ぼくのかんがえたさいきょうそうび

佐伯 緋文

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第一章

ぼくがきたせかいのさまざま(前)

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 ユウキが町に辿り着く頃には、もう朝が明けようとしていた。気付いてスマホを見てみれば、すでに時刻は朝の4時だ。
 男の遺品となりそうなものを選別し、奴隷のアドバイスで男の髪を束ねて切り、意外と重い荷物を奴隷と協力して持ち帰るのに、時間がかかってしまったのだ。
 ユウキは知らなかったが、あの暗闇の中でモンスターに襲われなかったのは、ただ運が良かっただけだ。ライグースの威圧に当てられた別の魔物が、威圧を恐れて距離を取っていたことが、ユウキにとって幸いした。



 宿を取る。
 ユウキは宿の取り方も知らなければ金もなかったので、そのあたりは全て、まだ名も聞いていない奴隷に任せた。
 宿にさえ入れば眠れるかと思ったが眠ることなどできず、ユウキと奴隷はぽつりぽつりと話し合った。

 奴隷のこと。
 自分は奴隷なので、と先に話し出した奴隷は、土下座なのか三つ指なのかもわからないような体制のまま語り続けようとした。さすがにユウキが苦笑して「命令」したことでその体制はやめたが、それでも正座のような座り方はやめなかった。
 名は、ニーナ・フェルグムス。
 本来であれば家名であるフェルグムスは奴隷となった時に捨てさせられるのだが、ニーナの場合は、主人であったあの男の温情で、家名を名乗ることを許されていたという。
「捨てた方がよろしいですか」
「ううん、僕も捨てないでくれた方が嬉しい」
 ニーナはそれを聞き、「変わってますね」と苦笑した。
 それ以外は、ニーナの身の上話だ。
 フェルグムス家は元々没落貴族で、もはや貴族とも呼べない生活を送っているらしい。それと言うのも彼女の父親が他人に甘い性格で、貧しい他人のために私財を擲ってしまったことに端を発する。
 要するに、それが元で大きな借金を負い、家族の誰かを奴隷に落とさなくてはいけなくなったのだ。他人に対して優しくするのは美徳だが、それで家族を露頭に迷わせるようでは、ニーナの父親は一家の長としてあまり良くない部類であると言わざるを得ない。

 引き取りを申し出たのは、あの男、ルイジール・ガーディグルスだった。

 彼は同情からニーナであれば引き取ろうと申し出た。ニーナ自身、自分が家を救えるのならと、あっさりとそれを許諾した。
 彼はニーナに優しかった。
 奴隷として扱き使われ、慰み者にされることまで覚悟していた彼女は、良い意味で全てを裏切られた。
 反対に、これではいけないと渾身的に尽くすようになったが、しばしばルイジール――愛称であるルイージと呼べと言われた――に「もう休め」と命令されたものだと彼女は苦笑する。

 そして昨日。
 平原にライグースが出た、という噂が流れた。
 彼はそれを討伐に向かい、後はユウキの知っての通り、と彼女は話を締め括った。


 次に、ユウキが身の上を語った。
「……僕は、この世界に来たばかりなんだ」
「――この、世界?」
 彼女の話を聞いて、ユウキは本当のことを語ろうと決心した。別の世界から来たこと。神と会った――あれを会ったと表現するなら、だが――こと。前の世界では、人間の学生だったこと。

「……私が無知だと馬鹿にしているのですか」
「そんなことはないよ」

 無論、彼女は信じなかった。
 証拠を提示しろと言ってしまいたかったが、転生して来たというのだから、証拠など何も持ってはいまい。だとすればただの妄言か、それとも彼女を欺いているのかのどちらかだ。
 このホビットを信じてやりたい気持ちはある。
 ルイージのために涙してくれた。それだけで彼女の中ではこのホビットに恩がある。助けることはできなかったが、ルイージは確かに、このホビットに感謝しながら息を引き取ったのだから。

「……お名前を、教えていただけますか」
「あっ、ごめん。僕の名前は為我井ためがい 勇樹ゆうき。こっちの世界じゃ英語風みたいだから、ユウキ・タメガイになるのかな?」

 ニーナにとっては良く分からない自己紹介が続く。
 まずエイゴフウとは何だろう。タメガイとユウキとどちらが名前なのか家名なのか。

「ファーストネームがタメガイ様、でよろしいですか」
「ご、ごめん、わかりにくい?ユウキでいいよ」

 なるほど。ユウキの方がファーストネームか、とニーナはようやく理解する。ファーストネームとファミリーネームの順番は、正直に言えば地域によるところが多い。ニーナの生まれはこの国の北端にあたる【北方街】なのでファミリーネームは後に来るが、この辺りの生まれの者にはファミリーネームが先に来る者もおり、どちらが先に来たとしても不自然ではない。
 いや、異世界から本当に来たのなら、その辺の事情は知らなくても不思議ではないのか。信じているわけではないが、なるほど辻褄は合う。

「――それでは、遅れながら」

 彼女はもう一度、今度ははっきりと三つ指とわかる頭の下げ方をした。

「私、ニーナを貴方に。よろしくお願いします」
「あ、う、うん。よろしくねニーナ」

 それから、ふたりは色々と話し合いをした。
 ユウキはこの世界のことを知らない。ニーナに取っては知らないフリをしている、というところか。
 だからニーナは求められるまま、この世界のことを話した。

 まずは種族。
 ユウキの種族であるドワーフ、その特殊氏族であるホビットのこと。
 数年前ほどまでは、別の種族だと思われていたホビットだったが、あるドワーフの子がホビットだったことから文献を調べ、ホビットとは数千年に1度程度の確立で生まれるドワーフの一種であることが発表した学者がいたこと。
 広く知られているわけではないが、ニーナはその発表会に参加したので、その知識はあった。
 ドワーフと言えば顔がヒゲに覆われ、背が低い存在をイメージしていたが、ホビットだけは例外で、ヒゲに当たる体毛が、足の裏に生えるのだという。
 実際靴を脱いで見てみると、ユウキの足の裏……というか、足首の辺りから、びっしりと毛が生えていた。ちょっと気持ち悪いくらいに。

 ニーナもまた人間ではない。ニーナはリュンクスだ。
 リュンクスとは多種類いる獣人の一種で、特徴はその尻尾と牙と耳だ。

「え、尻尾?」
「ええ。この通り」

 聞き止めたユウキに、ニーナは尻尾を見せた。
 ふさふさな毛並みの尻尾。ちょっともふもふしたい、とかユウキが思ってしまうくらいには、手入れが行き届いている。少し汚れてしまっているが、あの出来事のあとじゃ仕方ないか。

「ちなみに、耳はここです」

 と、ニーナが耳のあたりの髪を持ち上げると、ぴこり、とその下から同じ色の耳が動く。
「位置は人間と同じなんだね」
「そうですね、くすぐったいのは苦手なので、触らないで下さい、……できれば」
 絶対にと言ってしまいたいところだが、主人であるユウキにそれを言うのは不敬なので、言葉を選ぶ。

「牙は……」
「あ、噛まないでくれるなら牙はいいよ」
「そうですか」

 女の子の口の中を覗き込むのは抵抗があるので、牙を見せようとするニーナを止めると、ニーナも苦笑して手を止めた。

 種族はほかにも色々ある。

 例えば人間。
 人間は良く知っているからいいよとユージは苦笑して説明を割愛させた。
 最も数が多いらしいところまで説明していたニーナも、それを聞いて苦笑した。

 例えばエルフ。
 永遠に近しい寿命を持つと言われる、美しき種族。ユウキの認識はそんな感じだったが、ニーナの説明するエルフは、この世界でもその認識で良さそうだ。
 エルフには数種類存在し、一般的に街中で出会うことがあるのは「ウッドエルフ」と呼ばれる存在が多い。エルフ内では「美血」と言うらしいが、滅多に使われる単語ではないので忘れていいそうだ。
 次に多いのは「ハイエルフ」。いわゆる「純血種」で、王家が多いとのことだ。
 その他の2種は微妙なところなのだそうだ。
 まず、「ダークエルフ」。
 ユウキが想像した通り、肌の黒いエルフのことだ。ちなみにルイージはこのダークエルフで、気位の高い者が多い。
 肌の白いエルフから、何が原因でダークエルフが生まれたのかは、未だわかっていないとのことだが、一説には交わった血が原因ではないかと言われているらしい。ユウキには何のことだかわからないが。
 あとひとつはハーフエルフ。
 明らかに通常のエルフにはない特徴があるのがこのハーフエルフに当たるのだという。

 例えばフェアリー。
 一般的なイメージとしては、美しい羽を持つ小人だと思うが、この世界でもそれは大まかには合っているらしい。
 ただし、羽の種類は「昆虫」。
 恐らく読者様方の中でのイメージは、蝶か蜻蛉か、ウスバカゲロウのような美しい羽をイメージしていることだと思うが、この世界のフェアリーの羽には、カブトムシのように甲殻に覆われた羽を持っているフェアリーも多数おり、むしろそっちの方が数が多いらしい。

 例えばティタニア。
 白または黒、またはその中間である灰色の羽を持つ種族。空を飛ぶことができる。
 白に近いほど自由に飛べる、黒に近いほど早く飛べるという話があるらしいが、現実には訓練しなければ飛ぶことすら怪しいらしいが、その辺はきっと才能や努力の差もあるのだろう。

 その他にも様々な種族がいるが、主な種族はこのくらいだそうだ。

 ユウキが思わず「覚え切れるかな」と呟くと、「覚えなくても自然にわかります」とニーナは苦笑した。
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