ぼくのかんがえたさいきょうそうび

佐伯 緋文

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第一章

ぼくとどれいのたちばのちがい

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 スマホの話が長くなりそうなので切り上げることにして、とりあえずご飯をという話になった。
「少なくとも、私以外にそれを見せることはおやめになった方が良いかと思います」
「そ、そうだよね、うん、わかった。ありがとう」
 それ、と言うのは言わずもがな、スマホのことである。
 ユウキは素直に礼を言って、ポケットの中にスマホを入れた。



「……どうかしましたか、ユウキ様」
「いや、ごめん。注文はニーナに任せるよ」
 ユウキは、早々にメニューを読むのを放棄した。
 理由はそのメニューにある。
 例えば1ページ目にあるオススメの、「サンデーローストセット」。セット内容には、「ローストシュリックにヨークシャープディングを添えて」とあるが、ローストシュリックとやらがすでに何かわからない。あとプリンを添えるって書いてあるけど、どういう意味なんだろう。
 その次にある「フルブレックファストセット」というのも良く分からないラインナップだ。ちなみに「マフィンのポーチド乗せ、ポリッジ、ミルク、ブラックプディング、ケジャリー」とある。
 またプリンが入ってるけど、プリンはひょっとしてデザートか何かなのかな、とユウキはすでによくわかっていない。
 とりあえずこの時点でユウキはメニューを諦めたのだが、ニーナは「そうですね」と苦笑しつつ、メニューに目を通す。

「オススメでお願いしようと思いますが、よろしいですか」
「あ、うん。いいよ」

 あっさりと決めてしまったが、よく考えてみればオススメってプリンが乗ったやつか、とユウキの中ではすでにプリンしか頭にない。ほかのメニューがよくわからないので仕方ないと言えば仕方ないのだが。
 ニーナは元貴族なのでその辺りの感覚は持っている。少しだけ迷ったポイントは、「サンデーローストセットSunday Roast set」は、焼いたシュリックの肉Roast shyreekヨークシャープディングYorkshire puddingだけでは、肉とはいえユウキには軽すぎる昼食ではないかと考えたところと、だからと言って朝食セットFull breakfast setは時間的にどうなのかと思ったところだ。
 だがこの後、ルイージの妹に会いに行くだろうから、と考えると、少し足りないくらいがちょうどいいだろうか。あの方は口は悪いが恩義には厚いし、態度がアレだがユウキとは気が合いそうな気がする。下手に色々「食べて行きなさい」と言われて食べないわけにもいかないので、腹半分くらいでやめておいた方が得策だろう、と考える。
 メニューを閉じると、目敏く水を2つ持って近寄るウェイトレスに、良く気の付く店員だなぁ、とニーナは評価する。そして人を値踏みしてしまうのは悪い癖かな、と心中で苦笑しつつ、メニューを指さした。

「サンデーローストセットをこの方に」

 そのままニーナの注文を待つウェイトレスに軽く腕を見せ、「私はコレで」と頼むと、ウェイトレスは少しだけ驚いた顔を見せ、「かしこまりました」と一礼して去って行った。



 やって来た食事を見て、ウェイトレスが去った後、ユウキは「ちょっと」とニーナに声をかけた。
「どうかなさいましたか」
「……いや、この差は何?」
 ユウキの前に置かれた食事は、パンのようなものが添えられた、少し薄めのステーキが5枚ほど重ねて置かれたような豪華なものだ。ちょっとユウキの予想とは違うが、それはいい。
 しかしニーナの前に置かれたものは、明らかにユウキの食事とは一線を画する、貧相で粗末な、という言葉が相応しい食事だった。野菜などは明らかに端物が使われているし、そもそもたぶんアレは煮ただけで、味付けなど適当にしかしていないように見える。見えるだけで実際に味は付いているかもしれないが。ジャガイモのようなイモと、豆らしきものが入ったスープも見えるが、これもどう見ても粗末に見える。というか、今ニーナがジャガイモらしきものにフォークを刺したら「ザクッ」って音がしたところを見ると、火も適当にしか通していないのではないだろうか。

「それはまぁ……コレ、奴隷用の食事ですから」
「普通の頼んでいいのに!」
「身分は区別すべきです。それに結構美味しいですよ」

 苦笑しながらそんなことを言われても、ユウキにとって納得できる回答ではない。
 そもそも、ニーナの料理には肉すら入っていないじゃないか。

「……ニーナ」
「ユウキ様、まずはお食事を。お小言は後でお聞きします」

 ぴしゃりと言い放たれ、思わず苦笑する。
 区別すべきと言いつつ、これじゃニーナの方が立場が上だ。まぁ教えてもらう立場なんだから、上でも当たり前と言えば当たり前なんだけど、と思いながら、肉をフォークで丁寧に二つ折りにして、口元へ。
 そして……ん、あれ?とユウキは気付く。
 この肉、味がない。胡椒ひとつかかっていない気がする。店側のミス?と思いつつニーナの方を見ると、ニーナは少しだけ顔を顰めて、テーブルの端に置かれた瓶――恐らくはソース――をそっと差し出した。

 ニーナから見れば、ユウキの行動は予想外だった。

 ともすれば、自分のことを奴隷だと扱っていないような素振りもそうだが、こういう店では味付けは客に任されているのが常識だ。ファーストフードじゃないのだから、少なくともテーブルの端にソースが置かれていれば、それを付けて食べる。貧民街の子供だって知っている。ユウキがもの知らずなのはある程度知っていたが、これでは
――そんなはずはないと思うが、とニーナは思う。
 これは、今後の付き合いの中でも、そのつもりで接していかなければいけないのかもしれない。



「あれはどういうことなの」
「あれ、とは……あぁ、お食事の件ですか」
 一瞬誤魔化そうかと考えたニーナだったが、ユウキの目が少しも笑っていなかったので、ちゃんと話をしないといけないと悟り、仕方なく手近なベンチへと誘導する。
「お座り下さい」
「君も座って」
 ユウキが自分が座ったベンチを指して言うので、思わず吐きたくなる溜息を我慢して、ニーナは表情を変えずに、至極当たり前のような顔をした。

「それは、命令ですか」

 ユウキがこれで理解してくれるのならばよし。
 理解してもらえないのならば、言葉で徹底的に教え込まないと、いずれユウキ自身が大変な目に会うかもしれない。それは避けたい。

「……そっか。うん、そうだよね。奴隷ってそういうもんだよね」

 少しだけ胸を撫で下ろす。理解はしてもらえるようだ。でも納得はしていないのだろう。
「ルイージ様の妹様に会われた際、そのような態度を私にしてもらっては、困るのです」
「――その『困る』のは、……僕が、ってことだよね」
「はい」
 簡潔に返事を返しながら、ちゃんと納得もしてもらえたようでほっとする。長い説明をする必要はなさそうだ。
「立場というものはそういうものなんです。理解していただけますか」
「……じゃあ、ひとつだけ。これは『命令』として聞いて」
「何でしょう」
 また何か言い出すのだろうか。とんでもないことを言って来そうな気がする。

「僕以外の目がない時は、……普通に接してよ。対等でいいから」

 頭の中で状況を想像し、整理する。
 うん。そのくらいなら公私の区別をすれば問題ないはずだ。
 ニーナは、その『命令』は、受諾することにした。
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