてしまえばいいと労わるように触れられて、僕は曖昧に首を縦に振る。
悪い夢。
ただの、悪い夢。
その通りだと思う。何もおかしなことなんてない。
ただ、悪い夢を見ただけ。それだけ。
それだけ、だと、思うのに。
「そう、ですね……きっと、悪い夢です」
「っ……! ああ、そうだ、だからイーフェは気にしなくってもいい」
そんな風に言われも、僕は頷き切ることが出来ない。
何故なら僕はわかっていたからだ。
先程まで見ていた悪い夢が、ただの夢ではないことを。
(僕は……おそらく、誰かと。共鳴した)
だから、先程の夢は僕の夢ではなくて。
(誰かの、過去、だ。遠い、あるいは近い、いつかの記憶)
それは言ってしまえばただの直感だった。
だけどはっきりとわかる。
ただの、取るに足らない悪夢でなんてないだろうということが。
そうではなくて、僕ではなく、他の誰かの悪夢だと。ただ。
(誰なんだ……)
意識の共鳴はそのまま、他者間で2名以上の誰かが意識を共有しようとした結果発生する事象だった。
とは言え、酷く珍しく、その上、心当たりが全くない。
共鳴などが起こるということは、よほど近しく、最低でも一度は接触している証なのだとも聞いたことがあった。
加えて発信側はともかく、受信側は余程に気を緩めているのでもなければ受け取ること自体が難しいのだとも。
なのに起こった。
どれだけ思い返しても、僕は誰かと共鳴できるほど、近しく接した覚えなど微塵もなく、そして僕の記憶ではない時点で受信側であることは間違いない。
勿論、リア様ではないことはわかるし、ケーシャやデオ、ヨーヌでもない。だからこそ余計にわからない。
僕はいったい誰と共鳴したのだろうか。
誰かとの共鳴が起こるほど、僕は油断していたということになる。
「……まだ、夜明けまでは遠い。落ち着けたようなら、もう少し眠るといい」
僕の呼吸が正常に戻り始めたのを見て取って、リア様がもう一度寝ようと促してくる。
一瞬、先程の夢の残滓が甦ってくるのではないかと思った。
暗く、苦しく、痛く、絶望に塗れた考えたくもない悪夢。
「え、ええ……そう、ですね……」
大人しく従って改めてベッドの上へ身を横たえる僕を、共に寝ころんだリア様が柔く抱き込んで宥めてくれる。
その手の優しさが嬉しくて。
先程までの悪夢とのあまりの違いに、僕は混乱しそうになる。
ああ、本当にどうして。
リア様はこんなにも優しいのに。
そうしてリア様に促されるまま、もう一度寝入ろうと努めて呼吸を深くしていた僕は、だけど考えずにはいられなくなっていた。
さて、僕が共鳴した相手はいったい誰だったのかと、そう。
しかしどれだけ僕自身の記憶をさらい直しても。どこまでも思い当たる存在についぞ思い至らなかったのだった。
38
あなたにおすすめの小説
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる