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XX-16・真相①
しおりを挟むどういう状況なのかわからなかった。
でも、イーフェの姿が目に入って、ほっと安堵する。
「イーフェ……」
見る限り怪我をしているだとかそういう風には到底見えない。
それどころか、顔色などもそう悪くはなさそうで。部屋のほとんど中央、結界の要となる巨大な魔力石の程近くにイーフェが立っていて、そんなイーフェと扉、つまり俺との間には、男が一人立っていた。
こちらへと振り返る、黒いに近い髪色と目の色をしている男。
それが誰なのか、なんて、わからないはずがない。
10年と少し前までは、見飽きるほど見慣れていた顔だった。
「……ナディ」
男の名を呟く。
イーフェに驚いた様子がないところから、イーフェもまた男が誰なのかをすでに知っているのだろう。
あるいは男……――ナディと、何か話をしていたのかもしれない。
ナディが笑った。
にしゃりと、性質が悪そうな、やはり10年と少し前まで、見慣れていた笑みで。
「――……来たね、リア」
まるで待っていたとでも言わんばかりに、こちらへと振り返る。
俺はじりじりと、ナディからは距離を取りつつ、その向こうへと回り込もうとした。
イーフェに、近付く為だ。
イーフェも同じように考えたのか、俺の方へと移動しようとしてくれていて。
ナディはそんな俺達を妨げるつもりなどないらしく、動いたり、あるいは声をかけたりなどする様子を見せない。
今、何かイーフェに、触れようとしていたようにも見えたのだが、触れられたりする前でよかった。
今のイーフェにはたとえ侍女が侍従であったとしても、触れさせたいとは思えない。
勿論、身支度の手伝いなどで、実際には多少の触れ合いが発生していることぐらいは理解しているのだけれど。
それだってできるだけ、布越しならまだしも、素肌通しでは触れて欲しくないほどで。
「っ、リア様っ……!」
イーフェが、短い距離を詰め駆け寄ってくるのを、俺はしっかりと抱きとめた。
「ああ、イーフェ、イーフェ」
温かい、損なわれた様子のないぬくもりに心底安堵する。
よかったと、ほっと息を吐き出した。
だが、まだ近くにナディがいる。
見るもはしたない、あられもない格好をして。何か、魔導具などを持っているような様子もなかった。
そんなナディに、何かが出来るとは思えない。
けれどそれらは油断する理由になどなりはせず。
ナディが笑う。おかしそうに、声を立てて。
「そんなに警戒しなくたって、何もしたりしないのに。少なくとも、あんたたちにはね」
ひょいと肩を竦め一歩、魔力石へと近づいた。
いったい何をするつもりなのか。
腕の中、イーフェをしっかり抱きしめながら、じっとナディから目を離さないよう努める。
僅かな仕草も見逃さないようにと。
ナディは笑っていた。
ひどく、機嫌が良さそうに笑っていた。
「ああ、そうだ。その子には話しておいたよ。王家が……否、陛下が、僕に何をしたのか。もっとも、話すまでもなく、途中で察しはついたみたいだったけど」
その言葉に、色々とイーフェには知られてしまったようだと知った。
だが、構わない。いずれは伝えるつもりだったのだから。
イーフェの体調等を考慮して、問題がなさそうな時にでも、と。
だから、早いか遅いかだけの違いだ。
また一歩、ナディが魔力石へと近づいた。
ふと、何も感じていない様子であることが、俺の目には奇異に映る。
この部屋には、俺の魔力が満ちている。魔力石からこぼれ出た、俺の濃い魔力。
あまりの濃さに、宰相なども、部屋の中までは入って来ない。
僅かでも入ってしまえば、途端昏倒してしまいそうだとすら言っていた。
イーフェが平気そうなのは、ユナフィアだからなのだろう。あるいは俺の子を身籠っているからか。
いつからここにいたのかはわからないが、なら、この濃い俺の魔力の中でなら、魔力不足に陥ることはなかっただろうとほんの少しだけ安堵した。
今の時期に3日も離れていたことの影響を懸念していたが、この分ならおそらくは問題とならないだろうと。
それにしても、なぜ、ナディは平気そうなのだろう。
そこで思い至る。
ああ、そうか。魔力をほとんど持っていないからか、と。
加えておそらくは、ナディは魔力を感じ取ることさえできなくなっているのだろうと。
次いでぞっとした。よくぞそんな状態で、これまで生き永らえたものだと恐ろしくなる。
それがあんな格好をしている理由が故なのだろうと察して、胸に重いものが圧し掛かった。
王家の罪。否、正しくは兄の罪だ。
兄はナディを壊したのだから。
ナディは兄を許してなどいないだろう。決して。
ナディは笑っている。おかしそうに、嗤っている。
「ああ、そうだ、リアにいいこと教えてあげるよ。陛下どうして亡くなったと思う? 事故死だったね」
兄は10年前、義姉と共に亡くなった。視察の途中、馬車で山間部を通りがかった時、運悪く落石に見舞われ、崖から落ちて。聞けば義姉の、機嫌を取ることを兼ねた視察だったのだと言う。ナディのことがあった為だ。行き先は我が国でも有数の保養地だった。
あの場所で落石など、ここ何十年も起こっていなかったのに。
同行していた兵士たちの多くも、返っては来なかった。
「でもおっかしいよねぇ、ああいう視察の時の随行って、必ず魔術師とかが含まれているはずなのに、あの時に限っていなかったんだもの。確か、途中で予定されていた人員の交代で、ちょうどいなくなる区間だったのだとか。たまたま、落石とかそういうの、察するのが得意な奴が、1人もいなかったんだよねぇ」
あはは、と楽しそうに笑う。
ナディが語るのは、10年前の事故の詳細で、そんなことまでは当然、公開されてはいなかった。
ごく一部を除いては、ただ事故だったとだけ周知されている。
勿論、詳細を知るごく一部に、ナディが含まれているはずがない。
その頃ナディは、屋敷から外出すらままならなかったはずなのだから。
なのになぜ、そんなことを知っているのか。答えなど一つしか思い浮かばなかった。
「なぜ、そんなことを知っている……お前、まさかっ……!」
「んふふ。せぇーかぁーい。陛下を殺したのは――……僕だよ」
ナディは嗤っていた。
ひどく、ひどく満足そうに哂っていた。
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