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XX-17・真相②
しおりを挟む「お前っ……!」
かっと怒りが胸を焼く。
兄は軽率さの目立つ男だった。
今にして思うと、王としての自覚も薄かっただろうと思う。
だが、それでも最低限、王としての義務は熟していた。
なにせ何年もに及ぶ在位期間で、結界を維持していたのは兄なのだから。
兄の死後、10年近く結界が持っていたことを思うと、王としての義務を果たしていたのは間違いない。
少なくとも、なくなってもいいような人物では決してなかった。
たとえどんなことがあったとしても。なのに。
「あっはっはっ! いい顔ぉ! 僕、リアのそういう顔だぁいすき。ずっとそういう顔が見たかったんだよねぇ。だってリアってば僕のこと、いっつも汚いものでも見てるみたいに、だけど冷静に見つめて来るばっかりだったんだもん。取り乱したりすることなんてなかった。まるで僕のことなんてどうでもいいみたいに。あんなことがあった後だって、あんたの顔に浮かんでたのは同情だったっ……!」
弾むように声を明るくしたかと思うと、最後には激しく吐き捨てる。
そこで俺は初めて兄だけではなく、俺もまた、ナディに恨まれていたのだと知った。
決して中などよくはない、義務感だけでつながっていた婚約者。
その間ナディもまた、ここまでの激情を俺に見せたことはなく、いったいどこにこれだけの熱量を隠し持っていたのかとすら思う。
否、元より気性の激しい性質ではあったのかもしれないとも。
「なんで僕がお前なんか同情されなきゃいけないんだっ! お前なんて、陛下の劣化版みたいなもんだろっ?!」
鋭い言葉が、胸に突き刺さるかのようだった。
隠せているつもりだった兄に対する劣等感は、どうやらナディには知られていたらしい。
兄は軽率で、王としての自覚に乏しく、おまけにナディに治せない傷を負わせた。だけどそれでも、兄は優秀だったのだ。
俺とは違って、優秀だった。
頭の回転が速く、決断力に優れ、体術だとか剣術だとかの、武術も得意だった。母似の、見目麗しい美丈夫で、俺なんかよりもずっと魔力も多い。
難点と言えばその性格だけだっただろう。
少しばかり、悪辣な所のある男だった。だけどそんな所も魅力的に感じられるほどだったのだ。
無骨な、武術しか取り柄のない俺なんか遠く及ばない。
だから本当はティネを次代へと。そう、思ってきたというのに。
俺はティネへと王位を繋ぐ、ただの中継ぎなのだと。
暗く、思考が陰った俺を、引き戻したのはイーフェだった。
ぎゅっと、思わずと言った風に、胸元の服を引っ張られて視線を落とす。
気遣わしそうに俺を見上げている、ひたむきな瞳。そこにはただ、俺を案じる心配そうな気配だけがあって。
ああ、そうだ、今更、今更だ。
もう兄はいないのだ。
イーフェをぎゅっと抱きしめ直した。
「はぁ~、何それ。相思相愛とか、そういうやつ? ばっかばかしい。あんたたちの今があるのは、ある意味僕のおかげだよねぇ~感謝してくれてもいいぐらいだ。僕が陛下を許さなかったから。だから今があるんだもんね?」
俺とイーフェの様子からいったい何を見たというのか、忌々しげに眉根を寄せて、かと思えば次にはあははと、ナディが笑った。
当然そんな発言、頷けるわけがない。
「ああ、勿論、僕が直接何かできたわけじゃないよ。でも考えたのは僕だし、お願いしたのも僕。いろぉんな人に協力してもらったんだぁ。おかげでぜぇんぶ上手くいった。ティネの教育係を言いくるめたり、アリーにお話を聞かせてあげて、ティネに興味を持たせたりね。初めは君からティネを捨てさせるつもりだったんだけど……君ってば隙がないんだもん。アリーじゃ近づけなくってさぁ」
だからティネに近づけさせたのだとナディが言う。
イーフェとティネの婚約破棄もまた、ナディの主導だったのだと。
いったいどれだけの人間が、ナディの手足となったというのだろう。
「誰が……協力していたというんだ」
アレリディア嬢とティネ以外の、誰が。
思わず訊ねた俺にナディはにっこりと笑った。
「そんなの教えるわけないじゃない。知らないよ、そんなこと。自分で調べたら?」
こちらを馬鹿にしてくるかのようなナディの口調に思わず深く溜め息を吐く。
まぁいい、この後、彼を捕まえて吐かせればいいだけのことだ。
扉の外には宰相をはじめ何人もの兵士や騎士がいる。
扉の前にいた男は、とっくに捉えられていることだろう。
この部屋に出入り口は一つ。
イーフェを引き寄せたので、扉からは俺達の方が近く、逃げられるはずがない。
魔力をほとんど持たず、魔導具などを所持している様子のないナディでは、決して。
「ねぇ、リア。僕が王妃になるはずだったんだ。ふふ。王妃の継承はどうすればいいんだったっけ?」
ナディがまた一歩、魔力石に近づいた。
元よりそこまで広い部屋ではない。ましてや魔力石は部屋の中心にあり、元よりナディのいた場所からだと、数歩も歩けば辿り着く。
現に今、ナディは魔力石の近くにいた。本当にすぐ近く。手を伸ばせば届く距離。
「お前っ……まさかっ!」
ナディがいったい何を狙っているのかを悟って、咄嗟に止めようと一歩踏み出した。
だけどもちろん、間に合うわけがない。
「やめろっ……!」
俺の制止の声が全く聞こえていないかのようにナディが笑った。
「僕は王妃になるんだよ。ねぇ、これで僕も……――」
ナディの手が魔力石に触れた。その瞬間のナディの顔が、まるで泣きそうに見えたのはどうしてだったんだろうか。
イーフェが腕の中、驚いたように体を強張らせる。
「見るなっ! 見るんじゃないっ……!」
咄嗟に強く、抱き込んだ。視界を遮るように体を返して、強く、強く。
俺も、それ以上など、見なかった。
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🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
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