ぼくのかんがえたさいきょうそうび

佐伯 緋文

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第一章

ぼくのつーるのなぞ(2)

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「ツールから?」

 思わず口にしてしまったユウキを誰が責められるだろうか。
「つーる、とは?」
「……うーん」
 思わず口篭ってしまったのは、よくよく考えてみたら、今までニーナやマリーにツールのことを口にしたことがなかったことを思い出したからだ。
 説明しにくいな、と思わずユウキは苦笑する。そもそも話すつもりもなかったので、どうやって説明するかなど考えたこともない。いや、隠すつもりもなかったのだが、何となく説明が億劫だったのだ。

「あぁいえ、話したくないのであれば」
「ん?いやそういうことじゃないんだけどね」

 いくつかのパターンを考えながら、ユウキはツールの説明を始めた。


「つまり、それは異世界への扉ということですか」
 ニーナの認識は、間違ってはいないが正確には違う。
 扉というよりはどちらかと言えば窓、……そう考えてから、ユウキははたと気が付いた。
 窓。
 窓と考えるのであれば、色々と考えようもある。
 頭の中で条件をいくつか整理してみる。

 まず、物質の出入り。

 現実世界にいた頃、こちらの世界に物を送ることはできた。
 逆に、こちらから何かを持ち出すことはできなかった。
「そうなのですか」
「うん、このツールの中に鉛筆を入れて手を離したら、消えたから」
「……こちらの世界から、というのは?」
「樹の皮を剥がしてみたんだけど、それを持って来ることが出来なかったんだ」
 わからない言葉もあったが、とりあえず疑問はさておき。聞いてみて、ニーナはその言葉に違和感を感じた。

「であれば、エンピツは手を離さなければ消えなかったと」
「……エンピツではそれは試さなかったけど、カッターの時には消えなかったかな。折れたけど」

 などと考えるままに口にしてから、ユウキは「あれ?」とようやく思い至った。
 何かを考えているのを悟ったのか、ユウキを待つようにニーナは質問の口を一応止める。

 カッターの時。あの折れた時はどうだったろうか。
 話をする間、一応閉じていたツールをもう一度開き、ユウキはスマホで動画を開く。
 もういっそ何度も見ることになりそうなので、念のためダウンロードしながら、その間を考える時間に当てることにした。

 折れたカッターの刃は、

 そうだとするなら、ツールの中で起きた出来事であるはずなのに、カッターの折れた刃は、現実世界側に残ったことになる。
 偶然ツールを通って戻って来たのか?
 いや、それなら逆に、一度こっちの世界に落ちた物が現実世界に

 動画の容量は、それほど大きくはなかったようで、そんなことを考えている間にも完了したようだ。慣れた手付きで動画を再生しながら、ユウキは画面をふたりにも見えるよう、自分の両側にはべ#らせながら、ツールを閉じ、動画の再生箇所を問題のシーンまで滑らせる。ちょっとズレてしまったが、まぁこの辺だろう。

『樹に何か文字でも書き込んでみぃや』
 探偵芸人がそう言ってカッターを幼いユウキに手渡す。
 よく考えれば、木に何かを書くだけならマジックで良かった気もする。まぁカッターがそれで折れることで手掛かりになるかもしれないのなら、あの芸人に感謝したいところだが。

「これは、何をしているところでしょうか」
「えっと、刃物を使って樹に文字を書こうとしているところかな」
「……すみません。言葉がわからなかったので」

 ユウキの発している言葉と違う言葉が画面から流れているので思わず質問するニーナだったが、とりあえずなるほど、と画面に目を戻す。
 樹、というのが目に見えないのは、ユウキのツール内の話だからだろう、という程度の理解はできるので、それを念頭に置いてすまほを見ると、なるほど、説明通りの位置で刃物がぴたりと動きを止めている。
 そこに見えない何かがあり、ユウキが言う通りである前提で話すのならば、こちらの世界の樹がユウキの目に見えていて、それに文字を入れようとしている、というところか。

『は!?ちょっと待ってちょっと待って、え?!ちょっと待って!』

 芸人の声をバックに、カメラも慌てたように折れたカッターの刃を映す。
 それを芸人がそろそろと持ち上げて、『嘘やん!?』と言う芸人の顔がアップで映されるところまで見て、ユウキは動画を止めた。

 そこまでを見て、ニーナはようやくユウキの疑問に気が付いた。
 樹に何かを刻もうとするのなら、恐らく樹皮だろう。位置を調整しているような動きもあったので、樹皮をつーるに映してから、それに刻もうと試みたのだと推測する。
 その時、樹皮はこちらの世界、刃物はユウキの言うところの現実世界にあった、はずだ。それが、あろうことか刃物の方は刃が折れた。
 そもそも折れるというのは、刃物カッターに折れるだけの力が働いていなければ折れるどころか曲がることもない。
 まずツールに映るという時点で2つの世界が明らかに接点を持っているのをさておいても、樹皮と刃物がお互いに干渉しているということ。
 恐らくユウキが考えているのは、現実世界ではなくこちらの世界に触れていたはずの刃物の欠片が、現実世界側に落ちていること。さっきのエンピツとやらの話と矛盾している。

「あのような薄い刃では、すぐ折れてしまうのではないですか」

 マリーが少しズレたことを言ったが、ユウキの「本来は紙とかを切る刃物だから」という答えにあっさりと納得したようで、根本的なことには気が付いてもいないようだ。
 まぁ、マリーにしてみれば、荒れ狂うような魔力の渦に圧倒されてそれどころでもないのだが。

「ちなみに、今こちらから同じことをした場合はどうなるのですか」
「……カッターがないからなぁ。同じことになるとは思うんだけど」

 薄い刃物はこの世界にもあるが、やはり現代技術には叶うはずもない。どう考えたところで現実世界のカッターのように丈夫な刃物をこの世界で作るのは、現状不可能だろう。
 などと少し脱線した思考を無理矢理に元に戻す。

 なぜ、折れた刃は現実世界側に落ちたのか。

 逆に言えば、手を離した鉛筆はなぜ現実世界に落ちなかったのかということでもある。
 手を離した鉛筆と折れた刃は、何がどう違っただろうか。

「そっか」

 ユウキは、思わず口に手を当てた。
 鉛筆を離す時、ユウキはあれがこちらの世界に落ちるだろうと予感していた。……いや違う。

 そう

 カッターの刃が折れた時は、そんなことを思ってもいなかった。
 そもそも折れることも考えの中にはなかったし、折れた刃がどうなるかなど、もちろん考えることすらもなかったはずだ。

 ふたつの事象の違いと言えばそこだ。

 ならば、樹の皮が現実世界に持ち込めなかったのは何故だろうか。
――それも、似たような理由のように思える。
 あの時のユウキは、あれが現実世界に持ち込めるかどうか、のだ。

 樹を切り倒すまでとは言わずとも、樹の皮はの世界のものであり、持ち出して大丈夫なのか、と仄かな罪悪感すら覚えていた気もする。

 ツールの能力はユウキのものだ、と神は教えてくれた。
 ユウキがツールの力を得ていると言ってしまっても過言ではないほどに馴染んでいると。
 ならば、ツールの力は、力を得ているユウキが決めているはずだ。

「そっか、そういう」

 ようやくユウキは理解した。
 顔を見合わせる奴隷ふたりの理解も、疑問も、途惑いも、色々なものを置き去りにして。
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