ぼくのかんがえたさいきょうそうび

佐伯 緋文

文字の大きさ
7 / 43
第一章

ぼくがであうふたりめのひと

しおりを挟む
 少女は不躾にも、名乗りもしなかった。
 いや、少女かどうかは正直に言ってわからない。背恰好が低く、声が少女特有のそれを残すものだったので、ユウキが勝手に判断したに過ぎない。そもそもユウキにとって、少女の声質はそもそも同年代のそれに感じた。
 少女は自己紹介も、それどころか状況説明もせず、ただ「助けて下さい」とだけ言って、頭を下げた。ユウキが戸惑っていると、地べたに座って土下座でもしかねない勢いで、サラリーマンも真っ青な頭の下げ方をして見せた。

「何でもします!」
「おちつ――」
「私の命でも体でも!何もかもを差し出します!」
「だからおち――」
「お願いします!お願いします!お願い、助けて!!」

 早口に、ユウキに話す隙すら与えもせず、少女はひたすらに懇願だけを繰り返す。
 声が毅然としたそれから、涙声に変わるのを聞いた。

「落ち着いて、落ち着いて助けるから!」

 言ってしまってから、ユウキは少女の肩を掴む。
 ユウキに助ける力があるかどうかなどわからない。というかほとんど助ける力などないだろう。
 安請け合いなのはわかっているが、状況を見ないことにはどうにもならない――いや、きっと見たところでどうにかなるものでもないのだろうが。



 少女の案内で――とは言ってもほとんど一直線に走っただけだが――ようやく辿り着くと、すでにことは終わっているかに見えた。
「ごしゅ……様」
 少女が、そこに横たわる男を呼んだ。名前は聞こえなかったが、少女が男の横に膝を付くと、かすかに、だが確かに呻く声が聞こえた。生きている。
 ユウキもそちらに近付くと、少女が男から身を離す。
 足元で何かを踏んだ音が聞こえ、嫌な感触が足に伝わったので、思わずスマホのライトを向け、瞬間ユウキは後悔した。
 血に似た、青い液体。それが足元に転がる「それ」の体液であることに気付き顔を顰めるが、すぐに顔を背けた。

「……大丈夫ですか」
「くく、済まないな。どうやら手遅れのようだ」

 冗談が言えるようなら大丈夫なのだろう、と判断する。
「いくつかの頼みがある。……聞いてくれるか、ホビットの少年」
 ホビット、と言われて「ん?」と思わず声を上げる。
 ドワーフなんだけどな、などと考えているとステータス画面詳細がひとつ開いた。

【ホビット/特殊氏族】
 ドワーフの中でも平和を望む小さき者。
 指先は数あるドワーフの中でも特に器用。
 通常のドワーフとは違い、ヒゲが足の裏に生える。

 あぁなるほど、道理で何か足りないと思った、とユウキは納得した。
 ヒゲだ。ドワーフなのに、ユウキにはヒゲが見当たらないのだ。

「……俺はもうすぐ死ぬだろう。この死に際の男の最期の願いを聞いてもらえないか」

 ユウキの「ん?」を違う意味に捉えたのか、男は言葉を変えて繰り返すのを聞いて、ユウキは思わず苦笑する。
「死に際なんて縁起でもない。僕が肩を貸すから――」
「……いいや、済まないな。……この通り、俺はもうダメだ」
 言いつつ捲られた男の左半身をライトで照らし、――ユウキは思わず絶句した。

 腕が、ない。
 さらに、脇腹に大きな傷がある。獣にでも齧られたのか、はっきりと歯形だとわかる形の。

 応急処置を、と考えてライトを向けつつ傷を抑える。
 少し男が呻くが、死ぬよりはマシだろうし我慢してほしい。手早く男の服の裾を、傷より上に縛り付ける。傷よりも縛ったところが心臓に近ければ、血液が流れるのを少しは防げるだろう。
 あとは、あとは。あぁこんなことなら、もっと真剣に保健の授業を聞いておくべきだった。

「無駄だよ、ホビット。俺はもう、血を流し過ぎた」
「諦めないで。僕は人が死ぬところなんか見たくない」

 何かないのか。彼を助けられる何か……と考えていると、少女が男の傍らに座り、両手を傷口に掲げた。

光よ応えよLight,respond.大気よ応えよAir,respond.ニーナが命じるNeener order.彼に治癒の祝福をblessings of healing for him.

 少女の手が光を発するのを見て、ユウキは少しだけ驚いた顔を見せた。
 当たり前と言えば当たり前か。ラノベなどで知識として知ってはいても、魔法なんて初めて目にするものなのだから。

「死なせません」
「無駄だと言った」
「いいえ、……いいえ、それでも死なせません」
「――ッチ」

 舌打ちするなり、男は上半身に力を込めた。男の腕の傷から、尋常ではない量の血が噴き出すのを見て、ユウキは慌ててその体を押し戻す。
「動かないで!」
「うるせぇよ、この馬鹿野郎どもが」
 しかし男はそれをやめようとしない。すでに男は死を悟っているのだから。
「わかった、わかりました!話を聞きます!だから動かないで!」
 ユウキの言葉に折れてくれたのか、最初からそのつもりだったのか。男はニヤリと笑い、ようやく力を抜いた。

「頼みは、3つある」

 男が、少しだけ吸い込んだ息を飲み込んで、ユウキの腕を取った。
「1つ目は、俺の妹だ。……俺の死を、伝えてくれ」
 妹。
 その人物を知らないが、伝えるだけなら大丈夫だろう。ユーキはこくりと頷いて見せる。
「2つ目は、そいつだ。……俺の死後、お前に譲ろう」
「ご主人様!」
「……譲、る?」
 あまりと言えばあまりな言葉に、少女を見やる。ひどく辛そうな顔で、ひどく泣きそうな顔で、少女は治癒魔法の光を当てながら、その傷口を睨む。

「――あぁスマン。ホビットにはなかったんだったか、奴隷制度は」

 奴隷制度。その言葉ひとつで理解するユウキ。
「解放はできないのですか」
「放逐はできるが、……本人に自由を与えてしまうからな」
「……自由ではいけませんか」
 奴隷と聞くと、どうしても抵抗があるのは、ユウキが現代日本人だからか。この世界で奴隷制度がどのようなものかもわからないのに、簡単に受け取ってしまえるものでもない。

「お前は、そいつに『自由に死ぬ権利』を与えたいか」
「――ッ」

 驚いて少女を見ると、少女の目の端に光るものが見えた。
 治癒魔法の光で揺れる光に、ユウキは気付く。
 きっと、少女にとってこの男は、とてもいい主人であったのだろう、と。

「――わかり、ました」
「ッッ!」

 射殺さんばかりの視線で少女に睨まれるが、ユウキは苦笑でその視線を流す。
 その様子に、男も同じく苦笑を向けて、最後にもう一度ユウキに真剣な顔を向ける。
「3つ目の願いだ。俺の腰に短刀がある」
 男はそこで、ひと呼吸を置いた。
 まるでその頼みごとが、男の肉親にユウキが死を伝えることよりも、奴隷に恨まれながらもユウキが奴隷を引き継ぐことよりも、頼みにくいことであるかのように。

「俺を、殺せ」

 ユウキも少女も、ふたりともが息を飲んだ。
 まるで何を言われたのかを理解できないかのように、その言葉を頭の中で反芻させる。
「な、にを……」
「殺してくれ。この俺を」
「何を言っているんです」
 男は、ユウキの反応を知っていたかのように苦笑しつつ、息を吸い込んで僅かに呻く。
「……いいか、ホビット。お前が殺せないと言うのなら」
 少しだけ躊躇うように、男は言葉を止める。
 言葉を選ぼうとしたのだろうか。それともただ言いにくかっただけなのだろうか。

「――お前の代わりに、その役をそこの奴隷がやることになるぞ」
「――ッ!?」

 思わず再び少女に視線を向けると、少女は目を見開いて男を見ていた。
「ふざけ、自分が何を言っているのかわかっているんですか!?」
「あぁ、至極本気で、真っ当に理解しつつ、最期の願いとしてお前に頼んでいる」
「――だとしたら狂ってる!狂ってるよアンタ!」
 ユウキは思わず立ち上がった。それを男は冷めた目で追う。

「いいや違う。理由はちゃんとある」

 そこまでを言い切ってから、男の口から何かが流れた。
 それと同時に男が咳込み、さっき流れた以上の何かが鉄の匂いを振り撒いた。
 男が言った通り、理由はある。理由はあるが、男がそれを話すことはできない。話すことができない理由もまた、男の中には存在するからだ。別の言い訳を考える暇も、もはや男には存在しない。

「頼む。そこの奴隷には、出来ればやらせたくはない」
「……でも」
「時間がないのだ。男として頼んでいるのだ。男としてお前を見込んでいるのだ」

 言葉に詰まる。
 ユウキにはすでに何となくわかっている。
 この男は本気なのだ。どこまでもどこまでも本気なのだ。

「頼む。俺を殺してくれ」

 男の声が僅かに揺れた。
 たったそれだけで、ユウキは悟る。
 男の腰にある剣を抜き、念のためそれを調べる。

<黒裂>
[ステータス]
 系列:短刀
 攻撃:40
 属性:地
 武器レベル:3
 質:良
 耐久:21/80
 特殊能力:最大MP+100

[説明]
 黒オウゴルで作られた、黒い刃を持つ短刀。
 とあるダークエルフの谷にて採掘された鉱石が利用されており、魔力を含んでいる。

「さぁ、やれ」
「――ッ」
 一瞬逃避しかけた心を、男の声が現実に引き戻した。

「待って下さい、……待って!」
「ニーナ。我儘を言うな。……今まで世話になったな」

 たったそれだけの言葉で、少女の表情はあっという間に崩壊した。
 堪えていた涙が頬を伝い、それでも男から顔を背けまいと、溜まる涙をまばたきで押し流す。
 治癒の光は不安定に明滅し、今にも消えそうだ。

「――名も知らぬ、俺のために泣いてくれると言うのか、お前は」

 気付けば、ユウキの目からも涙が流れていた。
 違う。男は誤解している。ユウキの目から流れる涙は利己的な何かだ。
 だが、それを伝えることはユウキにはできなかった。
「最期の時に出会えたのがお前で良かった」
 男の顔が幸せそうだったから。
 男の顔が、ユウキをじっと見つめていたから。
「俺を殺すのが、俺のために泣いてくれるお前で良かった」
 男の声が再び震える。
 その目の左右から、幾筋もの涙が流れる。

「さらばだ、最期の友よ。我が生に終止符を」

 ユウキは、男に抱き縋るように、心臓に<黒裂>を突き立てた。
 嫌な手応え。嫌な感触。
 男が望んだとはいえ、できればもう二度と、こんな感触を味わいたくは、ない。
 この世界で、そんな都合のいいユウキの願いが叶えられることなど、ありはしないのだが。

「あぁ、……あぁ俺は幸せ者だ。神に感謝を。世界に感謝を。俺はこの生を、忘れ、ない……」

 その言葉を言い終えるとともに、男の手は力を失い、地面に落ちて草を鳴らした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

平凡な王太子、チート令嬢を妻に迎えて乱世も楽勝です

モモ
ファンタジー
小国リューベック王国の王太子アルベルトの元に隣国にある大国ロアーヌ帝国のピルイン公令嬢アリシアとの縁談話が入る。拒めず、婚姻と言う事になったのであるが、会ってみると彼女はとても聡明であり、絶世の美女でもあった。アルベルトは彼女の力を借りつつ改革を行い、徐々にリューベックは力をつけていく。一方アリシアも女のくせにと言わず自分の提案を拒絶しないアルベルトに少しずつひかれていく。 小説家になろう様で先行公開中 https://ncode.syosetu.com/n0441ky/

処理中です...