ある恋の物語

佐伯 緋文

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1.青い空

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 昨日はじとじとと、一日雨が降っていた気がする。
 だからってわけじゃないけど、とても、すごく眠い一日を過ごした。
 どうせ明日の夜までバイトはないからと、古い友達の誘いさえ断って、ひたすら、ただひたすらベッドで一日を過ごした。
 そして、夜に目を覚まして、しなければいけないことだけを済ませて……
 そして、またベッドへ潜り込む。

 猫は他の哺乳類と比べると寝る時間が長くて、普通の猫は一日のうち約16時間を寝て過ごすと言うけれど。
……まるで、そんな彼らのように一日中眠っていた。


 そして、その次の日。つまり本日。

 昨日の雨が嘘のよう。雨は、完全に上がっていた。晴天!
 カーテンを開けば空には、かんかんと照り付ける……って表現が一番似合うような、空と太陽。
 雲ひとつない青空、なんて言葉はこのためにあるのかな、なんて。
 実際には雲、あったんだけどね。

 その雨上がりの空は、寝すぎた頭に微かにくすぶっていた眠気さえ、完全に吹き飛ばしてくれた。

 ふと思い出して、机の引き出しを開けてみる。
 箱に入ったまま、一度も出さずに仕舞った砂時計。
 思わず手に取ると、黄色の砂と硝子が光を浴びてプリズムのような光を一瞬見せた。
 それがもっと見たくて、思わず箱を開けた。
 光にかざすと、砂が、それを内にする硝子が輝いて、ものっすごく綺麗に見えた。
 ただ机に仕舞って大事にしているだけだったなんて、もったいない。壊れるのが怖くてしまっておいたけど、せめて箱から出して飾っておけば良かったかな。
 見せたいな。
 私はそれをもう一度箱に仕舞い、ポーチに入れた。

 部屋から、1日と5時間ぶりに外に出た。
 昨日夢に見たみたいな、綺麗な青空と雲のパレット。
 思わず太陽と目の間に手をかざし、空を見上げた。
 よし、誘おう!と気合を入れる。
   ぴッ、ぴっ。
 電子音を、私の手元の携帯から2度、鳴らした。
 0と、通話ボタン。
 耳元からコール音。トップメモリーに入っている、きっと「彼」の携帯にも、私の番号と名前がディスプレイに表示されているだろう。
 話す内容も、順番も、もう決まってるんだ。
 数秒のコールの後、通話が繋がる。少しの無言。思い切って声をかける。

「……おはよ?」
『おはよ、どうし』
「写生に行こ?」
『は?』
「雲がね、めっちゃ綺麗なの。だから行こ?」
『道具は』
「途中で買えばいいじゃない。ほら早くおいで!じゃね?」

   ぴッ。

 有無を言わせず、電話を切った。
 あの人は優柔不断だから、悩ませてしまうと多分1時間は悩み続ける。
 ちょっとわがまま。たまにはいいよね?
 あ、砂時計のこと言い忘れた。
……ま、いっか。

 だってほら、こんなに青い空!


 歩道はまだ昨日の雨で濡れていた。
 ところどころ、昨日の雨の名残があって、小さな子供がそこで遊んでいた。
 何かの歌で「跳ねる水の飴玉」なんて可愛らしいフレーズがあったなー、なんて考えながら、「彼」が来てからのことを頭の中で考えつつ、頭の中はすでに甘く溶けるよう。
 別に付き合っていると言うわけではないけど、彼と一緒にいる時間は楽しくて、大好きで。
 これが恋愛と言うものなのだろうと思ってはいても、それを友達に冷やかされても、今の関係を賭けてまで、告白という行動に移す気にはなれない。
 あ、やっぱり甘い気分。あの歌であったような、フルーツのテイスト。
 そんな表現が一番合うかな。

 空を見上げてみる。
 日差しがかなり眩しくて、でも心地いい。
 昨日の眠さが嘘みたい。
 雨のせいで少し湿った空気も、梅雨のようなじめじめさは感じない。
 新品のシャツに着替えてきたことを、ちょっと悔いた。
 考えたらこれから写生なのに、綺麗な服着てきてどうすんのよ。
……あ、場所言うの忘れてた。
 と思った矢先、

   Wow! It's Mail !

 英語で囁く可愛らしい声。
 携帯の横のボタンを押すと、メール機能が開いた。
『どこ?』
 あまりに短すぎるメールに思わず噴き出した。
 短い、短いよ。いつものことだけど。
『デニズ前だよ!早く来ないと一人で行っちゃうぞ!』
 手早く打ち込んで、そーしん、と。
 そしてもう一度、さっきのメールを見る。
『どこ?』
 たった一言、3文字のメール。
 でも、私には大切な、大切なメール。
   Wow! It's Mail !
 再び、英語で囁く可愛い声が響く。
 見ると、メールマークが画面に表示されていた。
『どの?』
 再び噴く。
 そして少し笑った。
 だから、短いって。確かにデニズはいくつかあるけどさ。
『そこで待ってて。そっち行くよ。どこ?』
 メールを返し、私は彼のいる場所を想像し、歩き出した。

 新品の服の、独特の匂い。
 なんか気持ちいい。
 動く足が、小走りになった。

 だって……ほら、青い空!
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