ぼくのかんがえたさいきょうそうび

佐伯 緋文

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第一章

ぼくのこれからのししん

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「――は?」

 椅子に座りながら素っ頓狂な声を上げた黒崎 守――物語の便宜上、彼だけを黒崎と苗字で呼ぶことにする――に、理子と佑香は思わず視線を向けた。
 黒崎がスマホ画面を見ているところを見ると、何かに驚いたのだろうとふたりともがすぐに気が付き、そして理子が少しだけ早く同じように驚いたのであろう佑香に気付き目を向けると、佑香も理子の視線に気付いてちらりと視線を向けて、そしてお互いに苦笑して、お互い元々見ていたものに視線を戻した。
 理子は最近出たライトノベルに、佑香はさっきからずっと編んでいる赤い毛糸に。
 その苦笑の意味はほとんど同じだっただろうが、佑香の方は少しだけ、兄に対する呆れが混じっていた程度の違いはあった。

 黒崎はその間も、そのやり取りや視線に気付くことすらない。
 視界の端でわずか程度に動いた家族に割ける意識の余裕もない。

 理由は、まさに今見ているスマホの画面にあった。

 仕事を終え、帰ってから、持ち帰った仕事の書類の整理――持ち帰ったと言っても、明日以降この書類を使うことはほとんどないだろうから、本当にファイリングして置いておくだけなのだが――をしてから、惰性のように電池の切れかかっているスマホのタスクを、ほとんど見もせずに全て終了し、電源を切ってから充電器に刺し、色々と、例えば風呂や食事や、まぁそう言った色々なことを終えてから、改めてスマホの電源を入れる。

 そして、そこで【YU-KI】と名の付いた通知メッセージを開いて、声を上げたのだ。

 あまりの驚きに最近少し控えていた煙草に思わず手が伸びかけるが、そもそも理子が煙草を隠してしまった――と言って捨ててしまった――ので、彼の手に煙草が摘まれることはない。
 それに気付いたわけでもないが、というより気付くだけの余裕もないが、黒崎はとりあえず煙草を探した手を無理矢理にスマホへと戻しながら、次に打つべき、いや聞きたい言葉を頭で考え、そしてそれを打ち込んで一度消し、もう一度少しだけ言葉を変えて打ち込んで、ようやく送信ボタンを押した。


【黒崎】
19:44
 マジか


 たった3文字。だが意図は伝わったはずだと思う。
 ノータイムで既読のマークが入ったものの、ユウキの返答はさすがにそれほど早くはない。
 打った3文字が示す通り、正直言ってユウキに対して今まで話半分であったことは否定しない。「ユウキの中では」と但し書きは付くものの、それでも「そうなんだろうな」、と思いはしたし、今まで送られて来たデータ上の「証拠物件」の数々は、所詮「証拠物件」と言う名のデータに過ぎない。
 この地球という名の星はとても広い。何らかの方法、または何らかの技術で、あれらのデータを作れる人間が、それがユウキではなかったとしても、いないとは言い切れない。

 だから、黒崎は今まで高を括っていた。

 いつかユウキが、ふふんと鼻を鳴らして種明かしをしてくれるとどこかで思っていた。
 ついさっき、すっかり油断していた黒崎に送られて来たメッセージを見るまでは。


【YU-KI】
19:31
 従姉妹さんはともかく、体毛や髭は多分いけると思う
19:32
 さすがに従姉妹さんは試さないとわからないけど



「ふぅ」
 ユウキは思わず溜息を吐いてから、ちらりと部屋の隅に敷かれた布団に視線を向けた。
 灯りはニーナが消してくれたので、窓から差し込む月の光で部屋の中が薄っすらと見えるだけではあるが、それでもどこに誰が寝ているかくらいはわかるし、ニーナがマリーとともにそこで毛布を体にかけてユウキをじっと見つめているのだが、その視線が何を言っているかわかるような気がしたのだ。というかその恰好で寝るのは体が痛くなったりはしないのだろうか。むしろユウキは、自分が床でふたりがベッドでもいいと思ってさえいるのだが。

「ごめん、かった?」
「いえ、どうなったのかと少しだけ気になりまして」

 などと誤魔化してはみたものの、正直に言えば、あのすまほとかいうものがひっきりなしに振動するので、そのたび気になって眠気が来なかったというのが本音だ。まぁそれを言うとユウキのしたいことを妨げてしまいそうなので、その本音を口にはしないが。
 いや、それ以前にその「やりとり」とやらが気になっているところもあるので、そちらを考えていて深く眠れなかったのも確かだ。だから一概に全てがユウキのせいと言うわけでもないか。

 ユウキが現実世界と呼ぶものが、どのような世界なのか、とか。
 ユウキがつーると呼ぶものが、本当はどのようなものなのか、とか。
 ユウキがすまほと呼ぶものが、どれほどの性能を秘めたものなのか、とか。

「それで、話し合いはどうなりましたか」
「うん、今度の金曜日に、この辺りに来てくれるって」

 ユウキの返答に、ニーナは思わず心の中で首を傾げる。
「この、辺りに?」
「あー……うん、現実世界のこの辺りにね」
 現実世界とこの世界の座標とでもいうべきものが、繋がっているように思えるということは、ニーナやマリーには教えていない。というかそこまで深く聞かれていないので、積極的に教えていないというだけだが。
 だからニーナの心の中の首は、その言葉でさらに傾くが、ユウキは質問が続かないことで理解してもらったと思ったのか、黒崎とのの待ち合わせ場所の条件を考える。

1、ともに陸地であること。

 どちらかが陸ではなく、片方が川や海であれば、色々と待ち合わせが面倒になる。ツールを開いたら水が溢れて来るとかそういうことはないだろうが、まぁ待ち合わせには向かないだろう。
 スマホでマップを見ると、近くに日本最長の川が流れているし、少し西に進めば日本海もあるので、少なくともそれを除外する必要はあるだろう。

2、高低差がないこと。

 まだ調べてはいないが、ユウキがまだ現実世界にいた時、2つの世界で地面に高低差があったのは確かだろう、と鉛筆を拾おうとして、拾えなかった時のことを思い出す。
 あの時はこちらの世界が低かったが、必ずしもそうとは限らないだろうから、だいたいで構わないので同じような高低差の場所を探す必要があるだろう。
 両方の基準として一番わかりやすいのは海か。現実世界かこちらの世界、どちらかの海岸でどの程度高低差があるのかを調べ、それによってどのくらいの高低差がいいのかがわかるだろう。

 とりあえず、何をする必要があるかを考える。

 まずは、今までとは意識を変えてのツールの検証。
 ユウキの仮説が正しければ、現実世界でできていたことは全部できるはずだ。それどころか、もしかしたら現実世界でできなかったことも、上手くやればできるかもしれない。
 とりあえず外に出ていくつか試してみたらいいだろうか。

「ちょっと、出て来るね」
「……私は、必要ありませんか」

 その言い方はズルいなぁ、とユウキは思う。必要ないと言えば悲しい顔をするだろうし、ちょっとイヤな気分にもなるだろう。ユウキもそうだが、ニーナも。
 かと言って、ツールを使っているところを見せていいのかという問題もある。まぁすでに存在自体は教えてしまったわけだし、今から試す使い方もすでに教えてしまっている。

 あれ?よく考えたら別に付いて来ても問題ないような。

「いいよ、わかったよおいでよ」
「恐縮です、お供させて頂きます」

 くすりと、ニーナは月明かりに微笑んだ。
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