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5.その先の未来
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カシャカシャ、と眩しいくらいのフラッシュが焚かれた。
ひとりの女が渡米して帰って来ただけなのに、ここまで大騒ぎ出来る日本という国は、……実は退屈と言う名の平和なのではないかと思う。
「いかがでしたか!?一言お願いします!」
「楽しかったよ?」
言いつつ、軽く手を振ってみる。
内心正直めんどくさい。
だけど、これは私を応援してくれる人がそれだけ多いという証でもある。有難いと思わなきゃいけない。面倒ではあるけど。
「……ちょっと通してくれないかな?帰りたいんだけどなー?」
困った顔を向けると、カメラを私に向けていた人が、慌てて道を空けてくれた。
ありがと、と礼を言いつつ、私はそこを滑り込むように抜け、待っていた車の後部座席に乗り込んだ。
「お疲れ様です」
「ホント疲れた。私一人に良く集まるよね」
ははは、と運転席の男が笑う。
数年来の付き合いになるこの男は、私が心底報道陣に慣れてないことを重々承知しているはずだ。
「……さて、駅に向かってくれるかな?」
「例の駅でいいですか?」
ふっと笑みを浮かべながら、男は呟いた。
「一週間ぶりだからねー。元気してるかなぁ」
言いつつ、後部座席に寝そべると、男はカラカラと笑って言った。
「一週間くらいじゃ何も変わりませんよ」
予想通りの場所に、彼女はいた。
予想通りに、胸に下がる”愛犬”に語りかけ、予想通りに……満ち足りた顔で”愛犬”を撫でながら。
「やっほーぅ!たっだいまーっ!」
「……あ、お帰りなさい。どうだった?サンフランシスコは。」
まるで近場の観光スポットにでも行って来た友人でも見つけたような顔で、彼女が笑いかける。
「それがさー。聞いてよー!」
彼女の隣に腰をかけ、愚痴を吐きまくる私。
それでもそれを否定したり、なるほどと相槌を打ったりしながら、彼女は笑って聞いてくれる。
そして、話はいつもの通りの展開になるんだ。
「彼も、一緒に行ければ楽しかったかな?」
「……そうね」
彼女は呟いて、車椅子に手をかけた。
私も、暗黙の了解とばかりに立ち上がる。
「そっちは変わったこと、なかったの?」
「……さぁ?」
意味深にくすり、と微笑んで、上機嫌な顔を浮かべる彼女。
「いいこと、あった?」
こういう顔をするときは、何かいいことがあった時だ。
「ふふ、内緒」
ちぇー。と不平を漏らしつつ、私は彼女の車椅子を押した。
「そういえば、最初の頃は押させてくれなかったっけ」
思い出して、考えずに呟いてみる。
唇に指を当て、彼女は考えるフリをしてから、
「そうだったかしら?」
と誤魔化した。
わかってる。
実は、わかってる。
車椅子を押されることは、……自分の移動の自由を奪われるってことだ。
だから、これが私を信頼してくれてる証だってこともわかってる。
「思えばさ、」
私は、彼女の胸元の”愛犬”を見つめた。
「その愛犬さんがいなかったら、……私達は出会わなかったんだね」
一瞬失言かと思った。
だけど、彼女の笑顔は綻びもせず、
「そうね」
それどころか満面の笑みに変えながら、愛犬を撫でた。
そこは相変わらず、雄大な景色が広がっていた。
何度来ても、どこか違う顔を見せてくれる、この風景。
「すごいね!」
呟いて彼女を見ると、彼女はぷっと吹き出した。
「――もう何十回目かしら、その台詞を聞くのは」
「いいじゃん、すごいのは事実なんだから!」
言って、視線を風景に戻す。
この風景を何度、絵にしようとしただろう。
今だからこそわかる。
彼が私に伝えようとした、この風景の素晴らしさが。
彼が私に見せようとした、この風景の素晴らしさが。
彼が私に見せようとしてくれたこの風景が、どれだけ……
……どれだけ、彼に生きる意味を与えたのかが。
風に揺れる光。
水面に移る木々の影。
その全てが、見るたび……絶妙に様相を変え、見る者を楽しませる。
「この前ね、」
彼女がぽつりと呟いた。
「……また、一人来たのよ」
ここが樹海と呼ばれるためか、……自殺志願者は後を絶たない。
そんな”一人”が来たのだと、彼女は語る。
「でね?少し話をしたんだけど、」
「うん」
彼女の言うその”一人”は、職に就けずに世に絶望したらしかった。
金もなく、家もなく、……頼るアテも無かったらしい。
「……うん」
相槌を打ち、私はその人物を思い浮かべる。
「だけどね。ダメ元で、ここに連れて来てみたの」
「――うん」
その人物は、絶望に打ちひしがれながら、この風景に何を感じただろう。
想像は難しかった。
「……連れて来て、いろいろ話してみたらね、」
そうして、彼女は話し始めた。
「……すげーな。……すげぇよ」
男は呟くように言う。
手を伸ばし、風景を感じるかのように感嘆する。
「――こんな風景もね、貴方が生きているからなのよ?」
男が振り返る。
「……このコは、……もう風景を見ることは出来ないけれど」
胸の愛犬を指でなぞり、男に微笑を向ける。
「貴方は、まだやり直せる」
その言葉は、男の胸に届いただろうか。
男は……何も言わなかった。
ただ、黙って踵を返す。
「……ねえ、貴方」
彼女はその背に声を投げた。
「また、会いましょう?」
「……その人は?」
聞くと、彼女はくすくすと笑った。
「昨日、来たわよ?」
「ホントに?!」
ええ、と答えて、風景に視線を移す。
「……派遣だったかしら?忙しくなるけどまた来るよ、って」
なるほど、と思った。
「会った時からの上機嫌は、それかな?」
言うと、彼女は笑顔で首を振った。
「違うのー?じゃあ何よぅ。何なのよぅー」
私の言い方がツボだったのか、彼女はくすくすと笑った。
そうして、彼女は何度も何度も聞いた末に、ようやくその答えを口にした。
その答えは、非常に簡素で、……考えてみれば、本当に簡単なものだった。
どうしてわからなかったのか……不思議なくらいに。
「莫迦ね。…貴女が帰ってきたからじゃない」
ひとりの女が渡米して帰って来ただけなのに、ここまで大騒ぎ出来る日本という国は、……実は退屈と言う名の平和なのではないかと思う。
「いかがでしたか!?一言お願いします!」
「楽しかったよ?」
言いつつ、軽く手を振ってみる。
内心正直めんどくさい。
だけど、これは私を応援してくれる人がそれだけ多いという証でもある。有難いと思わなきゃいけない。面倒ではあるけど。
「……ちょっと通してくれないかな?帰りたいんだけどなー?」
困った顔を向けると、カメラを私に向けていた人が、慌てて道を空けてくれた。
ありがと、と礼を言いつつ、私はそこを滑り込むように抜け、待っていた車の後部座席に乗り込んだ。
「お疲れ様です」
「ホント疲れた。私一人に良く集まるよね」
ははは、と運転席の男が笑う。
数年来の付き合いになるこの男は、私が心底報道陣に慣れてないことを重々承知しているはずだ。
「……さて、駅に向かってくれるかな?」
「例の駅でいいですか?」
ふっと笑みを浮かべながら、男は呟いた。
「一週間ぶりだからねー。元気してるかなぁ」
言いつつ、後部座席に寝そべると、男はカラカラと笑って言った。
「一週間くらいじゃ何も変わりませんよ」
予想通りの場所に、彼女はいた。
予想通りに、胸に下がる”愛犬”に語りかけ、予想通りに……満ち足りた顔で”愛犬”を撫でながら。
「やっほーぅ!たっだいまーっ!」
「……あ、お帰りなさい。どうだった?サンフランシスコは。」
まるで近場の観光スポットにでも行って来た友人でも見つけたような顔で、彼女が笑いかける。
「それがさー。聞いてよー!」
彼女の隣に腰をかけ、愚痴を吐きまくる私。
それでもそれを否定したり、なるほどと相槌を打ったりしながら、彼女は笑って聞いてくれる。
そして、話はいつもの通りの展開になるんだ。
「彼も、一緒に行ければ楽しかったかな?」
「……そうね」
彼女は呟いて、車椅子に手をかけた。
私も、暗黙の了解とばかりに立ち上がる。
「そっちは変わったこと、なかったの?」
「……さぁ?」
意味深にくすり、と微笑んで、上機嫌な顔を浮かべる彼女。
「いいこと、あった?」
こういう顔をするときは、何かいいことがあった時だ。
「ふふ、内緒」
ちぇー。と不平を漏らしつつ、私は彼女の車椅子を押した。
「そういえば、最初の頃は押させてくれなかったっけ」
思い出して、考えずに呟いてみる。
唇に指を当て、彼女は考えるフリをしてから、
「そうだったかしら?」
と誤魔化した。
わかってる。
実は、わかってる。
車椅子を押されることは、……自分の移動の自由を奪われるってことだ。
だから、これが私を信頼してくれてる証だってこともわかってる。
「思えばさ、」
私は、彼女の胸元の”愛犬”を見つめた。
「その愛犬さんがいなかったら、……私達は出会わなかったんだね」
一瞬失言かと思った。
だけど、彼女の笑顔は綻びもせず、
「そうね」
それどころか満面の笑みに変えながら、愛犬を撫でた。
そこは相変わらず、雄大な景色が広がっていた。
何度来ても、どこか違う顔を見せてくれる、この風景。
「すごいね!」
呟いて彼女を見ると、彼女はぷっと吹き出した。
「――もう何十回目かしら、その台詞を聞くのは」
「いいじゃん、すごいのは事実なんだから!」
言って、視線を風景に戻す。
この風景を何度、絵にしようとしただろう。
今だからこそわかる。
彼が私に伝えようとした、この風景の素晴らしさが。
彼が私に見せようとした、この風景の素晴らしさが。
彼が私に見せようとしてくれたこの風景が、どれだけ……
……どれだけ、彼に生きる意味を与えたのかが。
風に揺れる光。
水面に移る木々の影。
その全てが、見るたび……絶妙に様相を変え、見る者を楽しませる。
「この前ね、」
彼女がぽつりと呟いた。
「……また、一人来たのよ」
ここが樹海と呼ばれるためか、……自殺志願者は後を絶たない。
そんな”一人”が来たのだと、彼女は語る。
「でね?少し話をしたんだけど、」
「うん」
彼女の言うその”一人”は、職に就けずに世に絶望したらしかった。
金もなく、家もなく、……頼るアテも無かったらしい。
「……うん」
相槌を打ち、私はその人物を思い浮かべる。
「だけどね。ダメ元で、ここに連れて来てみたの」
「――うん」
その人物は、絶望に打ちひしがれながら、この風景に何を感じただろう。
想像は難しかった。
「……連れて来て、いろいろ話してみたらね、」
そうして、彼女は話し始めた。
「……すげーな。……すげぇよ」
男は呟くように言う。
手を伸ばし、風景を感じるかのように感嘆する。
「――こんな風景もね、貴方が生きているからなのよ?」
男が振り返る。
「……このコは、……もう風景を見ることは出来ないけれど」
胸の愛犬を指でなぞり、男に微笑を向ける。
「貴方は、まだやり直せる」
その言葉は、男の胸に届いただろうか。
男は……何も言わなかった。
ただ、黙って踵を返す。
「……ねえ、貴方」
彼女はその背に声を投げた。
「また、会いましょう?」
「……その人は?」
聞くと、彼女はくすくすと笑った。
「昨日、来たわよ?」
「ホントに?!」
ええ、と答えて、風景に視線を移す。
「……派遣だったかしら?忙しくなるけどまた来るよ、って」
なるほど、と思った。
「会った時からの上機嫌は、それかな?」
言うと、彼女は笑顔で首を振った。
「違うのー?じゃあ何よぅ。何なのよぅー」
私の言い方がツボだったのか、彼女はくすくすと笑った。
そうして、彼女は何度も何度も聞いた末に、ようやくその答えを口にした。
その答えは、非常に簡素で、……考えてみれば、本当に簡単なものだった。
どうしてわからなかったのか……不思議なくらいに。
「莫迦ね。…貴女が帰ってきたからじゃない」
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